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9話:戦争なんて無ければ

移動しながらルーナたちの戦闘を見守っていたアムリタは、これならば勝てると再び奮起していた。

また、シェルターに隠れていないコロニーの住民が全滅し、その断末魔が頭の中に響かなくなったことも調子が戻って来た理由の一つだった。


「コスモスシューターⅡ?敵———」

「待て。彼女から敵意を感じるか?」


あまりにもトロいアムリタの機体に対してメテラは警戒心を抱いていなかったが、それが宇宙連合のRAだと分かれば話は別だ。すぐさま機銃を向けようとするが、それをルーナが静止する。


「敵意は感じないけど殺意は感じるわ。……あのデカブツに対してのね」

「ああ」


ルーナは短く肯定の言葉を返し、ユーゴを一瞥した。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のを確認すると鋭く目を細めた。


「———マズいな」


直後に近接通信の許可が届くと、彼女はすぐさまそれを繋いで言葉を発する。


「あの、私———」

「あの男を討ちたいのだろう?私の機体で運ぶから一旦止まりたまえ」

「え?」


口に出す前から意図を読み取られ、アムリタは困惑しつつも減速を掛け始める。ルーナは蜻蛉返りでUターンして彼女の背中へと近づいた。


「あ、えっと。私———」

「動かないで。後ろから捕まえるから」


ルーナの透き通った声にキョトンとしている間に、彼女は脇の下に手を差し込まれ、抱きつかれるような形で機体を掴まれる。そして———



———ルーナは身を翻し、コロニーから遠ざかるように急加速を掛けるのだった。



「きゃっ!?」


これまでに感じたことのない速度で機体が回転し、信じられない加速度を伴ってそれが発進する。コクピットに対G機能があるとは言っても、慣れるまでは他のことに意識を割く余裕などなかった。

しかし、やがてレーダーを確認して自分がコロニーから遠ざかっていることに気が付く。


「え?え、あのそっちは……」

「戦いは終わったんだ。あの男を討つために君ができることは生き残ることだ」


相変わらず淡々と告げられるため、一瞬何を言われたのか理解できなかった。

それを咀嚼して事態を飲み込み、やがて騙されたと悟った時……彼女は怒りを露わにした。


「あそこには友達がいるんです!離して!」

「ダメだ。私の偽善が、君を見殺しにすることを許さない」

「偽善……?」


……怒っているのに、ルーナの特徴的な言い回しに翻弄されて思わず話が逸れてしまう。

そんなまどろっこしい感情に怒りを覚えながらも彼女は仕切り直す。


「私が命を賭して、あなたたちが協力してくれれば倒せるはずです!離せ———」



<無駄だよ。ルーナ>


———彼女の言葉を遮ったのは、ユーゴの声であった。



「ユーゴっ……!」

「あの男の声?こんなに離れていても声を届けられるのか」


直接呼びかけられているルーナとエンバスでそれを読み取ったアムリタが真っ先に反応する。メテラも感じるところはあるようで、頭を抑えて左右をキョロキョロと見渡していた。


彼のテレパシーを受けてルーナは驚くが、対話が出来るならばということで言葉を続ける。


「やめておけ。今の我々はコロニーから500km以上も離れている。君がそんなことをしてもこの子には届かない」

<彼女の受信機としての役割は私以上だよ。何せ5000km近く離れた場所でも人の死を感じ取ることが出来たのだから>

「なっ———!?」


その言葉を聞いたとき、それまでは飄々と笑っていた彼女の表情が一瞬だけ崩れた。

その目がメテラへと泳ぐと、視線を向けられた彼女は伏せがちな目でアムリタを見据えていた。


「……悲しいわね。そんな性質を持って生まれちゃったなんて」


相変わらずユーゴへの怒りを滲ませているアムリタに対してメテラは憐憫の感情を向ける。そして、ルーナは一瞬こそ驚くがすぐに目を鋭くして彼へと食い掛かった。


「それで?どうしてそんな真似をするんだ。負け惜しみかね」

<ふあははっ!負け惜しみなどない。私は人類の進化を望んでいるのだよ。薬物を利用してその域に至った君たちもまた、その形として認めている>


彼の心には一切の偽りがない。強化人間の存在を心から歓迎し、羨ましいとすら思っている。


<私は失敗作しか作れていないからね。君たちにはとても興味がある。君たちの人体を解剖して、どんな成分でできているのかを是非調べて見たい>



———そして、彼が言葉を続ける中でアムリタに異常が生じ始めた。



「な、なんで……!」


———それは、頭の中に飛び込んで来た断末魔。一つこだませばそれを皮切りに悲鳴と走馬灯がポツポツと現れ、その数はどんどんと増えて行く。

……おかしい。だって先ほどまで収まっていたのだ。一人や二人の重傷者が死に至るようなケースがあるとしても、こんなことあり得ない。


「はぁ、はぁっ……!」


エンバスを通して死者の情報が頭に飛びこんで来た。

彼らがいる場所は、その全てが白い壁と白い床で構成されている。そして、そこにいるのは宇宙服を着た大勢の人々。同じ場面を複数視点で眺めているような感覚があり、どうやら全員が同じ施設に集まっているらしい。


……シェルターか。シェルターが攻撃を受けているのか?



<ただ、私は古い人間でね。やはり人を強くするのは逆境だと思っているのだよ。薬剤の投与ではなく、精神的に追い詰められてこそ人は才能を開花すると考えている。だからこそ、彼女も逆境に陥らせて覚醒させたいのだ>


「ううっ……!」


激しい閃光と共に壁が溶け、その近くにいた人間が融解する。壁を貫いたビームはシェルターの中の人間に飛散し、その体を溶かしていく。

体が溶ける痛みは勿論のこと、宇宙服が溶けると空気が保てなくなり、段々と息が苦しくなってやがて窒息死する。そんな痛みと恐怖、悲鳴が頭の中を占めていく。


……すると、そんな彼女にメテラが通信を繋ぎ、声を掛けた。


「大丈夫?」

「うぅっ、誰!?」

「そこのパートナー。私には声をかける事しかできないけど」


相変わらずサバサバとしているが、普段と異なり嫌味を発さずに淡々と言葉を述べる。


「苦しい?」

「苦しいって……!そりゃ苦しいよ!」

「そう。残念だけど、それはあなたがずっと付き合うことになる痛みよ」

「ずっと!?それがなんだよ……!」

「人が泣けば落ち込み、人が恨めば傷付き、人が死ぬたびに切り刻まれるようでは……あなたが壊れてしまう」

「それは……!」


アムリタは相変わらずイライラを吐き出すが、それを受け止めてくれる人間がおり、冷静に諭されたことで少し気分が落ち着いてきた。


「だったらどうしろって言うの……!」

「対処法を考えなさい。心を殺すのか、心の内を吐き出すのか。私が思い付くのはその二つよ」

「心の内なら吐いてますよ!あなたがいなければ好きなように口に出しています……!」

「コクピットで吐いても変わらない。人に話すことすら対処療法にしかならない。受け取った命を吐き出す方法を探しなさい」

「一体何を———」



———そして、冷静になったからこそ見覚えのある人影を見つけた。



「……ユーゴ・ネフィリム。自分が何を言っているのか、分かっているのか?」



———いや、見つけてしまったのか?

寄り添い合い、何かを祈るように手を繋いでいる二人組。人生の大半を共に過ごしてきた人たち。



<ふふふっ。私は考えたのだよ。無差別に数百万人を殺してもその程度ならば———>



———あれは、両親じゃないか。



<———大切な人を選んで、殺してみようと>



———次の瞬間、彼らを目掛けてビームが放たれた。



「———!」



小柄な男性が大柄な女性の体を突き飛ばし、全身を広げて閃光の前に立ち塞がる。

……懐かしいなぁ。私の身長はお母さん寄りってよく言われたっけ。顔がお父さん似ってのは納得出来なかったけど、"整った顔"って褒められていると気がついたら嬉しく思えるようになったんだ。


男性は相変わらずの整った顔立ちで背後に庇った彼女を見据え———



『アムリタすまん!母さんだけでも———』



———閃光の先端が届いた瞬間、その体が消滅した。



「あ」



ビームは彼の体なんて苦にもせず直進して、床へ倒れ伏す女性へと届いた。


『あなたっ!?私たちは———』


手を伸ばすために持ち上がった頭と右手を一筋の閃光が削り飛ばす。そして飛び散ったビームが体を穴だらけにし、やがてその全身を消滅させた。




『———懐かしいわね。私たちの初めての出会い』

『これがあの時のテーマパークか……。写真も残っていない4歳の記憶なんて殆ど覚えていなかったよ』


暗い部屋にスクリーンが垂れる。そんな小さな映画館のような場所で二人は映像を眺めていた。


そこに映し出されるのはテーマパーク。ほとんどの人間が目線より高く、どんなアトラクションでも大きく見える。そんな大きな世界で、唯一目線の合った幼い男女を見て彼らは微笑む。


『覚えていなくて当然だろう?それなのに、そんな当たり前のことを言ったら怒るんだから。困ったもんだよ』

『もう。そう言うことは、嘘でも覚えているって言って欲しいものなのよ』

『バレるに決まっているさ。君に嘘は通じないんだ』

『あら、あなたの嘘がヘタクソなのよ』


彼らは話の途中でぶつくさと痴話喧嘩を挟みつつも、映画の鑑賞をするように移り変わる映像を眺める。


『あれ、この子は?随分と仲が良いみたいだけど』

『消せっ!小学校低学年の話だろう!』

『えぇ?私は一途だったのになぁ』


放送中止の危機も乗り切りながら、やがて映像は宇宙船の機内へと移り変わる。そこでは久しぶりに二人が出会い、彼らは中学生ほどの年齢になっていた。


『こんな土壇場で再開出来たなんて……。運命ってあるものなのね』

『そうか?貧民の打ち上げ船で再開なんて最もロマンのない出会い方だよ』

『あら。そのお陰で今があるのに?』

『皆まで言わせるな。……もっとロマンチックな再開をしたかったってことさ』

『テーマパークは忘れるのに?』

『っ、それを言うな……!』


映像の中の二人は、住み慣れた地球を離れる不安から涙を流していた。しかし、それすらも今の彼らにとっては茶化せるような思い出になっているようだった。


やがてコロニーの生活が始まり、二人は同じ学校に通うようになる。少女はコロニー農業の研究者、青年は目標もなく就職を目指して勉強を続けていたのだが、高校生の頃に問題が生じる。


『この頃は君も大変だったな。まさかご両親が……』

『そうね。父が蒸発して、母は首を吊って……。たった一週間で家族を全て失ったことは衝撃的だったけど、それと同じくらい夢が絶たれたことが悲しかったわ』


青年に当たり散らし、その場に泣き崩れる少女を見て彼女は目を伏せた。しかし、そんな少女の元に青年がしゃがみ込むと、再び映像を見据えて優しく微笑む。


『でも、あの時、あなたが励ましてくれたから今の私があるのよ。君の夢を応援したい。そのために必要な苦労は一緒に背負いたい……って』

『男の見栄もあったかもしれない。でも、夢をキラキラと語り、そのために努力する君の姿は僕にとって憧れだったんだ。……こんなことを言うとダサいけど、君の夢を応援することが僕の夢になっていたんだ』

『ダサくなんてないわ。そんなあなただからこそ、私は一緒になることを選んだのだから』


彼らは順風満帆な人生を歩み、やがて結婚する。

新婚生活を思い出してやいのやいの文句を言い合いながらも、その映像は流れて行き———やがて女の子が生まれた。


『長生きして欲しいからアムリタ……って、少し重かったかしら』

『子供に長生きして欲しい。願わくば不死でいて欲しいなんて願いは親なら当然さ』


アムリタは不死の霊薬を意味する。子供に長生きして欲しいという思いと、名前の響きからこの名前をつけたのだろう。


『まだちっちゃいわねぇ、アムリタ。これが10年ちょっとであんなに立派になるなんて』

『ああ。まさか、微差とはいえ子供に身長を抜かれるとはね……』


新しいメンバーを加え、彼らの人生は続いていく。彼らが二人で織りなしていた物語は、子供を中心に回り始める。


2つの足で立っただけで拍手し、単語を1つ話すだけで喜ぶ。そんなことで一喜一憂していた時期もあれば、やがては子供の発想や好奇心に怯え、同じように一喜一憂する日々がやってきた。彼女は同年代の子供たちに比べて遥かに大人しかったが、それでも予想外の言動には何度も驚かされ、胸の鼓動が嫌なほど高鳴ることもあった。

1年、2年、5年、10年……そして、13年。それだけの歳月を経て、自由奔放だった日々もようやく落ち着いてきたのだ。そこに何処か寂しさを覚えながらも、穏やかな毎日を甘受していた。


大変なことがないだなんてとても言えない。けれど、ずっと幸せだった。

特別な出来事やエピソードを並べる必要なんてない。ただ一緒に毎日を過ごすだけで、言葉にできないほどの幸福を感じていた。



……ああ。そんな光景を、いつまでも見ていたかった。本来ならば心を切り刻む刃物を増やすだけの走馬灯を、いつまでも見ていたかった。

でも、その刻は終わってしまうのだ。


目まぐるしく移り変わった映像はやがて終端へと至る。今朝の光景が映し出されたことがそれを告げた。


『馬鹿だよなあ、父さんは。自分の眠気ばかり気にして適当に返事を返すだけだったんだから』

『……こんなことになるなら、これまでの感謝を伝えていたのにね。突然放り出された子供の気持ちは私が一番———』

『ああ。こんな別れになってしまって本当に———』


父親は寝ぼけ眼の適当な挨拶で娘を送り出したことを後悔し、母親は最後の言葉があんな送り迎えだったことを後悔する。



———苦難を味わいながらも二人で乗り越えて、協力して、幸せな人生を掴み取ったのに。最後は……最後は、後悔して死んでいくのか。



『ごめんな』『ごめんなさい』


———やめて。謝らないで。


『ごめん』


それを言わないといけないのは私の方なのに。迷惑ばかり掛けて何も返せず、こうやって最後まで顔すら見せられなかった。そんな私が一番謝らないといけないのに。


『ごめん』


……でも、私だって子供なんだよ。恥ずかしいことだって多いし、照れ臭くて言えないこともあるんだ。

だから、いつか素直になってから伝えようと思っていたのに。それなのに、なんで……なんでもう、伝えられないんだ。


『ごめん』


最近は恥ずかしがって拒絶していたけど、本当は言って欲しいんだ。『大好きだ』って。

生まれて来てくれてありがとうって。一緒に過ごせて、幸せだったって。


『ごめん』


それなのにこんな謝罪が頭を巡るばかりで———


……もう、終わりなんだ



そう思うと、急に全身の力が抜けて来た。頭の中に流れ込んで来る感情への踏ん張りが効かなくなり、彼女は心を守るように全身を丸める。


「ぁああああっ……!」


苦しい。……そしてこれが、この先もずっと付き合っていく苦しみなのだ。

彼女はメテラの言葉を思い出し、耐えきれなくなった体が自然とその言葉に従い始める。


「———吐けっ!その傷を宇宙へ!」


メテラの声掛けに従い、彼女は丸まった全身を伸ばし始める。まるで石膏で出来た体を押し開くようにゆっくりと、凄まじいエネルギーを放つように。


そして———



<<<ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ>>>



———その瞬間、彼女から放出された叫びが真空を揺らした。


「ぐっ!?」

「ぎゃあっ!!……はぁ、はぁっ!そうっ!それを吐きなさいっ!!」


爆心地に位置していたルーナとメテラは苦痛に顔を歪め、その影響はさらに広がっていく。


「……。これをあの娘がおこなっているのか」


ユーゴすら思わず射撃の手を止め、さらにシェルターの中で怯えていた避難民にもその叫びは伝播する。

死の恐怖を掻き消すほどの苦しみと怨嗟を喰らい、全員が耳を押さえ、頭を抱える。一部の人間は声の主を探すように周りを見渡すが、その殆どが一瞬で失神して倒れ伏すのだった。


「凡人でも読み取れるほどの思念を送っているのか。確かに、私ですらそんなことは出来ないが……」


字面こそ誉めているが、ユーゴは残念そうに肩を竦めて続ける。


「重要なリソースを消費した結果がこんな発信機能とはしょうもない。もっと物理法則を捻じ曲げるような何かを機体してたと言うのに。……まあ、次の機会を待つとしよう」


そして、それ以上殺す必要はないと考えたのかコロニーから離脱して行く。ようやく脅威が去り———




———全てのエネルギーを放出した彼女は、電源を落とされたようにその意識を手放すのだった。




『愛しているよ。愛しているわ——————アムリタ』


その寸前に、空っぽな頭を満たした混ざり合った声は、一体何だったのだろうか。

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