包丁の切れ味
「よし、いいぞ」
「はぁ、はぁ、はぁ……。つ、疲れた……」
僕は両手で持っていた大きく重い金槌をドリミアさんに返したあと尻もちをついて地面に座り込んだ。
「どうだ、ドリミア」
「ああ、今までで一番いい感じだ。とんだ化け物連れてきたなお前……」
「え……化け物?」
僕はドリミアさんの言葉に耳を疑う。
「この金槌はドワーフ愛用の激重金槌だ。普通の人間が持てる重さじゃない」
「えぇ……」
「鍛え抜かれた肉体を持つアイクやアイクの相方なら持てる。だが、包丁を作れるだけの長時間、打ち込めるかはべつだ。なぁ、アイク」
ドリミアさんはアイクさんの方を向き、睨みを利かせていた。
「午前一〇時から午後三時までの六時間、その金槌を持って叩けるか? 無理だろ」
「え……。アイクさんでもできないんですか?」
「ああ、出来ないな。たとえ今の俺が全盛期だったとしても不可能だ」
「そ、そんなぁ。じゃあ、何で僕は出来たんでしょうか」
僕が疑問に思っているとドリミアさんは喋り出す。
「お前には底知れぬ力があるのか、自分でも自覚していない何かがあるのか、俺には分からない」
ドリミアさんも僕の人外的な変化の明確な理由がわからないらしい。
「だが、ただ一つ言えることはお前が良い奴だと言うことだな」
「なんで、そう思うんですか?」
「叩かれたこいつを見れば分かる。常に均等な強さ。ここまで均等に打ち込まれた鋼は見た覚えがない。心に乱れがない証拠だ」
「そうなんですか……」
――ずっと、薪割りの感覚で打ってたからそうなっちゃったのかも。
「今から俺が研磨する。よく見ておけよ」
「はい、わかりました」
ドリミアさんは僕の打ち込んだ包丁の素を手に取り、研ぎ石に擦り付けていった。
そこからたった一時間で包丁の刃が見事なまでに研がれていた。
少しの湾曲が美しすぎる。
研磨の技術をここまで極めるのにドリミアさんはどれほどの時間を使ったのかわらない。
でも、卓越された技術がそこにあるのだけはわかる。
ドリミアさんは最後に持ち手に木を挟み込んで叩き、包丁が完成した。
既に置いてあった革製の包丁袋に出来立てほやほやの包丁を差し込んで僕に渡してくる。
「えっと、これは……?」
「お前にやる。友好の証だ」
「はぁ……。友好の証。それじゃあ、お金はどうしたら」
「別にいらん。買ってくれるというのなら、また別の機会に買ってくれ」
ドリミアさんは終始笑顔で僕に接客してくれた。
初めは武骨な怖いおじさんだと思っていたが根は優しい人みたいだ。
「な、ドリミア。面白い奴だろ」
「そうだな。化け物がこれからどう変わるのかが楽しみだ」
「僕は化け物じゃありませんよ。普通の人間です」
「そうだな。化け物扱いはあまり気持ちのいいものじゃないよな」
「僕はそんなふうに思った経験がないので、戸惑っているんですよ……。いつも無能扱いされてたので」
「まぁ、今とのころ身体能力が人間の範疇を超えているだけだから何とも言えないが、他にも変化が出てくるかもしれない」
今以上に何かが変わるのだろうか。強くなれるなら、願ってもないことだけれど……。
「強さは身を亡ぼす。本当の強さとは何か考えて力を使わなくてはならない。力は刃物と同じだ。使い方を間違えれば武器にも凶器にもある。よく覚えておけ」
「は、はい……」
――いきなりそんなこと言われても。僕、実際は何も強くないんだけどなぁ……。
僕はドリミアさんがあまりに真剣な眼差しで話してきたため、反射的に返事してしまった。
でも、力の使い方は間違えたくないので、ドリミアさんの言葉をしっかりと胸に刻み込んでおこうと思う。
☆☆☆☆
僕とアイクさんは馬車に乗り、市場で買い物をしてお店に戻った。
「まさか一日でもらえるとはな。老いぼれの眼にもキースはいいように止まったみたいだ」
アイクさんは食材を両手に抱え、お店に入っていく。
「今でも実感がわかないんですが……。なんでドリミアさんは僕に包丁をくれたんでしょうか?」
「ドリミアも言っていただろ、友好の証だと。素直に受け取っておけばいいんだ」
「は、はい」
――料理するための包丁が手に入った。専用の品。夢みたいだ。
僕は今さらになって嬉しさがこみあげてくる。
――料理に興味があった。シトラに美味しい料理を食べさせてあげたい。その為にも、料理の上手いアイクさんの技を盗まなくてわ。
僕はアイクさんの後を追ってお店の中に入った。
「それじゃあキース。今の時間が午後六時だから、午後七時になったら店内のテーブル席に来てくれ。残りの仕事は明日教える」
「わかりました」
僕は店内の奥に進み、借りている部屋に向う。
「自分の包丁がもらえた。ほとんど僕が打った包丁だし、一生大事に使おう」
僕は手に持っている包丁の袋を取り、巻き付けられている布を外す。
包丁の刃はランタンの灯りに照らされて綺麗なまだら模様が浮かび上がっていた。
「凄い……。これ、僕が打ったんだ。まぁ、ドリミアさんが修正しながらやってくれたおかげなんだけどさ。でも、感慨深いな」
鍛冶師の人たちは皆こんな気持ちになるのかな。これじゃあ、剣を粗末に扱う人に怒りたくなる。
「って見惚れてたら駄目だ。早く締まっておこう。うわっ!」
僕は包丁を布で巻こうとしたら手が滑って床に落としてしまった。
「え……。嘘……」
僕の落とした包丁は床の木の板に突き刺さっていた。
ただ突き刺さっている訳ではなく、包丁の刃全てが床に埋もれている。
包丁は木の持ち手部分で何とか床に止まっていた。
僕は恐ろしくなって、しり込みしてしまう。
「包丁が木の床に突き刺さる? そんな奇妙な現象が起こるわけない」
僕は眼をこすり、突き刺さっている包丁を再度見た。
「だ、ダメだ……。やっぱり突き刺さっている。って、見てる場合じゃない。早く引っこ抜いて、しまわないと危なすぎるよ」
僕は包丁を床から引き抜き、布で刃を撒いて包丁袋に入れる。
「まさかここまで切れ味がいいなんて。これで指を切ったら、切り傷じゃ済まないぞ……」
僕は包丁に恐怖を覚え、このような武器を作ってしまうドリミアさんがどれだけすごいのか考えさせられる。
包丁を机の上に置き距離をとった。
その後、特にすることもなかったので腹筋、腕立て、背筋、などの鍛錬を続けた。
そうしたらいつの間にか午後七時になっており、慌てながらテーブル席に向う。
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