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平民の私が美女揃いの勇者オーディションに手違いで参加できたのですが何故か貴族の娘に絡まれます  作者: 剃り残し


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裁判

「ルフナ家の者が婚礼で足を引っ掛けるだけでも有り得ない事であるのに、相手を切りつけるとは! それに飽き足らず我らの安寧を守る兵士にも手を出すとは……乱心したか!」


 アカツは静まり返ったホールをリリィを裁くための裁判所に仕立て上げた。


 主役であるリリィとネリネの兄が座るべき場所には裁判長であるアカツとネリネの父が座っている。


 踊っている時に女の側から足を引っ掛ける行為は同格以上の貴族の求婚を無理矢理破談にする意味を持つ。


 私もかつてオリーブにやられ、そのことをリリィに指摘されたオリーブは酷く動揺していた。私にはピンと来ないが、貴族の界隈では格上側のやる事ではない品のない行為という認識らしい。


 それを名門ルフナ家のリリィがやるだなんて前代未聞だろう。ルフナの名に傷がつく程の行為だ。ナイフはリリィのアドリブみたいだが、乱心した事を知らしめるには丁度良いアクセントだった。


「お望み通りこの婚約は無かったことにする。友人の手際の良い治癒のお陰でご子息も無傷であったからキャンディ卿も寛大な心でお赦しくださったのだ。感謝せよ」


「はい……慈悲深きキャンディ卿。此度の無礼をお赦し頂き深く感謝致します」


 リリィは父親に促されるまま頭を下げてネリネの父親に感謝を述べる。寛大な心とは言うが、アカツに言われてノーとは返せる人はいないだろう。


 さすがにここまでの無礼をはたらいた上で嫁がせると、今後のルフナ家とキャンディ家とのパワーバランスにも影響が出てしまう。


 この話は無かったことにするのが、アカツにとって一番利益がある。そうすると困るのがリリィの処遇だ。軟禁状態で家に置いておくにしても、彼女はいつ爆発するか分からない爆弾となった。いつまた乱心し、屋敷で暴れるかもしれないのだから。


「だが……このような事をしでかしてルフナを名乗れると思うな。勘当だ! ルフナの名に相応しくないものは潔く去れ!」


「そ……それは……」


「自由になりたいのだろう? これまでは少々甘やかし過ぎようだ。自由になり、自分の足で生きていけ」


 リリィは内心ほくそ笑んでいる事だろう。むしろ、上手く行きすぎて戸惑っているかもしれない。自分の目論見通りに父が勘当してくれたのだから。


 リリィからすれば自ら家を出ると言っても父が素直に首を縦に振らないと思っているし実際にそうだろう。だから、家から追い出す口実を与えればその通りになると踏んだ。


 ただ堕落するだけではその辺の貴族と変わらないし、勘当される程の事ではない。かといって大きな罪を犯せば今度は勘当と一緒に牢獄が待っている。


 勘当される、かつ、その場で収められる程度の丁度良い騒動を起こす。それが、乱心したリリィからの品のない強制的な婚約破棄だった。


「わ……分かりました」


 リリィは笑わないように努めながら、それが望んでいない沙汰だと装ってアカツの言葉を受け入れる。


「ルフナ卿。さすがに無一文でほっぽり出すのは如何なものかと。当家にて身柄を預からせて頂くというのはどうでしょう?」


 ツカツカと歩いて遠巻きに成り行きを見ていたヒースが会話に混ざってくる。これも打ち合わせ通りだ。


「うむ……そうだな。グレイ家に養子として受け入れて頂けるということか?」


「どうせ落ち目なのです。今更乱心した娘を一人受け入れる事などどうということはございません」


 ヒースはそう言うとホッホッと笑っている。


「ではそのような手続きを取らせて頂こう。衛兵! リリィを屋敷まで連行しろ!」


 リリィは衛兵に引っ張られて立たされる。広間から連れ出される時、一瞬だけ私を見てくれた。リリィは上手くいったことに安心してニッコリと笑っていた。


 ここまでがリリィと話していた計画だ。グレイ家に引き取られたリリィは何者にも縛られる事なく、リリィ・グレイとして生きていく。その先は、たまたま旅先でリリィと勇者一行がかちあい続ける生活がしばらく続くだけだ。


 何ならリリィを旅に連れて行ってもいいかもしれない。実際になってみないと分からなかった事だが、勇者としての生活はかなり緩い。まるで国民の中から選ばれた期間限定の貴族のような生活だ。


 リリィが居なくなると、アカツが全員を見渡す。


「皆様、此度の娘の非常識な行いについて私からもお詫び致します。キャンディ卿、今後の事はゆるりと話しましょう。勇者の皆様も馬鹿娘を捕まえてくださりありがとうございました。あのまま逃げおおせていたら国を挙げての捜索となっていたでしょう」


 リリィの演技力はアカツ譲りなのだろう。こうなる事を知っていたはずなのに、いかにも今知ったと言わんばかりの態度で皆に謝罪と礼を述べているのだから。


 私はリリィには秘密でアカツも計画に巻き込んだ。オリーブも心配していた通り、アカツが狙い通りに動くか不透明だったからだ。信頼は出来ないとはいえ、味方に巻き込んでしまった方が少しは安心できる。


 彼にとってリリィは目の上の瘤。だからといって、何の理由もなく家から追い出すというのは世間の目があるので無理だ。


 だから、ルフナの名に傷をつけたという事にすれば、何ら気掛かりなくリリィを家から追い出す事が出来ると提案した。


 至極単純な方法なので最初からリリィとアカツでこんな風に共謀すれば良かったのだが、二人共がお互いの腹の探り合いをしてしまうので話し合いにならないだろうし、これまでもその話し合いが持たれる事はなかった。 


 そもそも、そんな事が出来ていたら誘拐してまでリリィをオーディションから落とそうとなんてしないはずだ。


 そんなボタンの掛け違えはリリィの実の母親の失踪まで遡る根深い禍根。私にそんなものを解決する力はないので私が間に入り現状を利用するに留まった。


 とにかく、これでリリィはアカツの合意の元、ルフナ家を勘当された。リリィが失うのはルフナの名前と評判。


 ここにいる数百人の参加者が目撃者となるので明日には市井の隅々まで噂が広がるはずだ。自ずとリリィの評判は落ちていく。


 私達は何も失わない状態でやり遂げる事はできなかった。ルフナの名はどうにかなるとしても、リリィがこれまで築いてきた評判は一度失う必要があった。


 とはいえ、これまでの生活で得た名声なんて屁みたいなものだ。これから私とリリィで世界を股にかけ、ありとあらゆる人を助け、未曾有の活躍を見せるのだから。


「皆様。これはご協力のお願いです。娘は今日、自らの足で歩くために、自分の意志で婚約を破棄し、私とキャンディ家はそれを受け入れた。せめてものケジメとして養子に出す事としましたが、それ以外は何も起きなかった。具体的には、誰も踊りながら暴れていないし、ルフナに連なる者が兵士を手にかけるような事もしていない。もし市井でこの話が聞かれることがあれば、徹底的に出所を遡ります。すると、必ずここにいる誰かに辿り着くでしょう」


 遠回しだが、アカツはここにいる全員を脅している。真実を嘘にできるのは一番の権力を持つアカツなのだから、アカツが新しい真実を作る。


 だがこれは打ち合わせには無かった発言だ。


 名目はルフナの名を守るため。だが、同時にリリィの評判も守られる。今この瞬間、ここにいる人の頭には深く刻み込まれただろうが、それでも人の記憶は薄れていく。


 数週間もすれば、自分と関係のない令嬢のパーティであった諍いなんかきちんと覚えている人の方が少ないだろう。この話を知る人を減らせば減らすほどリリィの評判は保たれる。


 これは、アカツからリリィへの餞別だと思った。リリィが失うものを少しでも減らすための発言。父親らしい一面が一切ない人だと思っていたが、ほんの少しだけの人情味を見た気がした。


 アカツは私を一瞥すると、ネリネの父親を連れて広間を出ていった。


 招待客もゾロゾロと帰り支度を始めている。


「リリーさん、お疲れさまでした。私もああやってこかされたのですよ」


 ヒースがニコニコと笑いながら近づいてきた。お婆ちゃんもかつて縋り付くヒースをこかし、関係を断ったのだろう。


 あの人の事なので、それがどういう意味を持つのかも知らずに力任せにやっただけだと思うが。


「まぁ……疲れましたね。二人で話し合いをしてくれたら済むだけの話なのに……貴族って面倒ですね」


「ハッハッ! そうでしょうそうでしょう。これでもまだ当家を継ぎたいという思いはありますか?」


「一切ありません。そうするとリリィさんと姉妹になってしまいますからね。いや、リリィさんはヒースさんの養女なので孫の私から見たらリリィさんが母親になるんですかね」


「ややこしいですな。二、三日もすれば手続きが終わり当家の屋敷へいらっしゃると思いますよ。お迎えはリリーさんが?」


「当然です」


 ヒースはまたニッコリと笑って立ち去った。

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