第35話 二人きりの花火大会①
家の近くの駅から、電車に乗って揺られること十数分────今日は花火大会が行われるだけあってか、降りた瞬間からかなりの人の数だった。
浴衣を着ている人も多く目に入って、やはり皆、花火大会が目的なのだろう。
そして、俺の隣を歩く氷川も────可愛らしいピンク色の浴衣を靡かせていた。
母さんに唆されて、一緒に花火大会に来ることになったわけだけど、お互いの服装もあってか妙に緊張してしまう。
いつもより少し近い距離で並んで。人の流れに乗っかって、ゆっくり歩き進める。
人混みをすり抜けてくる吹く風は生暖かくて……。ジメっとした夏の暑さと、人の熱気で産み出される暑さが入り交じって、額に汗が伝う。
「おぉ~屋台いっぱいだ」
想像以上の人混みと熱気に嫌気が差してきたところだったけど、氷川は興奮した様子で声をあげる。
そんな氷川の視線の先に目をやると、屋台などの出店が道の端に広がり始めてきていた。
「まだまだ花火まで時間があるのに、もう結構な人がいるんだな……」
行列ができている屋台なんかもあって、座って食べられるスペースもほぼ満席に近い。
花火大会の会場が近づくにつれて、駅前よりも賑やかさは増してきている。
「足元、踏まれないように気を付けろよ」
「うん、ありがと」
今日は浴衣ということもあって、素足で下駄を履いていた。
この状態で踏まれたら中々痛そうだからな……。
「これ、迷子になったら合流するの大変そう」
隣で氷川が、そんなことを呟いた。
確かに、人の流れは比較的ゆっくりとはいえ、少し目を離したらすぐに見失ってしまいそうだな……。
氷川とはぐれないようにするには────そんなことを考えると、俺は一つの案が思い浮かぶ。
けど、これを俺から提案するのは少し躊躇われる。
隣の氷川に目をやると、人の多さに顔をしかめているようだった。
この調子だといつか本当に見失いそうだし、仕方ないか……。
「あ、あれだったら……裾でも掴んどくか?」
勇気を出した俺は、何とか言葉を絞り出しながら腕を差し出す。
だけど、ヒラヒラと舞う裾が掴まれることはなく。
氷川はキョトンとした目で、ただ見つめていて。
「…………ぷっ、あははははっ!」
氷川は我慢出来ないとばかりに吹き出すと、周りの賑やかさに負けない笑い声をあげた。
「な、なんだよ……」
「ごめんごめん、そこは手じゃないんだって思ってさ」
「いや、手はあれだろ……」
「そんなの気にしないって────」
そんなことを言って氷川は、甚平の裾ではなく────俺の手を握ってきた。
「ほら、離さないでよ?」
夏の暑さなんてかき消してしまいそうなほど爽やかに微笑むその表情に、俺は息を呑む。
手の平に感じる、細くて小さい氷川の手。
可愛い浴衣姿なのも相まって、余計に女子として意識してしまう。
だけど、俺がそんな風に特別な感情を持つことは氷川の重荷になるだろうから……。あくまでも平静を装わないといけない。
「あっ、射的やりたい! 前田くん、あっちあっち!」
「おい、氷川!」
そんな俺の気なんて知らないとばかりの無邪気な声で、氷川は射的の文字が書かれた屋台へと向かっていく。
氷川に手を引かれる形で、人の波をかき分けて。前を歩くその姿を見つめていると、ふと首もとに目がいってしまった。
うなじにそんな魅力があるのかと、ずっと疑問に思っていたけれど────無意識の内に視線が吸い寄せられそうになる。
氷川でそんなこと考えちゃダメだ……。
頭の中でそんな葛藤をしているうちに、屋台の前に着いたようで。
「おじさん、1回お願いします!」
ワクワクを隠しきれてないのが、氷川の声から伝わってきた。
「はいよ~! 嬢ちゃん可愛いから一発おまけね」
「ありがとうございます!」
六発分の弾が乗った小さな皿が、氷川の前に置かれる。
看板には五発と書いてあったので、確かにおまけしてくれたらしい。
「キミはやらないの?」
「俺は見てるだけでいいよ」
「そっか。なら、応援よろしくね」
そうして、氷川は射的銃に弾を込めると構え出す。
「うーん……ここら辺かな」
狙っているのは、小さなキャラメルだろうか?
あれくらいなら上手く当たれば落ちるだろう。少し的が小さい気もするけど……。
じっくり狙いを定めた氷川が引き金を引くと────放たれた弾は見事に命中して、景品が後ろへ落ちていった。
「おっ、嬢ちゃん上手いねぇ!」
「ふふっ、ありがとうございます。じゃあ次は……」
一発でゲット出来たからか、ご機嫌な様子の氷川は、勢いそのままに次の景品へと狙いを定める。
どうやら次に狙うのは、猫のぬいぐるみらしい。
これまた小さめのサイズだこと……。
流石に連続でゲットするのは難しいだろう……。そんなことを思っている俺を他所に、射的銃から放たれた弾は再び景品に命中。
「いや~。一発おまけなんて入らなかったかな! 全部持ってかないでくれよ?」
「あはは、二発ともまぐれですよ」
氷川は謙遜をしているけど、小さな景品を二発続けて落とすのは絶対にまぐれじゃない気がする。
「上手いな氷川。やったことあるのか?」
「見たことはあったけど、実際にやったのは初めてだよ?」
マジかよ……。だとしたら、本当に二発ともまぐれだっていうのか。それとも氷川に射的のセンスがあったのか……。
氷川って努力の人間ではあるけど、持ち合わせてる才能もかなりのものだと思う。
頭の中でグルグルとそんなことを考えてる間に、氷川は再び射的銃を構え出している。
「はっはっはっ、こりゃ彼氏さんの出番は無さそうだなぁ!」
「お、俺は彼氏じゃないですから!」
陽気な声でそんなことを言うおじさんに、俺は慌てて否定をする。
そんなやり取りも氷川は気にする様子なく、狙いを定めるのに集中していた。
真剣な表情の氷川が、三たび引き金を引くと────放たれた弾は、景品から大きく外れたところに飛んでいった。




