研究員のパックス
とりあえず小屋の中に入る必要がある。入る時は必ず合図するようにと書かれていた。
扉を三回叩き、合図してから扉を開ける。
「なっ! なんて恰好で外を出歩いているんだ!」
鎧と鎖帷子で全身を覆っている男か女かもわからない者が、叩きを持ちながら大きな声で叫んだ。
確かに、人を襲う魔物の大群がいる中、普通の服装で出歩くのは危険すぎるか。無視も解いていたため、驚かれても仕方がない。
「すみません。僕たちは魔法で問題なく移動できるので」
「そ、そうか。確かに一匹も噛まれていないな。って、早く入れ!」
オルソプテラがぴょんぴょんと跳ね飛び、小屋の中に入り込んでくるのを見た鎧の者は手をのっそのっそと動かして僕たちを招き入れる。
小屋の中に数十匹入り込んできて、辺りに散らばっていった。壁や天井、床に集まっている。
僕は白い杖を持ち、オルソプテラたちを無重力で浮かせる。ただ、羽ばたくとやたらめったら動き回るため、アダマスで一体ずつ切っていった方が速い。倒した個体はアルブがモグモグと食べていく。
「お前達、フラーウス領の人間じゃないな。この状況の中、観光に来るとも思えない。何しに来たんだ」
「一応観光なんですけど……。まあ、兄の仕事の手伝いにも来ました」
僕は身分証明になるギルドカードを見せ、問題ないと判断されるとフラーウスギルドに繋がる扉を通される。
中に入ると、驚くほど人がいない。
ここまで人がいない冒険者ギルドも珍しい。田舎の支部ならあり得なくないけれど、ここは七つある領土の一つ、フラーウス領に作られた一番大きなギルド。
他の領土に出稼ぎに行っているのだろうか。まあ、この状況だと、仕方がない気もする。
「う、うぅん……、えぇ、なんか人が来たんですけど」
受付で暇そうに眠っていた受付嬢が扉の開閉音で目を覚まし、僕たちに視線を向ける。
「こんにちは。ちょっと聞きたいんですけど、これが通常ですか?」
「はい、いつもこんな感じです。二年くらい前はもっと活気があったんですけど、一年前に他の領土に行けるようになってからは、もうほとんどの冒険者が他の領土に行ってしまいました」
「なるほど、こんな状況で依頼って回せるんですか?」
「依頼なんて回っていませんよ。でも、フラーウスギルドは国が定めたギルドですから、潰れていないだけです。他の会社なら、とっくに潰れていますよ。まあ、おかげでこっちはこの場所に住み続けているだけでお金がもらえて楽なんですけどね。もう、カタツムリになった気分ですよ」
受付嬢が怠惰になるほど、仕事が回っていないギルド。なかなかやばい状況のようだ。
「もう、領民のほとんどがフラーウスギルドに頼んでも仕方がないって、諦めちゃっていますから、仕事も全然来ません。まあ、黄色の勇者様だけは凄く頑張っておられますけど」
今朝、丁度見たジョールは確かに列車を守っていた。もうほとんど貨物列車のような状態だった中、食料を守るためにオルソプテラたちを倒しまくっている。実に勇者らしい仕事ぶりだ。フレイと大違い。
「おすすめの宿とかありますか?」
「どこかの領土から仕事に来たんですか。大変ですね、こんなところまで」
「いや、観光に来たつもりなんですが……」
「観光……。観光って、今はどこもかしこもオルソプテラ塗れですよ。人を襲うようになって、ますます人がいなくなっちゃったんですから」
受付嬢は、何かの冗談とばかりに笑ってしまっていた。確かにこの状況で観光なんて考える物はいないだろう。
「この状況を打破しようとしている人はいないんですか?」
「もう、みんな諦めちゃっているような状況です。色んな対策をとっても、全て意味がなかったですから……。どれもこれも、全部あの王女のせいだって言うくらいに鬱憤が煮詰まっています。爆発寸前ですよ」
ビオレータが魔物と直接関係があるわけじゃないと思うが、フラーウス領の者たちを苦しめた政策をとった挙句、その後、このような事態になってしまった。確かに、疎まれても仕方がない。
「誰か諦めていない人とか、いてくれたらいいんですけど」
「まあ、研究所の人達なら、まだあきらめていないかもしれないですけど……」
「研究所?」
「稲の新種を開発したり、作物を病気に強くしたりする研究を行っている場所です。皆から役立たず呼ばわりされている集団ですよ」
「その研究所の場所を教えてもらってもいいですか? 後、近くの宿も」
僕は受付の女性からフラーウス領の研究所を訪ねることにした。
プラスさんも研究員のようなものだし、各所に特有の研究所があるのは何となく理解している。
フラーウス領の研究所は稲などの穀物を研究しているようだ。ずっと取れない状況が続き領民からもあきらめの声が出るくらいに、やりつくしているらしいが……。
☆☆☆☆
僕たちは教えてもらった研究所に向かった。非常に大きな建物で、レンガ造りの堅牢な見た目だ。
「これで、今度こそうまく行くはずだ。あっ、いだぁっ!」
研究所から出てきた男性が手に持っていた雑草のような品は外にいたオルソプテラに一瞬で食いつくされた。
加えて、何の装備もつけていなかった男性も襲われる。
僕はすぐに彼に触れてオルソプテラと人間の間に『無限』を作り、傷だらけの皮膚を『無傷』で治す。
「い、いつつ……。って、痛くない」
肉を食われていた男性は自分の無事を確認すると、手に持っていた品が無くなっている状況に気づく。
「はぁ……、また、失敗か」
黄色髪の男性は大きく項垂れ、ため息をついた。
「あの、フラーウス研究所ってここですか?」
「え? あぁ、はい、そうですけど……」
「外で話すのもなんですし、建物の中に行きましょう。あと何か、服を着て来てください」
男性は服も食いちぎられていたので、ほぼ全裸だった。そのことにやっと気づいたようで、きゃぁ~っと女性みたいな声を上げて身を縮める。
僕たちは苦笑いを浮かべながら研究所の中に入っていった。
「お騒がせしました……。えっと、私の名前はパックスと言います。このフラーウス研究所で研究員をやっています」
服を着替え、白衣を纏ってやってきたパックスさんは僕たちを応接室に招き入れてくれた。
紅茶の名産地なのに、出てきたのはハーブティー。
「この状況で、ハーブがあるんですか?」
「研究所の中に自然光に似た光と温度に保った研究室があるんです。その中で育てているハーブです。まあ、今のフラーウス領で茶葉は取れません」
「そんな貴重な品をわざわざ」
「お客さんが来るのも久しぶりなので、気分が上がってしまいました。気にせず飲んでください」




