奴隷商
僕はルフスギルドを出て、ミリアさんに教えてもらった奴隷商が集まる街の外れに真っ先に向う。
さすがに歩いて行ける距離ではないので、同じ方向に行く馬車に乗せてもらい、距離を少しずつ縮めていった。
「ほんとに、一歩手前まででいいのかい? 何ならあんたの行きたい所まで連れてってやってもいいが……」
「いえ、おじさんの仕事の邪魔はこれ以上できません。それに、ここまで連れてきていただけただけでもありがたいです。本当に感謝しています」
僕は長い距離を運んでくれた御者さんに頭を下げる。
「そうかい。まぁ、辛いこともあるだろうが頑張ってくれや。それじゃあな、元気でやれよ」
御者さんは馬を走らせ、僕に手を振りながらその場を去っていった。
僕は御者さんの姿が見えなくなるまで手を振る。
「良い人もいるんだなぁ。現地の人に助けてもらいながら共に生活する。これぞ旅行の楽しみ方なのかもしれない。ふぅ……よし! 親切にしてもらった今なら、厳しい現実を受け止められるかもしれない。奴隷商の集まる場所に行くぞ!」
――ここから距離にして約三キロメートル。それほど長い距離じゃない。一時間も歩けば着けるはずだ。何なら走って行けばもっと早く着くぞ。運動不足解消にも丁度いい。
僕はまっ平らな道を移動していた。
その間、黒卵さんを抱きしめて少し重いと感じながらも鍛錬にはちょうどいいと自分に言い聞かせ、息を整えながら走る。
――黒卵さんの重さはどれくらいだろうか。量った覚えがないからわからないけど、体感で八キログラムくらいかな。
初めて持ったときよりも少し重くなっている気がするのは、僕の気のせいかな。少しずつ大きくなっているようにも見える。黒卵さんも成長しているのか?
でも、どうして……、何百年もこの形を維持していたらしいのに、今さら大きくなり始めたんだ。って! やばい、こける!
僕は鍛錬中に無駄な思考を抱いたせいで目の前にある石にも気づけず、躓いてしまった。
「『赤色魔法:フレイムハンド』」
「うわっ! う……浮いてる……。って熱い!」
僕は服の襟首を炎炎と燃える炎の手に掴まれていた。
炎の手は地面の魔法陣から飛び出しており、僕のすぐ横を通りかかった馬車の窓から一人の男性が顔を覗かせていた。
「こんなところでなぜ走っている。それに、ガキが来ていいところじゃないぞ」
男性の第一印象は凛々しいだった。
馬車の窓からギリギリ見える服装は丈が完璧にあった正装で、どこかの上流階級の貴族としか思えない。
二重にも拘らず、きりっと伸びた眼はヘビのようで一度睨まれたらひるんでしまいそうだった。
髭は生えておらず、スッと通った顎筋が男性のカッコよさを引き立たせている。
整った短い赤髪が僕のトラウマを湧き上がらせた。
「た、助けてくれてどうもありがとうございます。あと、僕は子供じゃありません。一五歳の大人です」
「そうだったか、失敬な言動だったな。許してくれ」
「あ……はい。謝ってくれるのなら、気にしません」
――てっきり怒鳴られると思ってたのに、紳士だ。髪が赤色なのに、フレイと性格が全く違う。この『フレイムハンド』も凄く安定しているし、魔法の扱いがすごく上手い。
炎をここまで安定させていられるなんて、この人、ただ者じゃないな。
「人に無礼を働いたら謝るのが当たり前だろ、何を驚いている」
「い、いえ……。嫌な思い出がありまして」
「そうか。全く謝れない者もいるからな」
男性は目を細め、誰かを思い浮かべているような雰囲気で話していた。
「そうですね。僕も謝ろうとしない人を知っています。何をしても難癖をつけて返してくる人です……」
――ドロウ家の親は僕に謝るなんて絶対にしなかったな。長男もそうだ。次男のスージア兄さんだけは僕にも謝ってくれた。何であの家から人格者気質に育ったんだろう。
僕はもと一緒に住んでいた家の人たちを思い出しながら、忘れていた苦い経験を振り返る。
「私も暇じゃないんだ。もう行かなければならない。白髪の青年、この手を離すから身構えろ」
「はい。お願いします」
襟首を掴んでいた『フレイムハンド』はゆっくりと降りていき、地面に靴先が付いた。すると魔法は消える。
膝で落下の衝撃を吸収した。
「ありがとうございました。時間を取らせてしまってすみませんでした」
「問題ない。魔力は無駄に多くあるからな。誰かのために使ったほうが私の性に合っている。こけるのは縁起が悪いからな。気をつけて歩け」
馬車に乗っている男は御者に頼んで馬車を走らせ、僕のもとから去っていった。行き先はどうやら同じのようだ。
きっとあの男性も奴隷商に向うのだろう。
あの男性に買ってもらえる奴隷は幸せ者かもしれない。
「人格者なのかな。髪が赤くてもフレイとは大違いだ。あんな人が赤色の勇者ならよかったのに……」
僕は黒卵さんが無事か入念に調べ、傷が一つも付いていないのを確認したのち、奴隷商に向けて再度歩きだす。
☆☆☆☆
日が沈む前に郊外に到着した。
雰囲気は良いとは言えないがそれ相応の人が集まっているため仕方ない。自ら足を運んだ手前、文句を言う権利はない。
「よ! そこのお兄さん! うちの可愛い娘を金貨一五枚で買っていかねえかい!」
郊外に入ってすぐ、ボロ雑巾のような服を着た男性が隣に座る全裸の少女に指をさして僕に勧めてきた。
少女の顔は死んでいる。
「す、すみません。僕は、人を買いに来たわけじゃないので……」
「ち! そうかい、それじゃあさっさとどっか行け。じゃまだじゃま!」
男性は表情を一変させて、僕を払いのけた。
「し、失礼しました」
僕は頭を何度も下げながらその場を去る。その時、少女と目が合ってしまった。眼は曇っておりマゼンタ色だが、なぜか真っ黒に見える。
何を見ているのかさえわからない。まさしく死んだ魚のような眼。
――郊外に出た瞬間から、場のにおいが変わりすぎだ。昔、母さんはよくこんな暗い所に来れたな、本当に凄いよ。
僕は足が竦んで上手く歩けているかわからないくらい、怯えているのにやっぱり母さんは強い人だったんだ。
僕は黒卵さんを抱きしめながら、一歩ずつ着実に足を運ぶ。
細い体の男性や女性が首から『臓器を売ります』と書いてある木板を下げ、部位ごとに価格を提示している。
出来るだけ視線を合わせないように心掛け、早足でその場を乗り切った。
郊外の入り口から数百メートルは奴隷を売っているお店が一店もなく、人身売買や臓器と言った闇商売の話し合いが多く、耳を塞がざるをえなかった。
僕はあまりに悲惨な現実に目を背けたくて、瞼を力強く閉じて歩いていた。
当たり前のように人にぶつかってしまい、謝るために眼を開ける。
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