奇跡への願い
僕は首に掛かっている首飾りを握り、母さんを思い浮かべる。
――お願いだ、母さん。力のない僕を守って。情けないお願いなのはわかっている。でも、まだ死ねないんだ。好きな人に会いたいんだ。この願いを聞いているのなら。傍にいてくれているのなら、どうか、僕を助けて!
毒々しい剣が僕の体を避けて地面を切り裂いた。
勇者の足もとの地盤が緩かったのか、あまりにも強く踏み込んでいたのか、理由は定かではないが勇者の足もとが凹み、体勢を崩した。そのお陰で剣の軌道が変わり、僕の左耳を掠って地面に向かって行ったのだ。
「グアググゥあ……」
剣は深く地面に刺さり、硬い岩にでも引っかかったのか、うまく抜けないようだ。
「はぁぁああああああ!」
僕は剣を力任せに引っ張っているフレイの頬に握り拳を打ち込む。だが……体勢が全く崩れない。
逆に僕の拳が焼けるよう痛みに襲われた。咄嗟に放すと、フレイの頬に僕の焼けた皮膚がくっ付いている。
僕の手は焦げた肉の臭いを発し、激痛で悶えそうになった。
「グがガガガっ!」
「笑うなよ。こっちは真剣なんだ。本気の本気なんだよ!」
僕は隙を見せるだけだと思って抜いていなかった剣をやっと引き抜いた。見た目はどこか古臭い。ただ、多少研がれた形跡が見て取れる。オーリックさんが軽く研磨してくれたのかもしれない。
じんじんと激しい痛みが酷く走る右手で柄を握り、黒卵は未だに左腕で抱えている。
――どうする。こいつは僕を完全に舐めてる。そこを突きたいのは山々なのに、致命傷を与えられる魔法がない。加えてこの剣じゃ……。傷を付けられるかすらわからない。でも、生きるためにやるしかないんだ。動け、僕の足!
「はあああああ!!」
僕は大声を出して体に力を入れ、生き残りたい一心でフレイに向って剣を振りかざす。
僕の剣がフレイの首元にとどきそうになった瞬間、剣が跳ね飛ばされる。一瞬理解できなかったが、フレイの笑っている顔を見て、察した。
どうやら、フレイはわざと隙を見せていたらしい。地面から剣を抜き出し、僕の剣を跳ね上げて難なく無力化してみせた。力の差を示したかったのかもしれない。
僕は自我を失っていると思っていたフレイにまんまと嵌められてしまった。浅はかだったせいで、僕が持っている品で殺傷能力が一番高い武器が奪われた。
なんなら戦闘経験の差が顕著に表れてしまった。
――こんな罠に嵌められるなんて。もう、完全に意思が無くなっていると思い込んでいた。フレイの意思じゃなかったとしても、僕はもっと慎重になるべきだった。
もっと剣術を練習しておけばよかった。
もっと体術を極めておけばよかった。
って! もっと、もっと、じゃないだろ。過去を後悔しても意味が無い。今はこの状況を打破するんだ! 動け、動け、僕の体!
フレイは剣を使わず、回し蹴りを僕の大きく開いた腹に目掛けて打ち込んでくる。
雰囲気でわかる。絶対に受けてはいけない一撃。
それは戦闘経験がない、僕にもわかるほど明らかな一撃。
――まともに受ければ内臓が破裂して確実に死ぬ。腕で守ったとしても、その後がどうしようもない。躱すしかない!
僕は腰を引いて後ろに下がる。
だが、フレイは僕の動きを見てさらに大きく一歩を踏み出し、蹴り込んできた。
「ハアァァ!」
もう、次の動作に移るための可動域がない。
両足とも伸び切り、移動するために一度曲げなければならないが、そんな暇はない。
フレイの右脚が弓のようにしなり、足先が弧線を引いた。
僕は咄嗟に黒卵をお腹に移動させる。
卵が少しでも衝撃を和らげてくれると思ったのか、黒卵自ら飛び込んで来たのか、自分でもわからない。
それほど、無意識の状態だった。
「ぐぁああっ!」
僕は卵を踏みつけた時のような音を聞いた。その瞬間に後方へ蹴り飛ばされる。痛みが感じるよりも先に骨と内臓が破裂した音だったのかもしれない。そう悟ると
――あぁ……完全に死んだな。
だが、痛みが体を走らない。情けない声を漏らしながら後方の地面に八回くらい転がってやっと止まった。
グシャリなど、何かが潰れでもしないと鳴らないはずだ。
――いったい何が……。
そう思った時、僕は自分のお腹をふと見る。
「く……黒卵が……何ともない。って、いたた……、蹴られた時よりも地面に衝突した方が痛いってなんでだ。蹴られたはずの黒卵も、全くの無傷だし。逆に……」
「ガ……ガ……ググ……」
フレイの右足は脛の辺りで曲がるはずない方向に折れていた。膝以外に関節が増えたようにぶら下がっている。
――フレイの右足が拉げた音だったのか。いや、それにしても硬すぎるだろこの黒卵。意識を失っているとはいえ、フレイは赤色の勇者だぞ。プルウィウス王国で七人の猛者に入る男なんだ。そいつの蹴りを食らって無傷って。でも、もしかしたら……。
黒卵の頑丈さを知ったころ、フレイの奇行を目の当たりにする。
「グガガギガグ……」
フレイは持っている剣を右膝辺りに持っていく。
そのまま、右膝を一気に切り裂いた。
地面にぼとっと折れ曲がった脚が力なく落ちる。
――脚を切り落としたぞ……。相手が片足の状態なら僕でもきっと戦える。今が攻め時だ、行くぞ!
フレイは片足だけでその場に直立しており、右足からは真っ赤な血液を流していた。
その状態を見た僕は、問答無用で攻めた。
――今、攻めなければいつ動くんだ。この好機を逃したらもう一生巡り込んでこないかもしれない。手から滑り落ちる前に、必ず掴んでみせる。気絶させられれば僕の勝ちだ。
「うおおおおおお!!」
僕は自分の持っている黒卵が武器になるとフレイの拉げた脚を見て直感し、大きく振りかぶる。
正面から向かうのは愚策かもしれない。
だが、不意打ちや逃げながら戦うなど望洋な地形的に難しい。
もっと多くの建物があればできたかもしれないが、辺り一面、平野で隠れる場所などほとんどない。
それなら最短距離で攻めるべきだと、僕の直感が勝手に働いていた。
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