第12話 新たな付き人
巡回を終え大聖堂に戻ったソレイユたちは、枢機卿に呼び出され、会議室に向かった。
ジュドが会議室の扉を開け、ソレイユは中へと足を踏み入れる。大聖堂内においてこの場所は、驚くほど殺風景で事務的である。
あまり広くない部屋の中央には、白い長テーブルが一つ。そのテーブルを囲むように、背もたれのある簡素な椅子が四つ置かれている。
ドア付近の椅子に目を向けると、茶色いツンツンとした髪の青年が、椅子の前脚を浮かせてゆらゆらと座っていた。
青年はソレイユたちに気づいたようで、赤茶色の大きな瞳をソレイユに向けた。
「あ、ソレイユ様。お呼び立てしてすみません」
「こんにちはレオルさん。今日は何のお咎め?」
茶髪の青年、レオルは持っていたバインダーを中身が見えないように机に置き、椅子から立ち上がった。
レオルは枢機卿の中でも、聖者たちの管理を行っている者だ。教団の決定事項や民衆からの苦情は、基本的にレオルを通じてソレイユたちに伝えられる。
レオルも二年前の入れ替えで来た者で、ジュドとはアウレル国に来る前からの知り合いらしい。そこまで親しいわけではないようだが。
レオルはカラッとした笑顔をソレイユに向けた。
「お咎めじゃありませんよ。それとも、何かやらかしたんですか?」
てっきり枢機卿の居住区や月光の間に侵入したことがばれたのかと思ったが、そうではないようだ。
レオルはソレイユに座るよう促し、自身も座りなおした。
「早速本題に入りますが、ソレイユ様の夜の付き人が決まりました」
その報告に、ソレイユは少し身構えた。
教団内でジュドやディールスのように、ソレイユを異端扱いしないものは少ない。普段ソレイユと関わらない者なら尚更だ。
付き人は多くの場合、下位聖職者から選ばれる。下位聖職者はソレイユとの関わりが薄く、「異端の聖女」の噂だけを知っている者も少なくない。
ソレイユの顔は少しだけこわばり、首筋に汗が流れる。ソレイユの後ろに立つジュドも、少々緊張しているようだった。
「サターナ、こっち来て」
レオルはそう言って、会議室の隅に向かって手招きをした。
ソレイユが驚いてそちらに目を向けると、そこには若い黒髪の女性が立っていた。
いつからそこにいたのか。ソレイユは全く気づかなかった。ジュドも驚いているようだ。
女性の近くに扉はない。おそらく最初からいたのだろう。
女性は足音を立てず、高い位置で結んだ髪をふわふわと揺らしながら、レオルの斜め後ろまで歩いてきた。
「彼女はサターナ。女性なので、湯浴みの手伝いなども任せていただいて問題ありません。いらないと思いますけど」
「今まで一人でやってきたからね」
ソレイユは立ち上がってサターナを見る。サターナは無表情のまま身じろぎもせず、瞬きすらほとんどしない。
タイトな黒服と白いフード付きのマントは、ディールスが着ていたものと同じデザインだ。太陽の聖者の、夜の付き人共通の衣装なのだろう。
「えっと……。よろしくね、サターナ」
ソレイユはそう言って、サターナに握手を求めるように手を差し出した。
サターナは薄茶色の少しつり上がった瞳で、まっすぐにソレイユを見る。サターナはソレイユの手を握ることなく、明瞭に「はい」と答えた。
「よろしくお願いします。ソレイユ様」
凛とした声が部屋に響く。迷いのないその声は、まるで訓練された犬のようだった。
その様子に、ソレイユは既視感を覚えた。
「サターナは、元々どんな仕事をしてたの?」
ソレイユのその問いに答えたのは、サターナではなくレオルだった。
「お察しかと思いますが、暗殺者です。サターナは命令に忠実ではあるのですが、忠実すぎるというか、融通が利かないというか……。ちょっと扱いづらくて」
レオルはソレイユから目を逸らし、ぽりぽりと頬を掻いた。
「えっと……。言葉を選ばず言うと、厄介払いでこっちに回されました」
その言葉に、ソレイユとジュドは同時に項垂れた。
教団がソレイユにまともな人材をつけるとは、最初から思っていない。何かあるとは思っていた。
厄介払いとは、いかにも教団がやりそうなことだ。
レオルは苦笑いしながら手元の書類をめくった。
「前任者からの引き継ぎができていないので、サターナは最低限のことしか知らない状態です。ソレイユ様は元暗殺者を付き人に育て上げた経験があるので、大丈夫だとは思うんですが……。どうです?」
「どうですも何も、決定事項なんでしょ?」
ソレイユがそう言うと、レオルはわざとらしい微笑みを浮かべて頷いた。
確かにソレイユは、暗殺者だったディールスに付き人の仕事を教えた経験がある。しかし、だからこそ、それがどれほど大変なことかを理解している。
(人形を人間にしろって言われてるようなものだからねぇ……)
ソレイユは頭を抱えた。しかし断る気は全くなかった。
既に決められたことだからではない。サターナに罪はないからだ。
暗殺者は皆、物心つく前から暗殺者の教育を受け、人として扱われない。サターナもきっとそうだろう。
生まれたときから教団に都合のいいように育てられ、挙句厄介払いなど、ソレイユが見捨てられるはずがなかった。
「……わかった。育ててみるよ」
ソレイユがそう言うと、レオルは軽い調子で「ありがとうございます~」と言った。最初から断られるとは思っていない、というより、反対を受け付ける気がなかったのだろう。
「ただし!」
ソレイユはレオルの顔の前に、勢いよく人差し指を立てた。レオルは驚いたようにその指を見る。
ソレイユはにんまりとした笑顔をレオルに向けた。
「私に忠実すぎて教団に牙をむく子になっちゃっても、怒らないでね?」
レオルは苦笑いでソレイユを見た。顔から「いやだ」と聞こえてきそうだ。
レオルはため息をつき、書類をトントンと机に打ち付けて端を揃えた。
「そう上司に伝えておきますよ。決めたのオレじゃないんで」
レオルは立ち上がり、出入口の前に立ち片手をあげる。
「んじゃ、よろしくお願いしま~す」
そう言って、レオルは会議室から出ていった。
ジュドが眼鏡を押さえ、大きなため息をつく。また面倒ごとを持ち込まれたと思っているか、ソレイユが宣戦布告のようなことをしたのが気に障ったか、両方かもしれない。
ソレイユは再びサターナの方を見て、にこりと笑顔を浮かべた。
「じゃ、今夜から早速よろしくね、サターナ」
サターナは迷いのない瞳でソレイユを見つめ返した。
「はい。よろしくお願いいたします、ソレイユ様」
本当にサターナを人間らしくできるか、不安がないわけではない。しかし結果が決まっていない未来を憂いても仕方がない。
ソレイユは気合を入れるように頬を叩き、会議室を後にした。




