1章の8
いきなり元気になったように見えたのか、珠希は目を丸くした。ほとんど自力で起き上がる晴道を、こんどは彼女がぽかんと見つめる。
正対した少女を、晴道は見つめた。
黒服の少女の瞳はどこまでも深い漆黒だった。
「その代わり、全部説明してくれ。俺が自分の体について知ったのは今日が初めてだ。セルやリコンビナントなんていう奴らについても、全く知っちゃいない」
そして、彼女の掲げる〝罪〟の正体も。
珠希はしばし無言で晴道を見つめていた。
唐突に右腕を擡げた。
「!」
晴道が身をすくめるやいなや、眼前で銃が火を噴いた。
銃弾は晴道の頭部スレスレをかすめ、背後にいた標的の額を貫通した。
「……っ…………」
晴道はすくんだ身のまま振り返り、被弾したリコンビナントが崩れ去るのを認めた。続けて銃声が二発。時間差も無く二体のリコンビナントが倒れた。
さらりとした砂が中庭を舞い、いずこへと運び去られる。
唐突な静寂が訪れた。
中庭に佇む人影は、晴道と珠希の二人だけ。喧騒の残響はどこにも残らず、記憶だけが紡がれた事実を示している。
主を失った衣服がウッドデッキに散乱している。
……この服も特殊な繊維か何かでできていて、時間が立つと分解されるようになってるんだろうな。
そんな予測が自然と頭をよぎる。実際、ここに落ちている服の数と珠希が仕留めたリコンビナントの数は、明らかに一致していない。騒動の最中に消えてしまったのだろう。
と、
「ええ……望むところです」
士気のこもった珠希の声が晴道の意識を引き付ける。
「こちらとしても、突然変異を持った人材が加わるのは喜ばしいことです。おまけに晴道の形質は、私が言うのもなんですが、セルが目をつけるほどに有用なもののようですから」
力強い笑みと共に、珠希は右手を差し出した。
――って、俺はいつ仲間になるって言った!?
「俺はそういう意味で言ったんじゃ」
「危ないっ!」
ドガっ、と体当たりを食らった。
珠希は晴道を押しのけて前へ出ると、間髪入れずに発砲した。
病棟から跳び出そうとしていたリコンビナントが呻き声を上げるのと、晴道が背中を打ちつけて呻くのはほぼ同時だった。
「……あれが最後のようですね」
珠希の沈着な判断を、晴道は信じられないほどの激痛の中で聞いた。
「っうぁ……っあ」
珠希が驚いた顔で振り返る。
腹部から突き抜ける激痛に気が遠くなりかけながらも、晴道はその原因に勘づいた。
珠希のタックルで事故の傷が開いたのか――
「はっ晴道! どうしたのですか!」
慌てて縋り寄った珠希だったが、晴道が腹部の一点を押さえているのを認めると、更に慌てた顔になった。
「そこが痛いのですか!? 出血してはいませんが……晴道? は……晴道っ!?」
目を閉じてしまった晴道の肩を掴み、がくがく揺する。
……やめてくれ。余計に痛い……!
完全に意識が飛ぶ前の晴道にとっては拷問以外の何物でもない。
むしろ……これは死ぬ。
「た……まき……」
「何ですかっ」
晴道は焦点が定かでなくなった目に、切迫の表情で覗き込んでくる珠希を捉えた。
珠希。
罪がどうこういう前に、うっかりで俺を殺してくれるな。
そう言いたかったが、叶わず。晴道の意識はしばし現実から姿を消した。