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異世界二年目のおっさん、やらかす ~飛ぶ斬撃でSランク冒険者をうっかり殺し、王女の死体を競売にかけることになった~  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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第22話 増えるもの、増えないもの〈頭髪〉

 気になることがあった。

 あのクリーチャーが持っていた赤い剣だが、のちにあれもシーフした。血で再生した事実を踏まえ、食品売り場で試しに飛剣術を使ってみたところ、刃が砕けなかった。十回以上アレに斬撃を飛ばしたが、一向に刃の砕け散る気配がなかった。

 まるで俺の愛刀、ジェラスのレイピアのよう。

 ギルド会館へ到着するなり、ショッピングモールの惨状を受付嬢へ説明した。だが異常事態だ。万年ランク外のヘボに加え、禿げた冒険者であるこの俺の話など信じてもらえるわけもなく、彼女は冷笑混じりの対応を続けた。


「これ、ジェディーのですよね」


 俺は平静を崩さず、彼女へとあるネームプレートを渡した。

 円形広場に転がるウィンドブレーカーの死体、あれはジェディーのものだった。

 ジェディーは、主にモンスターの焼却を担当する炎熱魔法士にして、当ギルド会館の職員だ。広場を離れる際、ジェディーの遺体からネームプレートを拝借してきた。彼はウィンドブレーカーの下に、ギルドの制服を着ていた。ネームプレートもそのままだった。

 遺体がどこにあったのかについても説明するが、空返事を返される。形だけの相づち、傾聴が続いた。

 デルカと同じ扱いを受け続けた。そこにジャポワンが現れるまで。


「おや、トキオ殿ではありませんか。ラルゥは元気ですか」

「それどころじゃない」


 ジャポワンは聞く耳を持っていた。

 再度説明しているあいだ、受付嬢は俺を厄介者扱い。ちらっと俺を見ながら、でもランク外ですよ、と彼女はジャポワンへ耳打ちする。

 信じなくて結構だ。どうせそのうち新聞の大見出しに載る。そのときになっても、この嬢に対する俺の対応は変わらないし、一日二日はこの嬢も気まずそうな顔をするだろうが、三日目にはどうせ忘れて、また元の失礼な女に戻っているだろう。デルカでもそうだった。

 五日ほど前にゴブリンの巣へ行ったことを話した。数が多く、焼却をジェディーに頼んだことを。


「どんな具合だったかジェディーに確認したかったんです。彼、何か言ってませんでしたか?」

「何か、とは?」


 ジャポワンが応じる。


「たとえばゴブリンの数が多かったとか」


 ジャポワンの視線が左上へ散る。何か思い出したのだろう、そんな気がした。


「確か、戦利品を得たとかなんとか言っていたような……」

「戦利品?」

「はい。焼却は終わらせたと言っていました。ご安心ください。ただその際、ゴブリンが一匹洞窟のなかから出てきたらしく。そいつが手に、これが珍しい話なのですが、剣を持っていたとか。連中は自作した珍妙な武器以外使わないので、珍しいこともあるもんだなと、ジェディーと話したんですよ」

「その剣が戦利品ですか」

「察しがいい、そういうことです。刃こぼれがなく、綺麗だったからいただいた、と」

「それは、この剣でしたか?」


 カウンターへ置いてベロアの布を解き、中の剣を見せた。ベロアの布は、ショッピングモールでいただいた。

 ジャポワンは老眼鏡をかけ、刀に顔を近づける。


「これです、これです。刀身が赤いからわかりやすい。ジェディーが持っていたのですか?」

「彼の死体の近くにいた、アンデッドが持ってました」


 説明が面倒くさくなった。


「そういえば、トキオ殿がよく背中に担いでおられものも、赤い剣でしたな」


 厳密なことが知りたく、そのあと話し込んだが、正確な目利きはできないとジャポワンに告げられ、その日はそのまま退館した。


 翌日、一人でゴブリンの巣穴へゆき、手ごろなゴブリンを一匹その刀で殺した。剣を洞窟の壁へ叩きつけて折り、ゴブリンの心臓をその刃先の無い剣の上で絞った結果、滴り落ちた血を剣は吸収し、見る見る刀身は復元された。

 クリーチャーが持ち、その前はジェディーが持っていたその赤い剣は、五日前、俺がゴブリンの巣穴から逃げる際、洞窟の壁にぶつけて折った、その破片が復元したものだった。つまり『ジェラスのレイピア』だった。

 だから何だという話だ。

 ただ、今後はあまり折らないように気を付けよう。折れた刃の処分が面倒だ。こいつは増殖する。折れた刃と復元したレイピアは、ベロアの布に包み、ラルゥの家の押し入れに締まった。




 家へ戻るとラルゥの姿がリビングに見えなかった。

 三階へ上がり扉を開けた。電気が着いておらず、彼女の部屋は真っ暗だった。外はもう暗い。

 闇の中、窓台にフィギュアを並べるラルゥの姿を見つけた。彼女は、あるフィギュアを握りしめ、それをじっと見つめたまま静止していた。


「ラルゥ?」


 俺が声をかけると彼女はびくっとして振り返る。


「あ、おかえりなさい……」

「並べてたのか」


 うん、とラルゥが頷いたとき、室内に入り込む廊下の明かりが、彼女の手に持っていたフィギュアを照らした。エルフェレンだった。

 エルフェレンの人形を見つめながら、彼女は背を向け、窓台のフィギュアたちへ向き直る。


「ロスラフとジャクマールのことを思い出してたの。いい親子だったね」

「いずれまた会おう、だってさ。今度あいつらと一緒に依頼でも受けに行こう。Aランクだ、多分強いだろ、俺より」

「私のお父さん、本当のお父さんじゃなかったんだ」

「……え」


 唐突にラルゥは言った。

 ジャポワンから聞いていたから知っている。ラルゥは死んだ父親の子ではないらしい。ラルゥは、母親が不倫して生まれた娘だ。本当の父親は、ジャポワンである。


「急に、どうしたんだ?」

「『父さんとラルゥはな、実は血が繋がっていないんだ。ラルゥの本当のお父さんはな、ギルド会館のジャポワンさんなんだよ。ほら、前に家にいらしただろ』……お父さん、そう言ってた」


 ラルゥは生前の父親の声をそのまま再生するみたいに言った。父親が亡くなったのは、ラルゥが初等部三年、八歳のとき。

 ラルゥの握るエルフェレンの人形に、水滴がぽたんと落ちた。ラルゥの肩が小刻みに揺れた。泣いているのだとわかった。


「ラルゥ?」

「本当は……全部、わかってるの」


 彼女は涙声で言った。


「……わかってる?」

「お母さん……あの夜、買い物行ってないよね」


 心臓を握りしめられたようだった。俺は言葉に詰まった。


「だって買い物袋、テーブルに置いてあったよね。トキオ、だから聞いたんでしょ? 他に買い物袋はあるか、って」


 あのときの自分の頭を鏡に打ち付けてやりたくなった。軽率だった。子供だから質問の意図など考えないだろうと思った。


「お母さん、なんであのとき外にいたの? エントが町を襲ったんでしょ? 火が燃えてたんだよね?」


 ラルゥがこちらへ振り返った。赤みがかった目が涙で濡れていた。涙が止まらず何度も拭い、嗚咽する声を必死に抑えようしている。


「お母さん、何か持ってなかったか?」

「……何か?」

「知ってるんでしょ、トキオ。ジャポワンさんから聞いてない?」

「何が?」

「お母さんの死体の傍に、何かなかった? お母さん、死んだとき何を持ってたの?」

「何って……」


 ラルゥは何か知っているのだと思った。でも何を知っていて、何故そんなことを聞くのか俺にはわからなかった。

 答えられない。

 通帳や印鑑、毛皮の上着や古いブランドもののカバンや、それらと一緒にぺちゃんこになって死んでた、なんて言えない。まさか、それを知ってるのか? そのうちの何かが、例えば毛皮の上着が家から無くなっていることに気づいたとか。


「何でジャポワンさん、嘘ついたの?」


 俺の喉の奥が干上がってゆく。


「……嘘?」

「嘘じゃん。買い物行ってないじゃん。だって買い物袋、テーブルに置いてあったし。ねえ、何で嘘ついたの?」

「それは……」


 俺が言葉に詰まったとき、何か確信を得たような顔をして、ラルゥの顔がしわくちゃになった。堪えていたものが、彼女の目からさらに溢れ出した。


「お母さん……私のこと、嫌いだったのかなぁ?」


 ほとんど聞き取れないような言葉だった。

 ラルゥが知ってしまった。

 あの夜、自分を置き去りに母親が逃げたことを。見捨てられたことを。

 泣き叫ぶわけでもなく、窓台の下へ崩れ落ちるわけでもなく、立ったまま、ラルゥは肩を震わせ、周囲を気遣うように小さな声で泣いた。


「誤解だ──」


 思いつきだった。

 どうにかしてやれないか、と性懲りもなく、俺ごときがそう思った。


「確証がないんだ」


 泣きながら、涙を服の袖で拭いながらラルゥが顔を上げる。


「現場検証に当たった警察の人から聞いた。確証がないから、ジャポワンさんにも言ってないって。貴重品やらが入ったカバンだけどな、ぺちゃんこになっちまったラルゥの母親の遺体から、結構離れた場所にあったらしい。かなり離れた場所に」

「どういう、こと?」

「警察官の話では、ラルゥのお母さん、家に戻ろうとしたんじゃないかって。カバンが落ちていた場所から数百メートル離れた場所に、お母さんの遺体があった。カバンと遺体を線で結んだその導線の先に、この家があったらしい」


 ラルゥは余計に泣き出した。

 全部嘘だ。いま考えた作り話だ。多分、ラルゥの母親は、この子を見捨てた。置き去りにした。自分だけ助かればいいと思った。ラルゥより、毛皮とかブランド品とか、そんなガラクタが大事だったらしい。


「置き去りにしたんじゃなくて、慌ててたんだ。エントが、あんな巨大な生き物が町を襲うなんてそうあることじゃないから、パニックなってたんだよ。それですぐに目についた持てるものだけ持って家を出た。あとになってラルゥのことに気づいて、慌てて家に戻ろうとして、その場に貴重品を落とした。それでラルゥのお母さんは……」

 

 話を進めるほどにラルゥは泣いた。自分で話していて気持ち悪かった。モールでのラルゥみたいに、俺もゲロを吐きたくなった。

 人生、ゲロを吐きたくなるようなことばかりだ。


「下へ行こう。お腹すいたろ? 昼間の続きだ。ステーキでも焼いて」

「──ありがとう」


 ラルゥのはっきりした声が、俺の言葉に被さった。涙声が消え、クリーンだった。


「ありがとう、教えてくれて」


 また涙声に戻っていた。


「……お、おう」

「私、頑張るから」

「頑張る?」


 何を頑張るんだ、と思ったが、いま聞くのは野暮だと思った。ラルゥなりにそう思ったんだろう。


「うん。わかった。……応援してる」

「私、決めた。いつか……いつかトキオみたいな立派な冒険者になる」

「俺みたいな? いや、そいつはちょっとやめといた方が……」

「ジャクマールとロスラフを助けたときみたいな……トキオみたいな冒険者になって──」


 丁度そのとき、窓から月明りが丁度差し込んだ。ラルゥの顔の右側──彼女の肌を青く照らした。


「世界じゅうのエントを殺す」


 すぐに理解できなかった。

 ラルゥ、いまなんて言った?

 遅れて彼女の言葉が頭に流れ込んでくる。


「え……殺す……?」


 彼女は涙を拭った。

 もう泣くのをやめていた。

 そして勇ましく笑った。何かいい気づきを得たときの、そういうときの顔をしていた。

 ただ俺は、その青白く光るラルゥの顔に、人ではない、何か別の生き物を見ているような錯覚を抱いた。


「俺は、別に……」


 俺は──ミスをした。




 ラルゥの自立支援依頼が終了し、ジャポワンから依頼料を受け取った数日後、ギルドから指名依頼が入った。俺は、またあの丘の上の屋敷へ向かうことになった。


「実は海外から新種のアンデッドを輸入したのだ。随分前にショッピングモール内の営業所に届いているはずなのが、一向に私の手元に来なくてね」


 前と同じ書斎へ俺を通すなり、伯爵は前置きなく本題を話した。


「新種のアンデッド?」


 ソファーへ着きながら俺は応じる。


「聞いて驚け、トキオ殿。これは普通のアンデッドではない。目は黄色く光らず、見るものを黄泉の国へと(いざな)わんがごとく、三途の川に立ち込める白い霧かのように白濁しているのだ。動きは通常のアンデッドのように俊敏で、しかしパワーは彼らの倍はあると聞く」

「白濁ねぇ……」


 もう溜息も出なかった。


「これだけ聞くと他のアンデッドとさして違いがないように思うだろ? これには一つ、重要な違いがあるのだ」


 伯爵はアンデッドの事となる自慢げに話すが、毎回思う。お前以外、誰も死体に興味ねぇよ。


「これに噛まれた者はすぐさま転化し、同様に目の白濁したアンデッドとなる。しかしその足取りは(のろ)く、しかし噛みついた人間を、同じ白濁した目の、鈍いアンデッドへと転化させるらしいのだ。無限にな──」


 デミテレ伯爵がすべての現況だったわけだ。

 カーペントゥルク内の配送サービスは、あのショッピングモールを運営する会社が請け負っているらしい。

 舶来品は馬車を経由し、カーペントゥルクのショッピングモール、その搬入口へ到着後、そこで何等かのトラブルが起きたと思われる。のちの調査でわかったことだが、錬鉄の門と同じ素材をした堅牢な檻から、あのクリーチャーこと、特殊なアンデッドは脱走していた。そいつは周囲にいた配送業者やモールの従業員、モールへ侵入して以降は客を襲った。その中にジェディーもいたのだろう。彼は何故だかモールに例のレイピアを持ち込んだ。推測だが、質屋にでも売ろうとしたのだろう。一階に闇と通じていない普通の質屋がある。

 ジェディーを殺し、奴は彼からそれを奪った。レイピアを振り回すクリーチャーの完成だ。俺とラルゥが広場で見たやつだ。

 噛みつかれた者たちは感染し、次々に転化していった。俺とラルゥが『アンカー高原・牛』で腹を満たしている裏で、そんなことが起きていたわけだ。


 感染拡大が早かったのは、噛まれて数分で転化するその感染力と、アンデッド特有のあの移動速度が原因だろう、とデミテレ伯は、のちに海王新聞の取材で語っている。

 

 伯爵が取り寄せた品が原因だったということで、町民からの彼に対する心象は最悪だった。しかし過失は輸送中の商品管理を怠った業者側にあり、現在伯爵はモール側と裁判中。以降は知る由もない。


「あんたの仕業か……」

「そこできみに頼むことにしたのだよ、トキオ殿。アンデッド専門のきみに」

「別に専門ってわけじゃ」

「謙遜はよしたまえ、上流階級の世界では無駄な所作だ。現在封鎖中のショッピングモールへ潜入し、私のかわいいアンデッドちゃんを救出して欲しいのだよ」


 そのアンデッドちゃんはもうこの世にいない。ロスラフがマークスマンライフルみたいなので脳天をぶち抜いてしまった。

 伯爵は向かいのソファーへ腰を下ろすなりテーブルへ両肘を着き、前のめりになり、紅い歯茎を剥き出しにこちらを見た。


「どうだね、私の依頼を受けてくれるか?──」



第一章はここまでになります。

二章以降の執筆は未定ですが、先が気になる、面白かった、など

評価に応じてポイントをいただけると励みになります。

よろしくお願いします。

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