無重力
「おらっ!!」
僕の両手にしっかりと持たれた黒卵は勇者の顔面に当たった。
まるで岩石を木に叩きつけたような鈍い音が僕の耳から入り、何かが折れる感触が黒卵から伝わってくる。
――よ、よし。当たったぞ。石よりも硬い黒卵の攻撃だ。さぞかし効いているだろう。カッコいい顔が台無しになっていたら、自業自得だと思ってくれ。
僕はもう一度同じ攻撃を繰り出そうとした時、体が止まった。得体のしれない本能が今すぐ戻れと忠告していたのだ。
無理に追撃せず、後方に一度下がる。人の第六感はものすごくよくあたる。戦う技術がないなら獣のように感覚にしたがうべきだ。
「グググ……ガアア!」
フレイの魔力が右足に集まり、太ももを強く叩いた瞬間に骨が出現し、筋肉繊維が巻き付いていく。
ほんの数秒で男の生足が作られた。
片足立ちから両足立ちになる。蜥蜴も驚きの再生力だった。
――そ、そんなのありなのか……。緑色の魔力を持っていない限り、回復系の魔法は使えないはず。
フレイの髪色からして、シアン色の魔力は持っていない。赤い髪の人間が緑色魔法を使えるわけがない。
なら、いったいどうやって足を生やしたんだ。それに、せっかく与えた傷がもう消えてしまうなんて……。
「グァァラガ……」
「何言っているか、さっきから全くわからない……。人の言葉をしゃべってくれ」
僕は挑発まがいな発言で、フレイからの攻撃を誘う。
戦い方を知らない僕の攻撃は単調で再現性がない。同じ方法で攻撃を当てるのは勇者相手に不可能だと考えた結果だ。
――フレイに隙が無いのなら、僕はあいつが油断しながら攻撃してきた時に合わせてカウンターを決めるしかない。
うまくいく保証は無い……。攻撃を食らって死ぬかもしれない。
でも、動かなくても死ぬんだ、だったら最後まで藻掻き続けて、たった一本の勝ち筋だとしてもつかみ取る。
もし……死んでも、その時はカッコよく死んでやる。
シトラに好意を持っていた男が情けない死に方をするのだけは絶対に嫌だ。
「こ、来いよ……。ザコ……、お前の攻撃は一度も僕に致命傷を与えてないぞ。それでほんとに赤色の勇者なのか? はは、やっぱり七色の勇者の内一番弱いのは赤色の勇者なんだ。相手が藍色の勇者じゃなくてよかった。あぁ、本当によかったよ!」
「ガが、ガが、ガが……」
――僕の子供みたいな挑発に乗ってくれ。出来れば思いっきり振りかざして隙を曝しまくった状態で僕に攻撃して来い。
「ガアアアアアアア!!」
フレイは僕の挑発を聞き、当たり前のように激高し、人ならざる声で叫んだ。両手で柄を握り、紫色の炎を上げる剣を大きく振りかぶってくる。
あまりにも単調な攻撃。子供の剣の鍛錬かと思うほど。
ただただ相手の頭上から振り下ろしてくるだけの一振り。
それでも勇者の高火力な攻撃がただの人間の僕に当たれば命はない。目の前から死が迫ってくる極限の状態で僕は目を反らさず、眼球が飛び出るんじゃないかと思うほどフレイをしっかりと見た。
――来た! これが最後の好機だと思え。これでフレイを気絶させられなかったら。僕の負けだ。
大好きなシトラに会いたいという一心で家を出て、彼女を探し始めてまだ半月も経っていない中、勇者に殺されかけている状況に、あまり実感が無かった。でも、目の前にいるのは確実に赤色の勇者で、僕は死にかけている。一種の極限状態の中、シトラとの思い出だけが走馬灯となって脳裏を駆け巡った。
シトラに会うまで絶対に死なない。そう決めたんだ。たとえ相手がルークス王国で七人しかいない勇者の内の一人だとしても、死んでたまるものか。
攻撃をギリギリまで見続けた僕はフレイの剣が鼻先を擦り地面に向かって行く光景を見計らった。
「おっらああああああああああああああああああああ!」
僕は両手で持っていた黒卵をフレイの右側頭部に渾身の力を込めて叩きつけた。
その瞬間、フレイの首がもげそうなほど、大きく曲がる。
黒卵を振り抜いた後、緊張のあまり息を忘れていると知り、過呼吸気味になってしまった。大きく息を吸い、フレイの様子を酸欠気味の霞んだ視界で見続ける。
フレイの体は首が曲がった状態でいっこうに動かない。
「グ、グガググ……」
フレイは膝から地面に崩れ、うつ伏せに倒れた。
「や、やった……。僕が、勇者を倒したぞ。って! い、今は喜んでいい時じゃない。フレイが気絶している間に早く逃げないと」
僕は喜ぶのを後にして、その場から離れようとした。
その時……、
「ウググアァァアアアアアアァァアアアアアアアッ!」
フレイは全身を焚火のように燃やした状態で立ち上がった。まるで炎の化身。もう、人の面影はない……。
「う、嘘……。首が九〇度くらい曲がってたのに、もう治ったのか」
――たった三〇秒程度の気絶中に勇者から逃げ切れと言われても……一般人じゃ無理だよ。
フレイの持っている剣が紫色の炎を放っている。
真っ赤で神々しかった色とはかけ離れた毒々しい色。
その炎がフレイの腕をしだいに侵食していく。
そのまま、赤く燃えている胸、顔、胴体、両足と全身に広がっていった。
「いったい、何が起こっているんだ。って……この状況は僕にどうしようもできないぞ。走れ!」
僕は真っ黒な卵を抱きかかえ、ただひたすら走る。
後ろで何が起こっているのか知る由もない。
「はぁはぁはぁ……。紫色の炎に包まれて、フレイはどうなるんだ。せっかく倒したのにまた振出しに戻るなんてあんまりだ!」
地面を蹴る足が失笑するほど重い。
考えれば、さっきからずっと走りっぱなしだった。仕方ない、でも、そろそろ休ませてほしい。
後ろを不意に少しだけ振り向くと、紫色の炎が八メートルほど高く燃え盛っている。
少し熱いなんてものじゃない、服が溶けるほどの熱波が僕を襲ってきた。
――一〇〇メートル以上離れたこの位置ですら熱さを感じる……。あの炎はどれだけ熱いんだ……。
「もう祈る相手がいない。どうしたらいい。あんな、化け物からどうやって逃げれば……、うわっ!」
僕は動きの鈍った足が上がらず、小さな石に躓いてしまった。
抱えていた黒卵は空宙を舞い、重力に逆らわず地面に落ち……ていない。
「え、黒卵が浮いてる。何で……」
「空中の浮遊により『無色魔法:無重力』を獲得しました」
「無重力? 訳が分からない、何で黒卵が浮いてるんだ……」
「四カ月の間、寝ていたかったのですがどうもそうは言っていられない状況のようです」
黒卵から女性のような若い男性のような澄んだ流暢な声が頭の中に響いてくる。
「き、君はいったい……」
「主、来ます」
「な!」
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