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第9話 異世界の料理

 

 グウルルルルルルル。

 魔物の唸り声がギルド内に轟く。

 薫が一人、警戒したように辺りを見渡した。


「あ……」


 ラオフェンが恥ずかしそうにお腹をさする。


「恥ずかしい」


「ちっとも恥ずかしくなんてないですよ。夜通し魔物を退治していたんですもの、お腹だって空くわ」


 そんなやり取りをする二人に、ギルドマスターはニヤリと笑みを浮かべた。


「お二人さん。飯を食うならとっておきの場所があるぞ」


 そういってギルドの東側の方を指差した。

 ギルド内は南を扉、北を受付として見ると、西側に掲示板及び解体場所、鑑定場所があり、東側に武具屋や防具屋、そして料理屋がある。

 武具・防具屋は閉まっているが、料理屋は営業しているらしい。


 改まった顔でラオフェンがひとつ咳をした。


「では、先に腹ごしらえをしましょうか」

「賛成!」


 薫にとっては異世界に来てはじめてのちゃんとした料理だ(魔物の肉はちぎって焼いただけなので例外)。果たしてその味はいかがなものか。



◇◇◇◇◇


 

 料理が来るまでの間、闇夜の灯火へとやってきた冒険者は10人にも満たなかった。

 その数について薫がラオフェンに尋ねると、「少なすぎる」という回答が返ってくる。


「なぜこんなに少ないんでしょうか」


 他の冒険者達の依頼書のやり取りを遠巻きに眺めながら、薫は呟くようにそう言った。


 マスターやリンベルトの人柄からしても、身なりで差別するようなこともなく、薫にとっては居心地の良い場所に思えたから。


「依頼自体が少ないというのも考えられます」


 と、ラオフェンが言う。


「それに、このご時世ですし、困ったことがあったところで、依頼するだけのお金がないのかもしれません」


「魔族との戦争のせいですか?」


「はい。魔族との戦争がはじまったことでほとんどの者が不利益を被っています。まぁ別の要因も考えられますが……」


 ラオフェンは声のトーンを落とす。


「ろくな冒険者が残ってないとか、他ギルドによる嫌がらせの可能性もあります」


 ギルドは依頼主が来なければ仕事にならない。

 依頼主にはそれなりの契約金の用意と、冒険者が依頼を達成するまでの時間が必要となる。

 つまり、ろくな冒険者がいないギルドに依頼をかけたところで、素早く動ける者もいなければ、失敗されるリスクも上がるというもの。

 だから大抵は大型のギルドに依頼する。


(嫌がらせかぁ……)


 薫は複雑そうな顔でギルド内を見渡した。


 かつては大いに栄えたであろう内装は寂れ、どこか悲壮感が漂っている。

 これがもし他のギルドからの嫌がらせの結果だとすれば、何か協力できないかと考えてしまう。


「廃れたら廃れたで別のギルドに入ればいいんです」


 事もなげにそう語るラオフェン。


「そんな薄情な……」


「冒険者がいなければ、依頼は消費できない。我々とギルドはあくまで対等の立場ですから」


 そういうもんかなぁと薫が不服そうに黙った頃――目の前に料理が運ばれてきた。


「うわああ! すっごくいい匂い!」


 丸型テーブルに置かれた大皿は、どうやら二人で一皿をつつく想定がされているようだ。

 それとは別にバケットにはいくつかのパンと、二人の前にシチューの皿も置かれた。

 大皿の内容は豚肉とオートミールだ。


 薫とラオフェンの目が燦然と輝いている。


「大したもんが無くて悪いね」


 そう言ったのは店主らしき老人だ。

 年齢は60〜70くらいに見えるが、屈強そうな分厚い体に革の鎧を纏っている。

 白い前掛けがなければ壮年の戦士のよう。


「そんなことないです。こんな美味しそうな料理(異世界では)見たことない……」


 薫の言葉に頬を緩ませる料理屋の店主。


「食べても!?」


 鬼気迫る様子でそう尋ねるラオフェン。

 店主は笑顔で頷いた。


 目にも止まらぬ速さで、料理を素手で口に運ぶラオフェンを見て、フォークやスプーンといった類の食器が無いことを悟った薫――とはいえ既に魔物の肉を豪快に食べた後だ、大した抵抗はなかった。


 パンをちぎる。

 少し固そうだがシチューに浸せばいい。

 ゆっくりと口に運び――涙が溢れた。


「おいしい……」


 温かい料理を、落ち着く空間で食べられたことへの安心感からか、勝手に涙が流れる。


 思い出すのは前世のことだ。

 浮かぶのは母の顔、父の顔、兄の顔。

 当然、別れの言葉も云えていない――もしかしたら、建設現場の下で自分の死体が見つかっているかもしれない。

 潰れた自分を見て家族は何を思うのだろう。

 お葬式はもう終わったのだろうか。

 納骨は済んだのだろうか。


 前世への未練がとめどなく溢れてくる。

 きっともう戻れない、平凡で平和な日々。


「レイ……」


 ラオフェンは、尋常ではない様子の薫を心配そうに見つめていた。

 料理屋の店主は体を小刻みに震わせている。

 薫はハッと我に返った。


(何で泣いてるのよ私……ラオフェンが不安がってるじゃない……)


 肉体的には強くてもラオフェンは等身大の子供だ。保護者のつもりである薫は、彼の精神面も支えなければならないと思っていた。


 ゴシゴシと乱暴に目を擦る。



「気に入った!!!!」



 吠えるような大声がギルド内にこだました。

 あまりの大声に薫の涙は引っ込んだ。


「料理長ブロンガス! 料理人歴50年のうち、こんなに料理を褒めてもらったのは初めてだ!」


 どうやら薫の涙を、料理に対する涙と受け取ったブロンガス料理長。もちろん美味しさも素晴らしかったものの、薫は複雑そうな心境で押し黙っていた。


「腹が減ったら遠慮せずに来るんだぞ。材料がなくても解体した魔物のクズ肉でもなんでも使って食わせてやる!」


 料理長ブロンガスは料理人である前に、ギルド所属の「解体士」である。


 解体士とは持ち込まれた魔物の体をその身一つで捌き、無駄なく価値の高い素材を切り出すことを生業とする。

 綺麗に倒した魔物でも、解体士の腕が悪いと素材価値が落ちるので、これもギルドの信用に関わる大切な役割。魔物の部位に関しては、解体士が金額を判断して鑑定士にそのまま流すといった光景もよく見られる。


 二人はその後「美味しい美味しい」と言いながら、大皿の料理をペロリと平らげたのだった――。


◇◇◇◇◇


 食事後、ラオフェンが薫に声をかける。


「登録証が完成するまでの間に装備を整えましょうか。依頼を受けるにせよ、この格好では印象が悪いでしょうし」


 それに関して薫は大賛成だった。

 このボロ切れが二人の見窄らしさを更に強調しているように思えたから。


「装備を整えるなら、この通りの反対側に何軒かあるぞ」


 上機嫌な様子で料理長ブロンガスが答えた。


「では装備を整えたらまた改めて!」


 弾けるような笑顔で薫が言い、腹拵えを済ませた二人はそのままギルドを後にした――。

ちょっとテコ入れするかもで、明日の更新滞るかもしれません。間に合えばそのまま投稿されます

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