鍛冶師のドリミア
「まずは皿洗いだ」
「なるほど、皿洗いですね。了解です!」
アイクさんのお店で使われた食器は全て、大きな樽にいれられる。
その中から食器を取り出して綺麗な水で洗い、乾いた布巾で水気を拭き取る。
これが僕の仕事らしい。
「俺は皿洗いをいつも夜中にやっている。食器が溜まるのは夜が一番多い。キースは朝、昼、夜の三回に分けて皿を洗ってもらってもいい。夜に全て洗ってもいい、そこはお前の自由だ」
「了解です」
「これが一つ目の仕事。次がこれだ」
アイクさんは食材の入った木箱を食卓の上に置いた。
「この箱の中には、ジャガイモが入っている。毎日、一箱は使うから全て皮をむいて水に浸しておいてくれ」
「ジャガイモの下処理ですね。了解です!」
「他にも、人参や玉ねぎなんかの食材の下処理を頼む場合があるから引き受けてくれ」
「はい! 包丁を使った覚えはありませんが、頑張って覚えます」
「きっとキースなら刃物をすぐに使えるようになるだろう。あ、そうだ……、キース用の包丁がないな。時間もあるし、買いに行くか」
「え……。アイクさんの使っていない包丁じゃダメなんですか?」
「ああ、俺の使っている包丁は全て俺用に作られたスペシャルウエポンだからな。キースには持ち上げられない」
「なるほど、包丁までもスペシャルウエポンを使っているんですね。と言うか……スペシャルウエポンってそんな簡単に作れるんですか?」
「いや、簡単には作れない。だから、あり得ないくらい高いぞ。腕のいい鍛冶師にしか作れないからな」
「そ、そりゃそうですよね。僕は安い包丁でいいです」
「そうだな。初心者がスペシャルウエポンを持っても、価値の分からない宝を持っているようなものだ」
「はい……、その通りですね」
僕はアイクさんに連れられて、ルフス領の有名な鍛冶師さんのところに向う。馬車に乗り込み、移動し始めた。
安い包丁でいいと言ったのになぜ有名な鍛冶師さんのところに向うのか謎だった。
それでも、アイクさんの後を着いていくしかない。
今日、アイクさんはどうやらお店を定休日にしているらしい。だから、僕と買い物に行けている。
☆☆☆☆
鍛冶師がいる場所はルフス領の中心から大分外れた山の麓。
僕たちは馬車で二から三時間かけて鍛冶師のいる建物にやってきた。
「ここだ」
「凄い山の方にすんでいるんですね……。馬車に揺られ過ぎてお尻が痛いです」
僕の目の前には煙突から黒い煙が出ているボロボロの建物が見える。今にも崩れてしまいそうなのだが、大丈夫なのだろうか。
アイクさんは躊躇なく、建物の扉を叩き、すぐに開けた。
「ドリミア、俺だ。少しいいか?」
「何だ……、アイクか。こんな場所に何の用だ?」
声が低く、圧迫される雰囲気を放つ誰かがいるらしい。
僕はアイクさんの後に続いて中に入る。
ボロボロの建物だと思っていたのだが、ここは武器屋だった。
ただ、武器が置かれている場所は蜘蛛の巣や埃塗れで息苦しかった。
そのせいで汚い木の棚に乱雑に置かれた武器たちも、商品と言っていいのか分からないほど汚れている。
「なんか、すごい所ですね……」
「アイク、そいつは誰だ?」
「キースだ。最近店で雇った新人だ」
「ほう……、あのアイクが人を雇うか。興味深い話だな」
僕の目の前には一本の剣を磨いている老人……、ではなく顎髭の伸びているドワーフさんが座っていた。
どことなく威圧感を感じる目に、いつ着替えたのか分からない薄汚れた服、鳥の巣のようなボサボサの髪型。
三原色の魔力は髪色からしてマゼンタ。
まさしく孤高の鍛冶師と言う名が似合うドワーフさんだった。
「は、初めまして。キース・ドラグニティと言います」
僕は緊張しながらもドワーフさんに頭を下げる。
「俺の名前はドリミア・リドリン。ドワーフ族だ」
「やっぱり、ドワーフさんでしたか。僕、ドワーフ族の方に初めてお会いしました」
「そうか。俺も白髪を見るのは初めてだ。けっこう長い間、生きたが……、白髪は本当に実在したんだな」
「そうみたいですね」
僕は苦笑いをドリミアさんに見せた。
「それで、アイク。お前たちはここに何しに来た。さっさと答えろ」
「包丁を売ってくれ」
「包丁? それくらい街の鍛冶屋でも売っているだろ。なんでわざわざこんな遠い所まで来たんだ?」
ドリミアさんはアイクさんを睨む。
「まぁ、そう言わずに一本買わせてくれよ」
「俺は売りたいと思った相手にしか売らないぞ。それを知っていてここに来たのか?」
ドリミアさんの眼光はさらに鋭くなっていく。
「ああそうだ。ドリミアもキースを気に入ると思ってな」
「とんだ自信だな。なぜそう言い切れる?」
「俺が気に入ったからだ」
「はっ、説得力があるな。まぁいい。おい、キースとか言ったな」
ドリミアさんはアイクさんから、僕の方に視線を向ける。
「は、はい。何でしょうか」
「ちょっと手伝え」
「え……」
僕はドリミアさんの手伝いをすることになった。
「なぜ手伝い……」と思ったがアイクさんは「とりあえずやっとけ」と言った表情で僕を見てくる。
僕は訳が分からないまま、磨いた剣を麻籠の中に入れて立ち上がったドリミアさんについていく。
☆☆☆☆
連れていかれたのは鍜治場だった。
僕の瞳に映る炉の中は真っ白な炎で埋め尽くされており、ドリミアさんがさっきまで椅子に座っていたのは、きっと何かを待っていたのだろうと容易に想像できるほど、準備が施されていた。
「今から包丁を作る。お前も手伝え」
「わ、わかりました」
黒卵さんは紐で背中に固定してある。
僕は作業で黒卵さんがずれ落ちないよう、紐を再度きつく縛る。
「ほら、これがお前のだ。落とすなよ」
「うわっ! 重い……」
僕はドリミアさんからいきなり大きな金槌を渡され、あまりの重さに驚く。
腕が沈み込むものの、何とか両手で持ち、金槌を落とさなかった。
今まで重い斧を振ってきた僕にとっては、少しきついくらいの重さだった。
「俺が熱した鉄をこの金床に置いたら叩け」
「わかりました」
ドリミアさんが言ったのは一言だけ。
それ以外は何も言わず、炉で長方形の金属を真っ赤になるまで熱し、鉄で作られた火箸で熱した金属を挟み、金床に置いた。
僕は大きく重い金槌を斧のように真上から振り下ろし、金属を勢いよく叩いた。
その瞬間、火花がはじけ飛び、金属が少しだけ凹んだ。これでいいのだろうか。
ドリミアさんは金属を少しづらした。
どうやら同じように叩けと言いたいらしい。
僕は同じように金属を叩く。
金属を叩くと先ほどと同じように火花が弾け、辺りに飛び散る。
数回叩くと赤色だった金属が元の黒っぽい色に戻った。
ドリミアさんはすかさず炉に金属を入れ、また燃やした。
この工程を僕は午前一〇時から午後三時くらいまで行った。
作業が終わる頃にはへとへとになっていたのだが、金床に乗っている金属はいつの間にか包丁の形になっていた。
僕はただ叩きつけていただけなのだが、ドリミアさんが叩く間に別の金属を混ぜたり形を整えたりしてくれていたため、包丁の形になっているのだと思う。
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