第11話 聖痕を売却、反対する姫〈ロブスター女〉
デストバが火で封鎖した入り口を飛剣術で解体した。帰りは、シェスタが行きに配置してくれた聖光魔法の光を辿れば楽に戻れた。
霊廟を出るとデストバは霊廟の入り口、ぼろい小屋、辺りの森、夜空と周辺をしばらく眺めた。その場から離れたくないのかと思うくらい、彼女はそこから動かなかった。
「ここも変わってしまったのですぅ」
着いてくるかどうかは自由だ。しばらくして彼女は着いてくることを選び、俺たちとイディエットの質屋へ向かった。
ミナリスは反対し続けた。竜の巣からずっとだ。
「駄目、売る。絶対、駄目。シェスタ、かわいそう」
先にミナリスを宿へ帰してから、裏でこっそり売るべきだった。売らない、といまさら言っても嘘だとバレるだろう。
前回ミナリスを質屋に持ち込み、オークションへ流した。そのときに癖でも出来たのか、俺には躊躇いがなかった。
そうだよな、普通反対するよな。忘れていた。
質屋の扉をくぐった。カウンター前の床にシェスタを下ろすなり、イディエットは飽きれたふうに言った。
「旦那、あんた味占めると繰り返すタイプだな」
「前回は失敗したろ。まだ占めてない」
「ああ、確かに……」
イディエットはバツが悪そうな顔をしたあと、
「もちろん値打ちはある」
気を取り直し、話を進めた。
「『聖痕のシェスタ』といや、Sランク冒険者のなかでも五本の指に入る美女だ。確か『慧眼卿』のパーティーにいたんじゃなかったか? それで誰も手出しできなかったんだ」
「慧眼卿?」
「エルフェレンっていうファイブリース家の嫡男だ。このあいだ町に来てたろ、竜を退治するとか言ってよ。死んだみてぇだが」
「実はだなぁ、売りに来たは、売りに来たんだが……」
後ろでミナリスが俺を睨んでいる。
「旦那、あんた運がいい。丁度とんでもない話を闇で仕入れたところだ」
イディエットが俺の違和感に気づき、「ん?」と言葉を止める。
シェスタのことだけを説明した。霊廟でひと悶着あり、怪我して倒れた。目が覚めた彼女はアンデッドになっていた、と。デストバの詳細は伏せた。
シェスタについて説明したあと、イディエットは大量の衣類の入った木箱を持ってきてくれた。俺が頼んだ。デストバが半裸のままだったからだ。
「夜で良かったな、嬢ちゃん。こっから好きなもの選べ」
イディエットがそう言って、俺はデストバへ頷く。彼女に選ばせているあいだ、話を進める。
「姫さんがキレてんだ」
俺はカウンター越しに、イディエットに顔を近づけ小声で言った。俺の後ろのミナリスを、イディエットがちらっと見る。
「片目だけ、オオカミみてぇな目ぇしてら」
「だろ」
「で、売らねぇのか?」
俺が黙っているとイディエットはカウンターから出て来て、
「じゃこいつは返してもらう」
服の入った木箱をデストバから取り上げた。
「なんだよ」
「俺はあんたの世話係じゃねぇ、ただの商人だ。ビジネスやらねぇなら、この死体連れて帰ってくれ。安心しろ、俺は口が堅い。聖痕のシェスタを殺ったことは誰にも言わねぇ」
「殺ってねぇよ」
どっちでもいい、というようにイディエットは煙たがった。カウンター奥の椅子へ腰を下ろし、新聞に目を通しながら「帰ってくれ」と冷たくあしらった。
「取引するって。そのために持ってきたんだ。何だよ、急に」
「駄目。かわいそう。あなた、たち、おかしい」
イディエットは新聞を一度閉じ、
「痴話喧嘩なら外でやってくれ。解決したら来い。わかったら出てけ」
また新聞を開いて目を通す。
イディエットが説得してくれることに期待していた。
「旦那、あんた死体に好かれやすい体質だな。いくらでも寄ってくんじゃねぇか、レアなのが。その女は姫さんに渡して、また別の死体探せばいい。いい話があったが仕方ねぇ」
俺の魂胆が透けて見えたのか、「自分で説得しろ、ガキじゃねぇんだ」とイディエットは付け足した。
「ミナリス、お前はいいよな」
俺はカウンターを背にし、彼女へ言ってやった。
「生まれてこの方温室育ちでさ。立派な宮殿に住めて、衛兵に守られ、給仕に世話されながらいい暮らしをしてきたんだろ? その裏で俺は毎日豚鶏だ。あんたが毎日ロブスターとか食ってる裏で、俺は豚鶏だ。豚の味も鶏肉の味もしねぇよ」
「ロブスター、知らない、食べてない」
ぴんと伸びた両腕の拳を、ミナリスは太ももの横で握りしめた。
「いいや食ったね、ロブスター食ってそうな顔してる」
「どんな、顔。知らない。そんな、顔」
「鏡ならそこだ」
傍に洗面台があった。
「こいつ売って大儲けしてやる。あんたは鏡で自分の顔見てろ。嫌ならパパのとこに帰るんだな」
「嫌!」
「鏡を見るのがか? じゃあ帰れ」
「どっちも、嫌!」
「自由研究は終わったろ。考古学だったか? もう霊廟も十分見たはず」
「帰らない。あなた、間違ってる」
「シェスタ・ハーゲンベルク……大体、この女は最初から気に入らなかったんだ。証拠もないのにエルフェレンの殺害を俺のせいにしやがって。ま、俺なんだけど」
苗字も気に入らなかった。
何がハーゲンベルクだ。喧嘩売ってんのか。
「姫さん、俺はな、金がないんだ」
「旦那、こっちで話そう」
イディエットが椅子を立ち上がっていた。
「姫さん説得するまで取り合わないじゃなかったのか」
「気が変わった。前回のがポシャって俺も金欠だ。悪いな、ミナリス殿下。あんたの家と違って、みんな貧乏だ。このままじゃ旦那も俺も貧乏に殺される」
イディエットが衣類の入った木箱を抱え、店の奥へ消える。腕に抱えた衣服を物色しながら、その後ろをデストバがついてゆく。
暴れるシェスタをお姫様抱っこし、俺も着いていった。ミナリスはカウンター前にを置き去りした。
「で、とんでもない話って?」
「先日プリンスブルク領で行われたオークションに、エルフェレン・ファイブリースの生首が出品されたんだが、ある辺境伯が競り落とした。『死体伯爵』と呼ばれている男だ」
「へえ、あのエルフ野郎の首がねぇ」
「ただの生首じゃねぇぞ? 喋る生首だ」
「喋る?」
「死体に好かれやすい旦那なら、もうわかるだろ?」




