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異世界二年目のおっさん、やらかす ~飛ぶ斬撃でSランク冒険者をうっかり殺し、王女の死体を競売にかけることになった~  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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第10話 黒竜デストバ〈語尾がキモイ巨乳女〉

 光化学スモッグが発生しそうなくらいの青空が見えていた。天空の城でもありそうな巨大な雲が浮かんでいる。

 俺は仰向けに倒れていた。

 上体を起こすと、辺りは緩やかな勾配ある大草原だった。

 草を踏みしめる音がして、振り返るなり時間が止まる。呼吸も忘れた。

 女は、素っ裸だった。胸が大きく、肉感的で曲線がはっきりしている。尻も豊か。胸にかかるキューティクルな黒髪。

 大自然と裸の美女──。

 一直線にそろった前髪に隠れて、両目が見えない。

 女は臆病そうに見えた。肘と肘が引っ付きそうなくらいに腕を寄せている。それで胸を隠せているつもりらしい。膝と膝がくっつきそうなほど内股で、ガクガク震えている。下は何も履いていない。それで隠せているつもりらしい。

 俺の隣で、ミナリスがレミントンを構えていた。いまさら気づいた。銃口の先には、素っ裸の女。


「黒竜」


 ミナリスが、いつもの愛想のない調子で言った。


「黒竜?」

「彼女、黒竜」


 何を言い出すのかと思えば……。


「この人が?」


 鉄の処女(アイアンメイデン)のマスク越しに見える彼女の目が、いつにもなく警戒している。

 足元に俺の赤いレイピアが落ちていた。拾うのだが、その刃先を彼女に向けるべきか俺は迷った。


「争うつもりはありません、感謝しているだけなのですぅ!」


 裸の女が慌てふたく。語尾が気になる。青春漫画で女子生徒が先輩へ告白するみたいな言い方だった。


「あなたに二度も救われました!」

「救われた?」

「はい」


 こくこくと数回頷き、


「一度目は千里の眼を持つ男から、二回目はさっきですぅ」


 また語尾を伸ばした。小さい『ぅ』が気になる。癖なのだろうか。


「何の話だ」


 千里の眼を持つ男? さっき? 意味わからん。

 ふと風が吹いて、彼女の前髪がなびいた。隠れていた両目が見えた。俺はもう見慣れているので驚きもしなかった。

 黄色い目──アンデッドだ。両目とも黄色なのがミナリスと違う。


「アンデッド……」

「先ほど、あなた様に解呪していただきました。まだ半分ほど残っていますが」

「あんたアンデッドなのか。じゃあもう死んでる?」

「もう何百年も前の話なのです。私はゼフ王に殺され……いつのまにか竜になり、以来ずっと、あの墓場に閉じ込められていたのですぅ」

「ゼフ王って確か……」


 ミナリスが「先々代、王様……」と教えてくれた。

 軍神ゼファリエ・ワルスワンは、ワルスワン王国の最初の王だ。いつか図書館で呼んだ本にそう書いてあった。

 ミナリスは、俺が起きる前に彼女が黒竜から女の姿に戻るところを見たという。


「ケモノモライ──」


 ミナリスが呟いた。


「ケモノ?」


 ミナリスは、「獣貰(けものもら)い」と言い直した。


「ゼフ王、時代……流行った。原因……遺伝、覚醒遺伝、感染症、……理由、様々、わからない。呪い」


 ゼファリエが活躍した時代より流行ったものであるらしく、原因は遺伝、覚醒遺伝、感染症、あるいは呪いと所説あるらしい。

 ミナリスが銃口を下ろす。


「病気ってことか」

「理由、いっぱい」

「何でもいいや。敵じゃないなら」


 俺はインナーのシャツを脱ぎ、「これを着ろ」と女へ渡した。ジャケットはやれない。本革だから。


「で、ここは?」

「吸い込まれた」


 ミナリスが答えた。


「それは俺もわかってる。あの広間、転移魔法陣でもあったのか?」


 この世界に転移魔法陣なるものがあるかは知らん。日本にいたころのファンタジー作品の知識だ。瞬間移動したというより、川底へ吸い込まれるような感覚だった。

 可能性が連想的にぼろぼろ出てくる。どれもしっくりこない。


「あなた様が次元を斬ったのですぅ」

「次元を斬った……?」


 女が「ですです」と頷く。


「てか、あんた名前は?」

「デストバです。死に、兎に、馬と書いて、デストバです」

「デストバねぇ……」


 胸をあまりじろじろ見ないようにしたい。これも呪いの影響か、というくらいにデカい。


「で、俺が次元を斬ったってのは? ああ、俺はトキオ」


 彼女は「トキオ……?」と確かめるようになぞり、


「トキオ様が、その刀で斬ったのですぅ。斬撃を飛ばし……ええと、私には何か電気を帯びた一撃であったように思いました。その斬撃は私を斬らず、空間を斬り、亀裂が生まれ、私たちはそこへ吸い込まれたというわけなのですぅ」

「なるほど。意味わからん……」


 次元を斬る? 俺にそんなことできんのか?


「ここは別次元の空間ってことか」


 普通の見晴らしいい草原が広がってるようにしか見えない。前にいた世界とは違う世界らしい。


「わかりません。調べてみないことには」

「デストバ、黒竜になってちょっとその辺ぐるっと飛んできてくれよ。何かあるかもしれない」

「できません」

「え?」

「竜になれません」

「……何で?」

「わかりません。さっきも試したのですが……」


 憤りを感じ、鼻息が漏れる。

 だんだん、この広すぎる草原にむかついてきた。枯れ木の一本すらない。自然が豊富で、肥沃な土地のように見えて何もない。

 俺がどうしようか考えごとをしているあいだ、デストバは糞でも気張るみたいな顔して、ずっと「んんん!」と唸っていた。何してるのか聞くと、竜になれるか試しているのです、と答えた。


「何であの高層団地みたいな遺跡にいたんだ。ボス的な感じで君臨してたのか?」

「ボス的な?」

「何でもない。何であそこにいたんだ」

「出られなかったのですぅ」


 ゼファリエに呪いをかけられて以来、彼女は人の姿に戻れず、その巨体によってあの部屋から抜け出すことができなかった。


「口から火を噴いてたろ? あれで壁を溶かすとかしたら良かったのに」

「しました。昔に」

「どうだった?」

「いくつかの通路を塞いでしまいました」

「間抜けだなぁ」


 そのせいで出入口は、最上階にある峡谷側の通路と、俺たちが使った最下層の通路の二つだけになってしまったらしい。

 あの広間は遺跡ではないらしい。元は高層団地の形もしていなかったそうだ。


「暇だったので、竜の爪で削って作ったのですぅ」

「デストバが?」


 デストバは頷き、


「元は外光が差すだけの洞窟でした。次は自分の彫刻を作るつもりでしたが、そこに千里の眼を持つ男が現れ……トキオ様に命を救ってもらったというわけです。いやぁ、あれは危なかったのですぅ」

「皮肉なもんだな。ずっと戻りたかった人型に戻るなり、今度は竜になる必要がでてくるなんて。その体じゃ、この草の穂先すら飛び越えられないだろ」


 胸が重くて無理だろう。デストバが「あぅ」と悲しみの声を漏らす。


「こんな何もない場所に人の身で迷い込んだって、何もやることがない」


 日が暮れ、大草原が闇に閉ざされてゆく。

 ミナリスが細い枝木を腕に抱えるくらい持ってきた。


「木があったのか?」

「落ちてた」

「他には?」


 ミナリスは首を振る。何もなかったらしい。

 発煙筒ならシェスタが持っていたはずだ。だが彼女は遺跡で気絶してる。ここにはいない。


「こんなことなら準備しとくんだったな、ちゃんと」


 準備といっても金がないから発煙筒なんて買えないが。


「私、やってみますですぅ」


 デストバが、急に意気込んで立ち上がった。


「何を?」

「呪いの名残で、できるかもしれません!」


 彼女は一度強く息を吐き、大きく吸って止めた。そして吐き出した瞬間、口から赤い炎を噴き出した。

 俺とミナリスは焦って避難する。危うく巻き込まれかけた。


「やれました、やれましたですぅ!」

「吹くんならそう言ってくれよ」


 ミナリスが集めてきた枝木に火がついた。


 しばらく三人で火を囲い、温まっていると俺の腹が鳴る。ミナリスとデストバは半分アンデッドなので、空腹感がないらしい。


「呪いも考えようによっては便利だな。食べなくても動けるし」


 俺も呪いにかかれば、豚鶏を狩るだけの人生から脱出できるんだろうか。保存食もない。辺りに動物やモンスターの姿も見えない。


「今日は寝て、体力を温存しよう。明日起きたら出発だ」


 その日は、キャンプファイヤーの傍で眠った。

 しかし寝心地が悪く、すぐに目が覚めてしまう。しっかり両耳に雷鳴系の魔力を流し、ホワイトノイズを発生させている。これで風音も聞こえない。安眠が妨げられるはずはなかった。

 ある程度かわいい美女が二人いる。

 禿げの俺には、ありえない状況である。だが腹が鳴ると、豚鶏の姿を思い出していた。一時期は絶滅させてやると思うくらい憎かった豚鶏。

 それしか狩れないから狩っていた。売っても安く、味は不味い。いまはあの不味い肉でもあれば、と欲している。

 また腹が鳴った。スプーンでカチンカチンに凍ったアイスを掘るように、胃袋の内側を抉り取られているようだった。腹が痛い。

 集中が途切れ、耳の穴でバチッと雷鳴系の魔力が跳ねる。


「──痛ッ!」


 それでピンときた。

 腹が減っているわりに、いまの俺は冴えている。


「いける……」


 ジェラスのレイピアを手に取り、俺は立ち上がった。


「何?」


 ミナリスが起きた。


「トキオ様、どうしたのですぅ?」


 やるだけやってみよう。

 辺りは真っ暗だ。俺はレイピアを両手で握りしめた。


「どうやったっけなぁ……」


 確か、あのときはブルータルスウィングをしたんだっけか? 腋を上げ、何か感じるものがないか、目を瞑り、探った。

 両耳に通す程度ならわけない。だが魔法銃(ファルセット)で撃つとなる反応しない。これまではそう思っていた。

 ビリビリ──。


「ん……」


 耳の奥にホワイトノイズが発生した。

 これだろう、電撃の正体は。いつもノイズキャンセリングに使っている、俺が唯一使える微量の雷鳴系の魔力。


「次元を斬ってみる。いける気がするんだ」


 目を瞑ったまま二人へ伝え、そのままレイピアを振り下ろした。

 瞬間、斬撃はいつもの弧状ではなく、初手で爆発的な飛散する電撃を生み出した。自分でやっておいて「わっ!」と驚き、尻もちをつく。

 目の前の空間に、亀裂が現れていた。


「すっ、すごいのですぅ!」


 デストバが飛び跳ねる。白のシャツ越しに乳が揺れる。

 ミナリスはヘルメットのせいで顔色が読めない。フィギュアみたいに突っ立っていた。




 亀裂に吸い込まれ、大草原から戻るとそこは竜の巣だった。デストバが竜の爪で削りだしたという高層団地だ。

 シェスタの姿がなかった。さっきそこの壁際に倒れていたはず。


「あれ、シェスタ?」


 俺は辺りを確かめながら、


「起きてひとりで帰ったのか? でも結構強く打ち付けられてたはずだけど」


 彼女を弾き飛ばした調本人に訊いてみると、


「申し訳ありません。因縁深き相手ゆえ、加減できず……」

「因縁?」

「彼女は千里の眼を持つ者といました」

「千里の眼?」


 さっきも言ってたな、そんなこと。


「他にも二人いました。紫の女と鉄の男が。彼女は仲間の一人です。トキオ様が千里の眼を持つ者の首を刎ねてくださっていなければ、どうなっていたことか……」


 デストバは身震いして、


「あのとき、私は死を悟りました。彼の魔力は強大で……あの赤い光は忘れません。あの人、楽しそうに私へ一斉射撃してぇ……」

「一斉射撃? 俺が首を刎ねた?……」


 デストバが何を言っているのかわかった。


「ああ、あのエルフ野郎か。あれだろ、エルフェレンのことを言ってるんだろ? 千里がどうとかって」

「エルフェレン? わかりません、名前までは」

「そいつの首なら、確かに斬ったのは俺だけど」


 ふとミナリスと目が合った。ヘルメット越しだ。黒と黄色のオッドアイ。


「あ……」


 口が滑った。言ったら駄目なやつだった。ここ最近ずっと一緒にいるからか、ミナリスが知っている前提でいた。

 俺がエルフェレンの首を刎ねた張本人だということは、まだ誰も知らない。

 そもそも、ミナリスはエルフェレンを知っているのだろうか。エルフ野郎がデルカで死んだ事件を知っているのだろうか。シェスタが考古学がどうとか言っていたが、そもそもミナリスはこの霊廟へ何をしに……。

 

「そういえば」


 と俺は話を変え、


「デストバ、俺を呪ったりしてないか? シェスタがそう言ってたんだけど」

「呪う?」


 デストバが首を捻り、


「……マーキングはしたかもですぅ。助けていただいたお礼を伝えたくて」

「マーキング?」

「はい。トキオ様がどこにいようと、私には場所がわかるのですぅ。しかし呪いのせいでここから出られず、会いにいけませんでしたが」

「待って」


 ミナリスが言った。


「まだ、話、終わってない。Sランク、エルフェレン、ほんと? 殺した、ほんと?」


 どうやらエルフェレンの存在は知っているらしい。

 流石Sランク、一国の王女様にも認知されてるのか。そのうえ髪はフサフサで女を侍らせ、魔法銃(ファルセット)の腕前も一流ときた。十分人生を謳歌したろ。大成したも同然だ、死んでも良かったろ。


「その話はまた今度にしよう」


 申し訳ないなんて微塵も思ってない。なのに何故だかミナリスの目を見ると苦笑いが出てしまい、


「あ、いやぁ、あれは不可抗力で──」


 スローモーションのなか、ミナリスの背後に襲い掛かろうとするシェスタの姿が見えた。両目が黄色く光っている。

 俺は知らせる間もなく飛びつき、ミナリスを押し倒した。俺たちの頭上をアンデッドになってしまったシェスタが飛び越えてゆく。


「嘘だろ……」


 一人称は『わたくし』で統一していたシェスタ・ハーゲンベルク。俺とミナリスは起き上がりながら、変わってしまった彼女の姿を見た。


 シェスタを捕らえるのは難しくなかった。完全なアンデッド状態では意思がなく、その素早い動きもミナリスほどコントロールできていない。

 デストバに弾き飛ばされたあと、彼女は死んでしまったらしい。


「さて、どうしようか」


 俺の腰のベルトを使い、シェスタの両腕を背中で拘束しているときだった。ベルトでぎゅっと強く縛ったときだ。悪知恵が働いた。

 修道服の裾の一部を多めに、レイピアの刃で切り、それを細く丸めて噛ませる。猿ぐつわにした。シェスタを左肩に担ぎ、立ち上がると俺は言った。


「シェスタを競売にかけよう」

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