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(となるとタチアナに注意が必要だな)
魔法使いに対して普通の人間が抗う術は、ないに等しい。
だからセルフィナが私に助けを求めることは当然だ。しかし、タチアナは狡猾な女だ。私が側にいる時に仕掛けてくることはないだろう。
ちなみに何故タチアナが、よりによって対象を豚にするという回りくどい魔法を使用したかと言えば、答えは簡単だ。彼女はその魔法しか使えない。
それでも魔法使いだ。
繰り返すが、魔法使いではないセルフィナは、どう足掻いてもタチアナの魔法に対抗できない。だから彼女に定期的に反射の魔法をかけることにした。
大丈夫だと安心させてあげたいのは山々だが、自分の動きをタチアナに悟られたくない。
(タチアナが攻撃してこなければ、それでいいーーとか思うわけないだろうが!)
きっちり前世の借りは返させてもらう。だから、タチアナには攻撃させなければならなかった。
そのためには、セルフィナに少し隙があるくらいがちょうど良いので、あえて「呪い返しをする」ことは秘密にしていた。
そうして、その時はやってきた。
「豚になるがいい!」
そんな呪文と共に、タチアナの杖から放たれた光。それは一直線にセルフィナに向かっていきーーそして彼女を守る魔法防御壁に華麗に反射された。
タチアナが本日、セルフィナとの接触を目論んでいるとの情報を手に入れ、物陰に潜んで様子を窺っていた私は、
(よし……っ!)
と拳を握りしめた。
見事な呪い返しが決まった瞬間である。胸がすいた。
一つ誤算があったとすれば、呪い返しでタチアナが豚になった時、彼女の豚愛がタチアナにまで発揮されたことだ。一度、豚になった経験があるセルフィナは豚に弱い。
しかし自分は違う。
密かに愛しく思っていた人の肉ーー豚肉を咀嚼したあの日以降、私は一生、豚を食べられなくなった。
上質な脂は甘く、こんがり焼けば香ばしく、パン粉につけて油で揚げても絶品。そんな最高の食べ物ーーあれほど好きだった豚を、だ。
確かに前世で食べたあれは豚だった。しかし心理的には食人だ。トラウマにもなるだろう。
恋の恨みと食べ物の恨み。この積み重なった恨みは、深く重い。
だからタチアナは報いを受けなければならない。
「王子の元へ連れて行こう」
と言うと、その意味を悟ったセルフィナは少しだけ悲しそうな顔をした。
豚もまた、悲しそうな瞳で見ていた。
ーーそれで全て終わったかと思いきや。
「やっぱりダメ……!」
駆け寄ってきたセルフィナが、子豚をぎゅっと抱きしめた。そんな彼女の目には、一雫の涙が浮かんでいた。
「……」
そんな彼女の姿に胸を打たれた。
確かに「食卓に乗って食べられるなんていい気味だわ」とほくそ笑むセルフィナは、ちょっと嫌かもしれない。
ーー私は考え直した。
まあ、タチアナは二度と人間に戻ることはできないのだから、害はない。それよりも私の清らかなセルフィナの心を守ることの方が大事だ。ーーとなれば、言うべきことはただ一つ。
「仕方ないな……セルフィナ、ちゃんと世話をするんだぞ」
「もちろんです。さ、子豚さん、安心してね」
セルフィナが子豚の頭を撫でる。心なしか豚の瞳が潤んでいたような気がする。ーー豚に涙があるかは知らないが。
子豚は私が近づくと、歯を剥いて威嚇してきたため、衝動的にトンテキにしたくなった。が、セルフィナに悲しい想いをさせたくないので、そこは我慢した。
⭐︎
その後、セルフィナは心を尽くして子豚を世話し、子豚もまたセルフィナに懐き、小さな尻尾を振りながら、彼女の後をどこへでもついて行く。
なんという穏やかな牧歌的光景だろう。
前世の経験は私に巨大なトラウマを与えたが、それによって愛しいセルフィナと婚約できたのだ。そう思えば、この豚のことも許せるような気がした。
ーー。
ーーーーー。
「ああ、駄目ですよ! サイアス様を噛んでは!!」
ーーやっぱりトンテキにしてやろうか。このやろう。
⭐︎おわり⭐︎




