第23話 無意識だった空気感
「お前は誰だ!?」
「何をおっしゃるんですか。あなたの許嫁ですよ」
「なら、僕がプレゼントした首飾りはどうした?」
舞台の上では、二階堂が演じる王子が偽物の花嫁を問い詰めているシーンが繰り広げられている。
本番のお披露目公演ということもあって、客の入りはまあまあ。
練習のシーンだけ見て終わりというのもなんだか気持ち悪かったので、こうして本番も観に来たのだ。
ちなみに、星野は部活があるとのことで隣には氷川だけ。
学校で二人というのも落ち着かなかったけど、それが気になったのは舞台が始まる前まで。幕が開いてからは一気に世界観に引き込まれていった。
「面白かったね。二階堂くんの王子様も、すごく仕上がってたし」
「ちゃんと王子だったな。それに正直、演劇をこんなに楽しめると思わなかった」
堅苦しさや所詮はフィクションだってイメージがあったけど、気づけば真剣に見入っていた自分に驚きだった。
悩みに悩んでいた二階堂の王子役も、バッチリ形になっていて結果としては大成功だろう。
意外と講堂にも生徒は集まっていて、ざっと百人近かっただろうか。それぞれの部活もある中ではかなり集まったように思う。
「改めてだけど誘ってくれてありがとう。私一人じゃ、なかなか体験できないものだったよ」
「それは二階堂に言ってやってくれ。俺はメッセージを送っただけなんだから」
「ふふっ、やっぱり部活の空気感はいいね」
「そういえば、この前も部活に憧れてるって言ってたよな。演劇部は入らないのか?」
「私にこれ以上の演技を求めちゃう?」
「いやまあ、それもそうだよな……」
すごく役者向きではあると思うが……。普段の学校生活も演技と知っていたら、強く押せる人はいないだろう。
どんどん、本当の氷川自身から遠ざかっていかなければならないんだから。
「素の私でいられたら、演劇部も面白いと思えたかもだけど」
「演劇部じゃなくて他の部はどうなんだ? 勧誘もよく受けてるみたいだし」
「高校の部活って、中学から続けてる人も多いでしょ。そんな環境だと、上手く見せるにも誤魔化しづらいんだ」
声を落としてそう呟く氷川。
この学校でついてまわる、何でもできるイケメン女子という氷川のイメージ。
懸命な努力でその期待に応えているのを俺は知っている。
ただ、経験者が多い部活の大会で競うともなれば、取り繕うのが難しいことは容易に想像できた。
「その時点で運動部は全滅か」
「そういうこと。頑張れば平均よりは出来るから、授業くらいならなんとかなってるだけ」
「頑張って出来ちゃうのも凄いけどな」
「完璧なのは無理だよ? さっきも言ったけど上手く誤魔化してるだけ。誰もそれに気づかないんだから、笑っちゃうよね」
「それも氷川の力だろ。もう少し他の人の前でも力抜いていいと思うけど」
「出来ないよ。素の私を見せるのが怖いから……」
なら、俺の友人たちの前からでも少しずつ素を出してみたら……。
そんなことが脳裏をよぎるけど、口にはできなかった。
そして、そんな俺の思考を読んだかのように氷川がポツリと呟く。
「私には、部活のために新しく踏み出そうとする勇気はない」
自嘲的な笑みから、ハッキリと言い切られた言葉。
「それでいいのか?」
「理想の氷川藍が崩れないかってストレスを抱えるくらいなら。キミとこっそり楽しむほうが、私には合ってる」
そこで俺は、ようやく今の状況を改めて思い出す。
氷川と話していたせいか、ここが学校の中だということをすっかり忘れてしまっていた。
客席でも視線は感じていたけど、講堂を出てからもその鬱陶しさは続いたまま。
「そういえば周り……」
「騒がしいし聞こえてないと思うよ」
俺の不安に対して、変わらない声のトーンですぐ答えてくれる氷川。
なるほど、さっきから声を落としていたのは周りに聞き取られないようにするためか。
「……でも、さすがに学校で二人はまずかったな」
「気にしなくてもいいんじゃない?」
「あとで大変になるのは氷川なんだぞ」
「あはは……。確かに言い訳出来ないもんね」
俺とは違い、常に人に囲まれている氷川は関係性について聞かれることも多いはず。
その度に誤魔化してもらうのも、なんだか申し訳ないけど……。
遠目からでも感じる周りのざわつきっぷりを見るに、今すぐにでも別れたほうが良さそうだった。
「一緒に演劇部にでも入れば言い訳になるかな?」
「かもな。ただ、部活だけは勘弁してくれ」
「つれないなぁ。それなら私はあの子たちの相手をしてくるよ」
「なんか悪い」
「大丈夫。ここ最近は、水曜日以外にも楽しみをもらってるし」
「楽しみって……。俺と話してても面白いことないだろ」
「キミとのこの空気感が良いんだって。それじゃあね、前田くん」
そう言って人だかりのほうへと足を向ける氷川。
その背中を見送っていると、ふと思ったことがある。
家族以外でここまで会話が続く人って、今まで生きてきた中でも片手で数えられる程度だと。
どこか無意識のうちに、俺も氷川との空気感を気に入っていたのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は一人で校門を通り抜けた。




