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four years later

 ちいさなちいさなおひめさま

 おおきくおおきくおおきくおなり

 足元のほこりをはらえ

 その階段は危ないぞ

 王さまは命令

 お妃さまはにこりと笑う


 ちいさなちいさなおひめさま

 おおきくおおきくきれいになった

 けがれを知らないおひめさま

 言葉は人を死に追いやって

 怪我すりゃ人を殺してく

 王さまはよろこんで

 お妃さまはにこりと笑う


 じゅんしんむくなおひめさま

 あるときひとりのおとこにあった

 なんにもしらないおひめさま

 おなかに煌めくナイフをさして

 きれいなきれいな赤い薔薇

 王さま泣いて首がもげ

 お妃さまも死んじゃった




 「変な歌」


 中央広場を見渡せる豪奢な屋敷の窓辺でその歌を聴いていた娘は、笑いながらつぶやきました。

 広場で男たちが楽しげに歌っているその歌は共和制をとるこの国の、最後の王の歌でした。

 碌でもない王が倒されて四年、傾き荒れ果てた国は瞬く間に回復し、以前は物盗りで溢れていたた街も今では娘一人で歩けるほどに治安が安定してきました。

 これも娘が仕える主が先頭に立って国をまとめあげてきた結果にほかなりません。

 娘は歌を聴くたびにおかしな歌だと思う一方で歌を聴くたびに誇らしげになりました。


 「ロゼ。どうした」

 「ご主人様!おかえりなさいませ。気付かず申し訳ございません」


 歌を聴き入っていたために自分の大切な主に声を掛けられるまで主が戻ってきたことにも気付かなかったロゼは恥入って、すっかり顔を真っ赤に染めました。

 そんなロゼを主人である青年は面白がりながらも何に気を取られていたのか聞きだしました。


 「ほお。今はそんな歌が流行っているのか」

 「そうなんです。いつから謳われているのかはわかりませんが、最近はあちこで歌われているようです。これもすべてご主人様がこの国を良い方向に導いてくださっているからですわ」

 「ははは。それはかいかぶりだよ。あの当時は皆が圧政に苦しんでいたのだから、それから解放されてやっと今頃その実感がでてきたのではないかな」

 「それは違います」


 きっぱりとロゼは言いました。

 ロゼの主は王さまを倒したその人で、世界で初めて民衆が動かす国を作った素晴らしい人なのです。そして次々と民に分かりやすい法律を作って、今の安定した国にした功績者でもありました。それをかいかぶりなど、とんでもない。


 「ご主人様は自分のことはそうやっていいますが、誰もがご主人様の素晴らしさを讃えています。あの歌もそのうちの一つにすぎません」


 ロゼは主のコートを受け取ってクロークに掛けました。もちろんブラッシングも忘れません。


 「とにかく、ご主人様が王を倒してくださったおかげで、私たちはこうやって安心して暮らしていけるんです。私はご主人様に仕えることができて本当に幸せ者です」


 顔を真っ赤に染めながらぺこりとお辞儀をすると、何かいいたげな主の前からそそくさと下がり、お茶の支度を始めました。





 顔を熟れたトマトのように真っ赤に染めて足早に去るロゼを、彼はじっと見つめていました。


 王を倒したあの日。

 青年は初めて憎いおひめさまを間近で見ることができました。

 まだ幼い身体を着飾らせ、細すぎる腰を抱いた時にはそのあまりの儚さに驚きを隠せませんでした。

 けれども高圧的な態度、古めかしいものいい、そしてなによりも何も写さない澄んだ瞳は青年を捉え離しませんでした。


 真綿にくるまれた娘は、何も知りませんでした。


 自分の言葉が人にどう受け取られるのか、自分の言葉に親がどう受け取るのか。

 そしてその結果、自分の周りには真綿以外何もないことにも。


初め青年は娘を殺せばすべておさまるのだろうと考えていました。

 けれども諸悪の根源は、娘ではなく、娘をそのように育てた親である王とお妃だったのです。

 思考するべき能力を真綿にくるまれてしまい、娘は考えることができませんでした。

 欲しがる前に何でも与え続けられれば、誰もが物を欲しがることはありません。

 そんな娘が無欲に見えるのであれば、それは欲を覚える前に満たされてしまうからでした。

 不愉快な感情も、愉快な感情も、娘には与えられませんでした。

 感情を覚える前に真綿でくるんでしまっては、覚えるべき感情はないにひとしいからです。

 良いことも悪いことも、娘には真綿でくるんで差し出されました。


 純真無垢のむすめ。


 まさに娘のための言葉でした。

 計画していたこととはいえ、そんな娘にナイフを突き立てた瞬間に後悔しました。

 けれども計画に賛同してくれた同志たちを裏切ることはできません。

 それにおひめさまの言葉によって死を与えられた人々がいることに間違いはなかったのです。

 そうして王は倒れ、国は崩壊する直前で生きながらえることができたのです。


 おひめさまが生きていたのは思いがけない誤算でした。


 ナイフを刺したままの状態で放置されたおひめさまは、失血が思ったよりも少なかったのでしょう、青年がおひめさまを抱き上げた時は生きていました。

 一度は殺したはずのおひめさまを、二度殺すのは躊躇われました。

 青年は秘密裏におひめさまを自分の屋敷に連れて帰り、かくまいました。

 ただ、怪我が治って起き上がったおひめさまには、記憶がありませんでした。自分が何者であったのか、何一つ覚えていなかったのです。

 そこで青年はおひめさまの素姓を隠し、記憶を失った娘にロゼという名を与え、侍女頭に預けて一通りの作法を覚えさせるように言いつけました。


 それから四年。

 純真無垢なおひめさまは、おひめさまであったことなど何一つ思い出さずに普通の娘としてこの屋敷で暮らしていました。

 あまつさえ、自分の親である前王の歌を聴き、笑いながら。


 青年は思います。


 これこそが、王とお妃にとって一番の不幸であり、幸福であるのではないかと。


 窓の外からなおも聴こえる歌に耳を傾けながら、青年は窓を閉めたのでした。

 


 これでこの話はおしまいです。

 こんな暗い話を最後までお読みいただいて、本当にありがとうございました。

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