第26話 言葉にできない問い合わせ
問い合わせの件数は、緩やかに増えていた。
急増ではない。
統計上は、誤差の範囲に収まっている。
エリオ・クレインは、一覧を眺めながら、その事実を確認していた。
内容:不安感
内容:落ち着かない
内容:理由は分からない
内容:説明は理解したが、納得できない
どれも、似たような文言だ。
対応履歴を見る。
説明実施
数値提示
影響なし確認
対応終了
処理としては、完璧だった。
「……同じですね」
リア・ノートが、静かに言う。
「質問が、質問になっていない」
エリオは、画面から目を離さずに答える。
「不安は、具体化されて初めて対応できます」
正しい判断だ。
制度は、言葉になったものを扱う。
理由が示されなければ、処理できない。
だが、リアは首を傾げた。
「皆さん、説明は理解しているんです」
「ええ」
「でも、“分かった”と“落ち着いた”が、繋がっていない」
エリオは、そこで初めて視線を上げた。
リアの言葉は、事実だった。
説明後アンケートには、こう書かれている。
理解度:高
納得度:低
不安感:継続
理解している。
だが、解消されていない。
「……感情の問題ですね」
エリオは、そう整理した。
感情は、制度の外側だ。
リアは、少し考えてから言う。
「感情、というより……意味、かもしれません」
「意味?」
「なぜ、こうなっているのか、です」
エリオは、即答しなかった。
なぜ。
その問いは、危険だ。
説明はできる。
手順も、理由も、数値もある。
だが、「なぜそうでなければならないのか」は、説明の対象ではない。
「理由は、示しています」
エリオは、慎重に言った。
「安全だから。成功しているから」
リアは、頷いた。
「はい。でも、それは“正しい理由”です」
そこで、言葉が止まる。
続きは、言語化されなかった。
午後、エリオは一件の問い合わせに対応した。
相手は、中年の女性だった。
「説明は、分かりました」
穏やかな口調だ。
「数値も、問題ないんですよね」
「はい」
エリオは、画面を示す。
「では……」
女性は、少し間を置いた。
「なぜ、ここにいると、安心できないんでしょう」
その問いに、エリオは答えられなかった。
沈黙が、数秒流れる。
女性は、慌てたように首を振る。
「あ、すみません。困らせるつもりはなくて」
「いえ……」
エリオは、言葉を探した。
だが、答えはない。
「説明は、以上です」
そう言うしかなかった。
対応は、規定通りに終了した。
夜、リアは神殿の前に立っていた。
今日は、人が一人だけだ。
祈っていない。
話していない。
ただ、石像を見ている。
その人は、しばらくして、静かに立ち去った。
リアは、石像を見上げる。
「……ここでは、説明しなくていいんですね」
返事はない。
だが、リアは気づいていた。
人々は、答えを求めていない。
解決も、奇跡も。
意味を、置きに来ているだけなのだと。
それは、制度の問い合わせ窓口では、扱えない。
記録にも、残らない。
だからこそ、ここに来る。
エリオは、その夜、対応ログをまとめながら、珍しく一行を書き加えた。
備考:説明理解後も、不安が残存するケースあり
規定違反ではない。
だが、評価項目でもない。
その一行は、誰にも参照されないまま、記録の底に沈んでいった。
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