勇者になるには
僕は店内の料理を提供している食堂に入る。
すると、僕の知っている顔がいた。
「お、キース。なんか雰囲気が変わったな。二週間前と大違いじゃないか」
奴隷商のエルツさんがテーブル席に座っていた。
「エルツさん。こんばんは。今日はどうしてここにいるんですか?」
「アイクが言うに、仕事をやり切ったみたいじゃないか。よくあの所業を耐えられたな。ほとんどの人間は耐えられずに逃げるか止めるかのどちらかしかないんだが……」
「確かに、何度も逃げたくなりました。でも、ここで逃げたら絶対に後悔すると思って、食らいつきましたよ」
「はは、そうみたいだな。だが、本当にやり切ったのか?」
「はい。本当にギリギリでした。一分前に気絶しながら終わらせましたよ」
「やっぱり嘘じゃないのか……」
「ん? 何かおかしいんですか」
「えっとだな、キース。やり切った後だから言えるが、アイクの出す仕事に二週間耐えられたらそれだけでも合格なんだ」
「え……、やりきれなくてもよかったってことですか?」
「そうだ。実際やりきれるような仕事量じゃなかっただろ。それを完遂するなんて……。とんだ化け物が生まれちまったな」
「ま、また……、化け物って言われました」
「す、すまん。突拍子にものを言い過ぎたな。だが、はっきり言ってあの仕事がこなせるのならどこの仕事先でも大抵はこなせるはずだ。自信を持っていいぞ。まぁ、魔法を使う職種は無理だろうけどな」
「確かに自信は少し着きました。あんなに辛い日々に耐えられたのなら、どんな厳しい状況でも打破する気持ちを失わずにすみそうです」
「そうか。この先どれだけ辛い出来事があるか分からないが、キースなら問題なく突破できると思うぜ」
「はい、ありがとうございます」
「あ、そうだ……。これを渡しておくぜ」
「ん?」
エルツさんは上着の胸元から鉄首輪を一つ取り出し、僕に手渡してきた。
「こ、この鉄首輪……。シトラが着けていた物。何でこれを僕に……」
「本来は破棄する物なんだが、別に破棄しなければならない義務はない。お前に渡しておこうと思って持ってきた。一二年も一緒にいれば少なからず思い出が詰まってそうだしな」
「あ、ありがとうございます……。大切な思い出がいっぱい詰まっています。僕が外してあげたかったんですけど、もう外されちゃったのは悔しいですね」
「奴隷解放制度か。まぁ、大金をつぎ込めば可能だな。もちろん持ち主じゃなきゃ受理されないぞ」
「知っています。シトラを奴隷から解放するためには、今の持ち主であるルフス領の領主から奪い返すしかありません」
「そうだな。だが……簡単じゃねえぞ。どう考えても、不可能に近い。あの領主が簡単に返してくれるとは思えないからな」
「はい……。でも、悪い人には見えませんでした。そもそも、何でシトラを買ったのかわかりません」
「それはまぁ、体が目当てなんじゃないか。一応、性奴隷だしな……」
「それも否めません。ただ、領主は体を見てませんでした。どっちかと言うと言動や動きに注目しているように感じたんです」
「ほ、ほぉ……。目の付け所が鋭いんだな」
エルツさんはなぜか不審な表情をした。
「何か知っているんですか?」
「知ってたとしても教えられない。これは俺の信用問題に関わる」
「ですよね……」
僕とエルツさんの間に不穏な空気が流れる。
「おいおい、何で料理を出す前からしんみりしているんだ。ほら、キース、さっさと席に座れ。たらふく食って、明日に備えろ」
アイクさんの声が飛び、僕は背中を叩かれた感覚に陥る。
「今、考えても解決しない問題は考えるな。時間の無駄だ。問題の答えがはっきりしてから考えろ」
アイクさんは僕たちの間に入り、仲裁した。
「そうですね。確かに考えてもわかりませんし、明日の仕事終わりにでも領主邸に行ってきます。そのあと、この先を考えます」
「ああ、そうしておけ。領主はよくわからん人間だが悪いうわさはあまり聞かない。どっちかと言うと赤色の勇者の方が悪い噂が立っている」
「赤色の勇者は僕も苦手です。人間として何かが抜けていると感じます」
「まぁ、あいつがルフス領の代表みたいなもんだ。こっちはたまったもんじゃないが、強さは別格。強さを重んじる今の社会ならあいつが勇者になるのも必然なんだよ」
アイクさんは料理を次々運びながら、つぶやいている。
「えっと、そもそもどうやったら勇者になれるんですか?」
「Sランク以上の魔物を複数体倒した経験があること。社会に多大なる貢献をした人。各領土の民が信頼を寄せる人。とか、色々な基準があって最後は王都での審査があるんだ。まぁ、簡単に言えば凄い奴が勇者になる」
「凄い簡単にまとめましたね……。フレイは強いから勇者になれたと言うことですか?」
「そうだな。簡単に言えばそうだ。あと、結構人気もある」
「え! そうなんですか!」
「あいつはまずしい家の出だからな、そういった人間の憧れみたいな存在になっちまっているんだ」
「なるほど」
「ま、話しこんでないで料理を食べろ。冷めたら味が落ちるだろうが」
「は、はい! いただきます!」
僕は神に祈りを捧げてテーブルに置かれた豪華な料理を口に運んで行く。
「美味しい! とんでもなく美味しいです!」
「そりゃ、俺が作った本気の料理だ。上手いのは当たり前だろ。だが、あいつら遅いな……。何しているんだ」
「アイク、俺以外にも誰かを呼んだのか?」
エルツさんは口をアイクさんの料理でパンパンにしながら声を出す。
「情報屋とミリアの二人だ。今日は早く帰ってくるように言っておいたんだが、どうも遅いな。もう集合時刻の午後七時を過ぎてるのに、一〇分も遅れやがって……」
アイクさんはテーブルを人差し指の腹でトントンと叩き、苛立ちを隠せていなかった。
そんな時。
「はぁ、はぁ、はぁ、アイクさん! 大変です! 赤色の勇者が、暴れ始めました!」
「な!」
アイクさんのお店にいきなり入ってきたのは情報屋のリークさんだった。
フードは既に外しており、カッコいい顔をさらけ出している。
「どこでだ!」
「高級娼婦のある大通です」
「ちっ! あいつ、酔っぱらって魔法を使いやがったな……。エルツ、行くぞ!」
「おう!」
エルツさんは椅子から立ち上がり、アイクさんのもとに向う。
「キースはここで待ってるんだ。いいな」
「え、で、でも……」
「お前が来ても仕方ないだろ。最悪、街の警報が鳴ったら、水を被って出来るだけ遠くに逃げろ」
「は、はい……」
アイクさん、エルツさん、リークさんの三人はお店を飛び出していってしまった。
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