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最終話:話の続きは戦争で

「アンドレ……」


戦いから一人取り残された男は、コクピットの中でだらりと腕を降ろして無気力に漂っていた。

彼を突き動かす怒りは燃え尽き、トランス・システムすら切ってぼーっと前を向く。原っぱに寝転がって空を見上げるように、ただただメインカメラの映像を眺めている。



しかし、外だけは眺めていたお陰で自分の元へと近づく存在に気がつくことができた。


「……なんだ?あの光」


ステルス性って言葉を知らねぇのかよ……と突っ込みたくなるほどに輝くそのロボティック・アーマーは、太陽光を反射してオパールのような極彩色を放っていた。

そして、彼はその機体の搭乗者に心当たりがあった。


「ジェネラルキャッパーⅣ。オパールの機体……」


名前に至らず周辺情報を小さく呟くのは、まさかあの人がここにいるだなんて思わないからだ。何せ———



「モルター、遅れてすまないな」

「……ムトエル兄さん」


モルター・オーバン

ムトエル・オーバン

オーバンプロテクトRA開発機構の御曹司二人が一堂に会するのである。



「お前が無事で良かったが、アンドレがやられたか」

「……」


改めて現実を突きつけられ、彼は沈黙する。


「落ち込む気持ちはわかるが、今は緊急事態だ。もしもお前が軍人を目指していると言うのならば———」

「っ!あれだけ軍人は目指すなって言っておきながら、こう言う時は都合よく利用するのかよ……!」


そして、ムトエルの呼びかけを振り払うと子供が駄々を捏ねるように両の手で耳を押さえた。


「放っておいてくれ、俺はもう疲れたんだ!何も聞きたくない……!」

「いや、違うな。本当にそう思っているのならば通信を切るはずだ」

「……」


しかし、ヘルメットの上から耳を押さえたところで通信を遮れるはずがない。そして、それを指摘された後も通信を切らないと言うことは、言葉とは裏腹に彼の通信を聞くべきだと分かっているのだろう。

もしくは、心にもない反発をすることで構ってもらいたい子供なのか。それすら出来ないほどに無気力なのか。あるいはその全てなのか。



……中学二年生なんて子供で良いはずなのに、戦争という背景と彼の立場がそれを許さない。



「お前の夢を都合良く利用したことは謝るが、父親の跡を継ぎたいのならばそれに合わせて文言を変えるだけだ。お前は防御に秀でたRAを開発して死者を減らしたいという父親の思いに準ずるべきだろう。人助けに協力することでな」

「人助けだとぉ……?」


黙っていたモルターも、『人助け』という言葉には強い反応を示す。確かに、戦場を離脱するだけならば彼の機体を捕まえて有無を言わさずに連れて行けば良い話だ。

それをせずにわざわざ呼びかけていると言うことは、彼に能動的に何かをして欲しいと思っているのだ。


「兄さんは、俺に何をさせたいんだ」

「学生の避難誘導だよ。通り道には声を掛けたが、この二箇所は不可能だった。二人で分担しなければ間に合わない」


モルターがトランス・システムを繋ぎ直すと、コロニー周辺の地図が送られて来た。そこには、コロニーを挟むようにして、コロニーから5000km程度の位置にポイントが二つ打たれている。これが学生の取り残されている場所なのだろう。

確かに、一機でこれを往復すれば凄まじい時間が掛かる。


「こいつら、逃げろと言われていたのに……」

「突然戦争に巻き込まれて冷静に動ける人間は少ない。誰しもが軍人を目指して、明日の有事に備えている訳ではないのだ。特にお前のように武器を取って戦うなんてもってのほかだ」

「そう、だな……。アンドレだってすぐに逃げようとしていたのに。俺が残って、安易に通信なんて繋いだから———」

「自分を責めるな」


彼の自戒をムトエルは制止した。


「こんな事態を防ぐために政府や軍隊といったものが存在する。謝罪するのはその責務を果たせなかった我々の方だ。……だからこそ、モルターにこんな頼みをするのは筋が通っていないことだと分かってはいるのだがね」


戦争に巻き込まれた一般人が動けないのは当然と言いながら、モルターには協力を要請する。そんな自分のダブルスタンダードをムトエルは自嘲するが———


「……分かったよ。俺だってオーバン家の息子だ。弱者を見殺しになんて出来ない」


このまま無気力に寝転がり、結果彼らが死ぬようなことになれば……モルターは一生後悔するだろう。

それが分かっているからこそ。……そして、自分が救えなかったアンドレを重ねるようにして、彼はフォートレーサーを起動させた。


「ありがとう、モルター」


彼らは背を合わせるように目的地を見据え———



<<<ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ>>>



———そんな彼らをアムリタの叫びが見舞った。


「っ!?なんだ、この波動は……!?」


ムトエルは軽く頭を抑える程度で済ますが、そんな意味のない動きに機体が追従している。身体操作とRA操縦を切り離せない程度には驚いたのだろう。


「悲鳴、走馬灯、断末魔。シェルターが攻撃されている……!?これは、一体誰がやっているんだ……」


民間人を狙う外道行為に怒りつつ、その光景を発信している誰かにも恐れを抱く。そして———


「ぐああああっ!!」

「!?」


———通信先からつんざく弟の悲鳴を聞き、驚きで目を見開いた。


「モルター!?……まさか、感受性の弱い人間にも聴こえているのか!?」


突如脳内を埋め尽くした凄惨な感情に当てられ、モルターは頭を抱えて項垂れる。


「なんだこれは……!?苦しみと悲しみが溢れて、人が死んでいく!一体……!!」

「モルターやめろ!直視するな、死人に引き摺り込まれるぞ!」


ムトエルの叫びも虚しく、オーバーフローした感情が彼の意識を強制シャットダウンして———




『かっこいい所見せてくださいよ———坊ちゃん』




———ふと聞こえたその声が、彼の意識を繋ぎ止める。



「っ!仕方がない、モルターを連れて撤退を———」

「俺は大丈夫だ!早く助けに行こう!」


彼は叫び、その返事を待つことなくスラスターを全開にした。


「大丈夫か!?かなりの苦しみだったと思うが……」

「ああ、俺はモルター・オーバンだ。アンドレのためにも、今日ばかりはダサい所を見せられねぇ……!」


腹の底から振り絞るような彼の声を聞くと、ムトエルは撃墜されたGCⅣへと視線を向け、寂しそうに微笑んだ。


「ああ、そうだな。……アンドレも、きっと喜んでいるさ」



感傷は消えずとも、彼らは目先の救助任務へと注力するのだった———



———と締め括れれば良かったのだが、今この瞬間、それが叶わないほどの深刻な事態が発生していた。

まだ直接の言及はしていないし、ムトエルも次の瞬間に気づくのだが……。察しのいい方ならば、すでに何が起きているのか見当がついているだろう。



「———待て。あの叫びを喰らった生徒はどうなったのだ」



———あの叫びが誰によって引き起こされたのかは不明だが、状況的に考えれば、コロニーに集結している宇宙連合の四機のいずれかによるものだろう。最悪なのはルーナかメテラが何かしでかしたケースだが、いずれにせよ爆心地はコロニー周辺だと彼は考えていた。


……となると、自分達がこの位置で食らったのだから同程度に位置する生徒だって勿論射程圏内である。

彼はルーナ機のレーダーにアクセスしてその情報を辿る。拡大して彼らの動きを観察すれば、ゆったりと回転したり、スローペースで宇宙を流れているのが分かった。



……これは、パイロットが気絶したせいで機体の微妙な慣性を調節出来ていないのである。



「やはりかっ!これでは近づいたところで引き上げられん……!」


曳航用のワイヤーは装備してあるが、四機も曳航するとなると相当なパワーが必要になる。おそらく13コロニーの艦艇群、またはそこから発進されたRA隊に捕捉されるだろう。

せめてパイロットさえ起きていれば、コクピットに全員を収容して単騎で離脱を試みると言うのに———


「———大尉っ!学生を一人確保したが、それよりも報告がある!」

「なにごとだ!」

「レーダーを広げてくれ!艦艇群の一部が動きを止めているんだ」

「なにっ……!?」


焦りを帯びたルーナの声に急かされて13コロニーの艦艇群を見やる。すると、確かにその一部が動きを止めていた。

だが、停止している艦もあれば、動き続けている艦、減速している艦もあり、全体としての動きに統一性がない。おそらく緊急事態の発生により艦隊の統制が失われて、各艦が勝手に動いているのだろう。

しかし、緊急事態と言っても敵襲や攻撃を受けている様子はない。


……では、一体何が緊急事態を引き起こしたのか。思い当たる節は一つしかなかった。


「まさか、あの悲鳴があそこにまで届いたと言うのか……!?」


そして、驚く暇もなく別方向からの通信が届く。それは、11、12コロニーより駆けつけている地球軍連合艦隊の司令部だ。


「こちら連合艦隊司令部!船員の一部が謎の声を聞いたと一斉に騒いでいるのだが、何か知らないか!」

「何かだと?」

「ああ!こういった現象は月の管轄だろう!?」

「こんな超常現象に理由を求められても困る。我々はエースパイロットを擁立しているだけだ」

「チッ、バケモンを引き連れてよく言うよ……!」


捨てセリフと共に通信が切られると、彼は13コロニーの艦隊に視線を戻して小さくため息をついた。


「5万kmでようやく無害なレベルか。凄まじいな……」


……そして、感心する前にやることがある。彼はルーナたちに矢継ぎ早に指示を飛ばす。


「ルーナ、メテラ!慣性で動いている船舶に狙撃だ!撃てるだけ撃て!」

「了解!」

「……これってなんかの条約違反とかにならないの?」

「13コロニーは正式に離反を表明し、そのうえで武力制圧のために艦隊を派遣したと明言している。民間船に紛れて奇襲を行ったのも宇宙連合側だ。今この瞬間、戦闘の意思を明確に示している部隊に対して攻撃を行うのは正当な行為だよ」

「……了解」


メテラはわずかに食い下がったが、その間にもルーナとムトエルは、操舵士や艦長が気絶したと思われる艦艇への狙撃を開始。減衰の存在しない宇宙では理論上、無限距離からの狙撃が可能であり、デブリ等の拡散を除けばその大半が大気による誤差もなく目標へと直進する。

一撃で撃沈するのは難しいが、三機が協力して同一箇所を集中攻撃することで艦は次々と沈められていった。


反撃すら叶わず、意識のある者総出で脱出や救助作業にあたるその艦隊の様子を眺めながら、彼はさらなる指示を出す。


「それと———」

「学生の回収作業でしょう?これがそのための時間稼ぎってことくらい分かっているわ」

「ああ。その通りだ」


彼はほっと胸を撫で下ろした。

コロニーを巡る戦闘は終了し、大番狂わせの絶叫が敵の援軍を封じてくれた。彼らにとってはようやく一難が去ったと言えるだろう。


「ルーナは私、メテラはあっちのフォートレーサーを頼む。曳航用のワイヤーは私と彼が所持しているため、それに従うように。艦隊への攻撃も忘れるな!」

「了解!」



最低限の役割はこなした。

戦火を放ちながら彼らは救援活動へと向かうのだった。





———そして時は過ぎ、14コロニー襲撃事件から一週間後。


ユーゴとバシュトは、二人だけが座するにはあまりにも広大な広間で、これまた数十人は座れそうな巨大なテーブルを挟んで向かい合っていた。辺りを見渡せば大理石の床に豪華な絨毯がひかれ、壁には絵画を思わせる重厚な装飾が施されている。

いかにも「豪邸」といった雰囲気だが、その割には天井にシャンデリアがないのが気になるところだ。

———そして、それこそがここがどういった場所かを示すヒントである。


そう、ここは巨大な艦艇の内部なのだ。


ここは、ユーゴ・ネフィリムが総督を務める火星探索船『ノアーク』である。

一定の戦闘能力を備えただけの大型輸送船に、ユーゴの監督の下、研究設備やRAの開発スペースなどの増築が重ねられた結果、長さ1.5kmを超える超大型艦へと変貌を遂げたのだった。

彼が火星で得た利権及びこの船体で築き上げた財力は莫大であり、本来は必要最低限の機能を有すれば十分な会議室もこのような豪華絢爛な空間となっている。



「ふふふ……!」


そんな空間を満たす佐官二人の重苦しい沈黙を破ったのは、ユーゴの笑い声だ。


「ふははっ!まさか、13コロニーの艦艇群が全滅するとはな。強化人間部隊め、天晴と言うべきか」

「笑い事ではないぞ。主目的は果たせずに14コロニーも破壊。連合艦隊にコロニーを明け渡した上で援軍まで失う大失態だ。アーロンの左遷で済んだのが不思議なくらいだ」


作戦の失敗に加え、国際法上では民間人の意図的な虐殺も犯している。本来ならば死刑クラスだ。


「ふふふ、貧弱な宇宙連合が我々という最高戦力を排することは出来んよ。直接弓でも引かない限りはな。アーロンも左遷という名目の下で別の作戦に回されたに過ぎん。……それも、おそらくは閣下直々の秘密作戦のだ」

「秘密作戦?」

「ああ、私ですら噂しか掴めない極秘の代物だ。何やら辺境で新型RAの開発を行うらしい」

「……そうか」


アーロンが左遷されていないことを喜ぶ気持ちと、あいつがそんな重要な任務に着いたのかという妬みと。その二つの感情が渦巻き、彼女は無理やり話題を転換させた。


「それよりもあの絶叫だ。アレについての話を聞くためにわざわざ貴様の誘いに乗ってやったのだ」

「ああ、アレはアムリタくんの仕業だよ。どうやら溜め込んだモノを解き放つ性質を持っているらしい」

「アムリタ?……君に殺意を持っていたあの子供か」


バシュトとアムリタの間に面識はないが、気配を思い出して大体のことは察したようだった。


「あまりにも凡庸な波動でスルーしていたが、指向性を持たず常人にも伝播するのは想定外だった。……まあ、所詮は凡人にしか通用しない能力だがね」

「ふっ、貴様の私兵もそれに屈したのだろう?貴様が捕らえてきた子供よりもよほど才能があるように思える」

「まさか!人の命を吸って常人を失神させるような能力が何の役に立つのか。戦えない力など兵士には無用の長物だよ」


……バシュトは口を開けば嫌味を吐き、ユーゴも臆することなくそれに乗っかるため、話があらぬ方向へと逸れていく。



彼らは嫌味を交えて10分程話し込み、対して情報量もない情報交換を終えるのだった。



「……精神的ショックによる潜在能力の覚醒か。眉唾物だが一応意識はしておこう」

「ああ。君の要件が終わったのならば私の話も聞いてほしい」

「貴様の話?」


彼女は逡巡するが、すぐにその心の内を把握する。


「何かと思えばまた遺伝子の話か。やらないと何度も言っているだろう」

「アーロンの遺伝子でもあの程度だ。君と私ならもっと素晴らしい兵器を生み出せるとは思わないかね?」

「何を言う。子供のお守りをした挙句に気絶したパイロットに評価も何もあるまい」

「それは……」


彼らはカナンについて話をしているのだろう。そしてバシュトの評論は正確であり、これまでは自信に溢れていたユーゴも一瞬たじろいだ。


「……まあ、これを見たまえ」


しかし、彼が肩を竦めるように笑ってポケットから取り出したリモコンを軽く操作すると、会議室の壁に映像が投影される。

どうやら宇宙空間のリアルタイム映像らしく、遠い向こうに浮かぶ穴の開いたコロニーと、その前に陣取る地球軍の艦隊が映し出されていた。


「あれは14コロニーの守備隊か。何やら作戦の直前に二機が緊急配備されたと聞いたが———」


14コロニーを占拠した地球軍からそれを取り返そうという宇宙連合の作戦。バシュトはその概要を思い出し、そして"緊急配備された二機"に思い至ってユーゴの言わんとしていることを察した。


「———それが例の二人という訳か。軍属一週間の学生を艦隊戦に放り込むとは、貴様も鬼畜なことをする」

「黙って観劇したまえよ」


彼らが話をしている間にも、複数のRAが出撃して地球軍艦隊へと向かって行く。そして、それを突っ切るようにして二機のRAが突出した。そのRAは———


「———セクメト!?」


———ユーゴの専用機と思われたセクメトが、二機編隊を組んで飛んでいるのである。


「このノアークではセクメトを毎月一機のペースで製造が可能だ。そこに遺伝子操作の強力なパイロットが搭乗すればその戦力は計り知れんよ」


彼の期待に応えるようにセクメトらは機動を開始した。20隻を超える艦隊から降り注ぐ無数のビームの中を縫うように移動し、それを躱しながら最短距離で艦隊へと迫っていく。

さらに艦隊からRAが発進すると、そこで二機の動きが分かれた。



一機はそのままの速度を保ちながらRAへと相対し、もう一機はやや速度を落としつつドローンを射出。突出したセクメトは迫り来る編隊と正面から撃ち合い、本体に装着したドローンのスラスターを活かした高速・高機動、かつ圧倒的な手数でそれらを翻弄していく。

彼らも正規軍人なだけあって射撃元の割れている8連続攻撃くらいは躱すが———次の瞬間、ドローンを飛ばしたセクメトが多方面攻撃を仕掛けて二機を同時に撃墜したのだった。

さらにドローンを先行させ、本体と合わせた全方位攻撃で次々とRAを撃墜していく。


そして、RA隊の目がそちらに釘付けになっている隙を突いてもう一機が艦隊へと突撃。陣形が乱れ、突出している1艦に狙いをつけて畳み掛ける。



「……同じセクメトでも使い方がここまで異なるのか」


全方位攻撃と高機動突撃。同じ機体で全く性質の異なるツーマルセルを行なっている。

距離を取っている内は回避が間に合っていた艦艇も段々と被弾が増え、やがて全身が穴だらけになり———



「———どうだい。あの子供の力だよ」


———大爆発を起こす。艦艇の至る箇所で小規模な爆発が起き、それが誘爆して艦は沈んでいった。300人余りの命が宇宙へと散る横を駆け抜け、セクメトは他の艦にもターゲットをつけて接近して行く。


発進して来たRA隊に対してはビームで進行先を抑えつつも回避先に手持ちのバズーカを叩き込み、背後の母艦を盾に取った攻撃を仕掛けてどんどん撃破していく。

やがてその艦にも取り付けば、追いついたドローンセクメトと共に連続攻撃を叩き込んでそれを撃沈した。



二隻を撃沈し、その間に他のRA部隊も戦闘区域に到着したのを確認すると、彼は通信機へと指示を飛ばす。


「作戦終了だ。カナン、カーリー、帰還せよ」

「了解」


すぐさま二機は反転すると、ドローンのスラスターを利用した加速力でその場から退却するのだった。



「ふははっ!バシュトよ。この光景を見ても考えは変わらないのか?」

「……貴様の誘いに乗るつもりはないが、彼女たちの才能の片鱗くらいは認めんでもない」

「ふふっ、我々はいつでも優秀な遺伝子を期待しているよ」


ユーゴは得意気に笑い、バシュトは不機嫌そうな細い目で彼を見据える。そして戦場では———



「———あははっ、やったぁっ!」


誘爆によって宇宙の藻屑と化していく地球軍の艦艇を背後に見て……カーリーは歓声を上げていた。

彼女がカメラの映像を拡大すると、艦艇から零れ落ちた人影がその爆発に包み込まれる光景が映し出される。それを見てさらにその声が大きくなった。


「おねえたん凄い!ネフィリム様も喜んでいます!」

「うん!ネフィリム"様"のために、地球軍を倒さないと!」


退却の途中で残存していたRA隊と相対したため、カナンと協力してそれを殲滅していく。

連続攻撃でコクピットを焼き貫き、四肢を落として行く。そして、達磨と化したRAにバズーカを向け———躊躇なく、その引き金を引いた。


「地球人は敵だっ!逃すかあっ!!」


目の前で爆散するコクピットに痛みを抱くこともなく、心を痛める暇があれば他の機体を墜としにいく。


「流石だよカナンくん」

「おねえたんに負けないように私も頑張ります!」


そんな彼女に誰も疑問を覚えず、その行為を押し留める人は誰もいない。


「うんっ!私は頑張るから!頑張って……頑張って……。頑張って、地球人を倒せば……それで……。それで……いいはずなんだ!」



声が揺らぎ、僅かに頭を抑える彼女を心配する人なんて何処にもいないのだ。



「戦いを治めるためには武力がいる。楽園を作るためには誰かが汚れを背負わなければならない。そして、楽園を守るためには汚れを知らぬ新世代の戦士が必要なのだ。どこに転ぼうとも彼女は最高の人材だよ」



———ただ一人。ユーゴだけが、全てを見通したように薄ら笑いを浮かべているのだった。





……そして、そんな思惑が交錯する先日。戦いが終わって半日ほどが経過したとき。

月の地下に存在する施設で、一人の少女が目を覚まさんとしていた。


「……うぅ?」


僅かに意識が戻れば、彼女の鼻腔を甘ったるい匂いがくすぐる。

生クリームの滑らかな匂いに、イチゴのつぶつぶな甘み。おそらくショートケーキ———と思っていたのだが、ホワイトチョコのクリーミーな匂いも漂って来た。そして、揚げた小麦粉特有のモチモチな香りもある。この二つを満たすお菓子と言えば……ドーナツだろうか。


ショートケーキにドーナツ。言葉面だけでもくどいようなそれらが、混じり合って本当に甘ったるい空間を形成している。

さらに、それによって彼女の意識が覚醒してくると、そんな空間を彩るような明るい音がその耳へと飛び込んで来た。


「……コロニー攻略隊など、我々の前では塵に等しかった。まさに鎧袖一触。1分の内に7機が沈んだのさ」

「わあっ、流石はルーナ様です!」

「ふふっ、これこそ愛の力だよ。我々は二人一組で高め合うからこそ高みに至れる。君もそう思うだろう?」

「なんでこっちに話振るのよ……」


これはルーナとメテラの声だ。片や自分を騙して、片や自分を励ましてくれた声と言うことでよく覚えている。

しかし、彼女を囲むように漏れ聞こえる少女らの声には聞き覚えがない。その声は彼女たちを———というよりはルーナを、熱心に信奉しているようだった。


「……はいはい。えー、二機一組による可変機の戦術は主に対戦艦用に編み出された———」

「ストップ!それは教本の文言だろう!私は愛について訪ねているのだよ」

「誰があんたなんか愛してるのよ。私はあんたの彼女でも娘でもないわ」

「……。メテラくん。人には痛みを覚える心と言うものがね……」


彼女たちの夫婦漫才を受けてどっと笑いが溢れる。……しかし、その一部では笑いとは真逆の負の感情も噴き出していた。


「本当、空気の読めない人」

「なんであんな人がルーナ様のパートナーなのかしら……」


……なんとも複雑な事情があるらしい。

ヒソヒソ声と共に流れ込んでくる嫉妬や羨望を喰らって再び意識を落としたくなるが、そこに別の声が響いて来た。


「おいおい、こっちなんて馬鹿船長にコキ使わされてさあ。戦艦5隻が守る前線基地を一機で潰せって言われたんだよ?まあ全部沈めてやったけど!」

「流石ネルアさん!」

「あははっ、褒めてくれるのは嬉しいけど、こんなことが起きないように上には掛け合っておくから。あなたたちは安心しなよ」


"ネルア"

知らない声と知らない名前だが、こちらもまた複数の少女に囲まれて武勇伝を披露している。だが、その声はルーナと比べてとても幼く、自分達と同じ……あるいは僅かに年下ではないかと感じられるほどだった。



……そして、心なしだろうか。その声質や喋り方はどこか "彼女" に似ているようにも感じられるのだった。



「———はい、ストップストップ!」


場がネルアとルーナに二分されて混沌としてくると、ルーナが手を叩いて静寂を呼び起こした。


「前置きが長くなってしまったが、そういうことで臨時収入が出来た。遠慮はいらない!来たる1週間後の試験に向けて存分に英気を養いたまえ!」

「あはっ、そっちがボーナスケーキならこっちは謝礼金ドーナツさ。もちろん自由だけど、ルーナ派はコップに何か注いで貢ぎなさいね」


そして二人が宣言すれば、わあっと歓声が漏れて群衆が動き始めた。

笑っていた人も、怒っていた人も、怠惰な人も……今は和解してお菓子パーティーを楽しむのだ。



「失礼するぞ」


———が、そんな空間を補色するような男性の声が聞こえてくる。



「ルーナ、彼女の様子は———」

「きゃあーっ!」


そしてそれを掻き消すように小さな悲鳴がこだますと、その叫びは部屋全体に連鎖していく。

……だが、本当に何かを恐れて悲鳴を出したように人間は一人もいない。ただの悪ノリだ。


「きゃぁ。休憩室はパジャマパーティーに使うって言ったんじゃん、大尉ぃ」

「彼女をここに置きたいと提案して来たのは君たちだろう。通したまえ」


おそらく入り口でネルアが押し問答しているのだが、そこにルーナも加わる。


「全く、大尉は少女心が分かっていない。君は女性の恥じらいの心を知らないのかい?」

「揶揄うな。パジャマで羞恥心を覚えるようでは実験には耐えられまい」

「そう言うのが無神経なんだよ。ここには大尉を好きな子もたくさんいるのにぃ」

「ネルア、私が上官と言うことを忘れるな。ましてや子供など恋愛の対象外……」


三人が押し問答を繰り広げている間にだんだんと部屋の活気が戻っていく。


「……私……子供……?」

「あと5年で18歳。いや、あのコロニーなら結婚可能年齢は……」


……その裏ではまるでフラれたようなショックを受けたり、何かに闘志を燃やし始める者もいるようだが、大半は改めてお菓子パーティーを始めるのだった。


各々がケーキかドーナツを取り分け、コップへと飲み物を注いで行く。すると、様々なフルーツの匂いと共に、パーティー会場らしい”あの音”が響き渡った。

それは炭酸のプシュッという音だ。その音と砂糖の溶けた甘い匂いを嗅ぐだけで、甘い水が口の中で弾けるあの感触が想起される。



そしてそれは、あの朝、”彼女”がくれたサイダー味の飴を思い出させて———



「———カーリーっ!」


———アムリタは反射的に飛び起きるのであった。

そして真っ先にその目に飛び込んで来たのは、自分を振り返る複数の少女たちの姿だった。



「あ、れ。ここは……」


数は10名ちょっとだろう。パジャマパーティーと言うだけあって、全員がパジャマもしくはそれに相当する薄着である。そして、その大半が中学生か高校生のようだ。

同年代以上の人間に囲まれている状況も相まって、アムリタは混乱し、落ち着かない様子で辺りをキョロキョロと見回す。


「私は何を……」


聴覚と嗅覚で大体の事情は察していたはずだが、やはり視覚の情報はそれらよりも強烈なのだろう。

しかし、そんな彼女に聞き覚えのある声が近づいて来ると、彼女の混乱はだんだんと治まっていくのだった。


「こんにちは。気分とか記憶は大丈夫?」

「……えっと」


メテラだ。彼女は声を掛けただけで名乗りは挙げていないが、アムリタは若干の逡巡の後に言葉を発する。


「……メテラさんですか?」

「ええ。直前の記憶もちゃんと残っているようね」

「はい。……あの時は励まして下さってありがとうございました」

「別に。変に暴れられて迷惑を被りたくなかっただけよ」


感謝の言葉を伝えても、相変わらずそっけない返事しか返ってこない。

それは彼女の服装にも反映されており、下は緩いショートパンツに上はキャミソール型の下着一枚と言ったこの部屋の中で最も適当な格好をしている。



ベッドに寝転んだままでは彼女の露出した腹部や平たい胸部ばかりが目に入って居た堪れないため、彼女は立ち上がるのだった。



「あんた何変なこと考えて———」

「うっ……!」


メテラは反射的に独り言と題した文句を吐こうとするが、アムリタが立ち上がった勢いそのままで前方に倒れようとしたため、慌てて近寄ってその体を抱き抱える。

170cm台のアムリタと小柄なメテラでは20cm以上の身長差があるが、彼女はアムリタを軽々と受け止めた。


「力、強いんですね」

「別に。ここは月だからこれくらい余裕よ」


その色白な腕を見てアムリタは驚くが、相変わらず彼女はぶっきらぼうに答える。そして小さく続けた。


「それに、最低限は強化されてるから」

「……強化」


その言葉をきっかけに二人の会話が途切れると、メテラは黙ってアムリタの背中に手を回して彼女を支える。


そして、そんな彼女たちの元へとムトエルが歩み寄って来た。サングラスで目元を隠した彼は、勤務中なのか軍服を着ておりこの部屋では唯一の正装である。


「民間人の君。座ってもらっても構わないが、大丈夫かな?」

「はい。メテラさんのお陰で大丈夫です」


アムリタが隣のメテラに微笑みかけると、彼女は我関せずといった様子でその視線をムトエルへと移した。そんな二人のやり取りを微笑ましく眺めながら、彼は見た目に反した柔らかい声を発する。


「初めまして。私はムトエル・オーバン大尉だ。ここ———月の地下施設に所属して、実験部署の管理及び彼女たちの上官を務めている」

「こちらこそ初めまして。……言う必要がないかもしれませんが、私は14コロニーパイロット学科2年のアムリタ・アラムです」


言う必要がない———それは、私の情報は既に収集済みですよね?という意図を含んでいる。


「いいや、君の口から直接その事実を聞けたことは大切だよ。それに、そこまで他人の内心を慮る必要はない」

「そうですか?……何か、早めに伝えたいことがあるように思えたので」


ムトエルが小手先で並べた挨拶はアムリタによって一蹴される。彼はあのルーナやメテラの上官だ。遠慮する必要もないと思ったのだろう。


……それに、柔和に微笑む彼の内心がどこか薄暗いことにも彼女は気がついているのである。



「……すまないな。民間人をここに通すのは初めてで、柄にもなく緊張しているらしい」


彼女の不信感を彼も感じ取ったのだろう。平謝りを返すと、本題を切り出すのだった。



「あの襲撃でご家族を亡くしたことには哀悼の意を示す。……だが、君は家族の死を悼む以上に天涯孤独となった自らの身を案じなければならない」


戦場で両親を失ったカーリーと異なり、アムリタはこの襲撃によって資産及び居住区を全て失っている。これでは補償を出せる人間すらおらず、彼女は身一つで宇宙に放り出されたような物だ。


「……そうですね」


両親を失った直後はその悲しみに当てられて狂乱していた彼女だったが、あの叫びによって負の感情を吐き出せたのか……今は落ち着いて目の前の問題を見据えていた。


地球は元より、コロニーですら子供一人が適法なバイトをして生きていけるとは思い辛い。小惑星の開拓団あたりに在籍するのが一般的な選択肢だが、パイロット学校中等部2年生の学歴を採用してくれるとも思えず———


「———そんな君に、一つ提案がある」


彼女の思考を遮るようにムトエルが言葉を発した。


「提案ですか?」

「ああ。単刀直入に言おう———君には我々の部隊に加わってほしいのだ」


———本当に単刀直入だ。


———そして、アムリタもまた単刀直入であった。


「この部隊というのは———強化人間部隊のことですか?」

「!」


『強化人間』の単語を出すと、部屋中にガヤガヤと驚きの声が広がる。

唯一、ルーナ、メテラ、ネルア———そして、壁際に背を預けた冷たい目をした小柄な少女だけが驚いた様子を浮かべていない。


「……ははっ、やはり君は面白い」


ムトエルも最初こそ驚くが、やがて愉快そうに笑いを溢した。


「その通りだ。強化人間、正式に言えば強化人間候補生として、ぜひとも我々の部隊に加わってほしい」

「それは、地球軍に所属するということですか?」

「その認識で正しいよ。候補生の間は正式な軍属とは見做されないが、それでも衣食住が保障された上で不当に解雇されることもない。少なくとも生活に困ることはないさ」


彼の提案は破格な物だった。何せ、士官学校のような待遇を無学の13歳の身で受けられるのだ。断らない理由がないが……それゆえに怪しいと感じるところもある。

そして、そんな彼女の心の内を読んだのかムトエルは先手を打った。


「もちろん、強化人間になるのもタダではない。薬物投与や催眠療法を乗り越えて相応しい実力を身につける必要がある。そして、不当に解雇されない代わりに勝手に抜けることも許されない。何を大切にするのかは君の選択次第だ」


自由と引き換えに生活を保障されるのか、生活と引き換えに自由を手に入れるのか。……しかし、誘いを断って宇宙に放り出されることが自由とも言い切れない。



彼女が逡巡すると、入り口の近くに佇んでいたルーナが彼女へと歩み寄る。


「ブラックボックスを拝見させてもらったが、君の働きは実に見事だったよ。あの状況で正体不明の敵機に臆せずに立ち向かう胆力は確かな強さだ。是非、共に戦ってほしい」


部屋の中で最も絢爛な衣装をまとった彼女は、口調どおりの優雅な所作で部屋を横切り、彼女の正面に立った。

そして、メテラに代わって彼女を支えるふりをしながらそっと近づき、その耳元で囁く。


「———大尉はああ言っているが、私は反対だよ。君の実力は既に人並み外れている。ここで自由を縛られるよりは、借金をしてでも士官学校かパイロット学校で正当な道筋を歩んだ方がいい」


他の候補生がいる前で表立って主張することはできないが、それがルーナの本音なのだろう。そして、それに被せるようにメテラも続けた。


「……ええ。あの人は良いところしか話していないけど、候補生70人の内すでに40人が実験の段階で死———」

「———あはっ、あなたが本当に知りたいのは強化人間の待遇じゃないでしょう?」

「!?」


そして、それを遮る甲高い声が響く。

クロップド丈でヘソを出したトップスと、これまた短いホットパンツを履いた彼女は———口調からも分かる通りネルアである。


"本当に知りたいこと"


その文言に惹かれたようにアムリタが動きを止めると、彼女は後ろ手を汲みながらアムリタの元へとにじり寄っていく。


「ブラックボックスは私も見たよ。あの、宇宙連合に寝返った女子生徒。あなたはあの子を助けたいんでしょ?」

「……はい」


アムリタが拳を握りしめると、ネルアはそこで立ち止まる。そして小さな体の小さな胸を張り———それに見合わないほど自信に溢れた笑みで、彼女を見据えた。


「じゃあ殺される前に自分で助けに行かなくちゃね!強化人間になれば、あの子を助けられる立場も力も手に入る。それに、大尉を通してある程度の我儘も通るからね。あなた面白そうだし、私も手伝ってあげるよ」

「ネルアっ……!」


アムリタを遠ざけたいルーナと引き込みたいネルアの間で衝突が起きるが、彼女たちが言葉を交わすよりも早くにアムリタは結論を出していた。



「———私、ここに所属します」



……ネルアのいう通り、彼女にとって強化人間の待遇などどうでも良かったのだ。

ここに所属すればカーリーを直接助けに行けるのか。そのための力、もとい発言権が得られるのか。それを知りたいのであって、その答えはネルアが全て言ってくれたのである。


「ほら、言った通りぃ」

「……良いのかい?本当に」


ルーナは得意気なメテラを一瞥した後にアムリタへと声を掛けるが、彼女の意思は固かった。


「はい。私はカーリーと同じ立場にならないといけませんから」

「同じ……軍人と言うことか」


彼女は頷きを返す。


「カーリーは言っていました。間違っていると分かっていても、敵を自分と同じ目に合わせないと気が済まないって。そして、私はそんな彼女の感情に押し潰されて声が出ませんでした。あまりにも見ているものが違ったからです」


……理不尽に日常を奪われた者の気持ちは当事者にならなければ分からない。


二度と塞がらない穴に絶望する者。塞がらないからこそ、それを他人にも強いることで納得しようとする者。

日常に甘えていたことを後悔する者もいれば、その後悔が何よりも強い絶望に転じることもある。

または、全てをリセットして清々する人間だっているだろう。


「でも、私も彼女と同じく両親を亡くしました。その痛みを知って、戦争に巻き込まれて……それでようやく同じ立場に立てたんです」


同じことを味わえば相手の気持ちがわかる訳ではない。しかし、最低限同じ立場に立つことで話すための前提条件は整うかもしれない。


「だから、彼女と話すために私は戦争をしないといけないんです。今度こそ逃げずに、同じ立場で分かりあうために」



———同じ立場に立って、説得出来るのかは自分次第だと。再び彼女との対話を望んでいるのだ。

今度こそ逃げない。目を逸らしもしない。自分から正面切って話をしに行く。だから戦争に加わるんだ。逃げも隠れもできない、戦争という平等な場で話し合うために。



「……そうか」


有無を言わさぬアムリタの態度にルーナも折れる。そして、それを見てムトエルは安堵したように胸を撫で下ろした。


「では、まずは手続きのために———」

「いーや、まずはどっちの派閥か決めてもらわないと」


……しかし、真面目な話が進むと思った矢先のこと。彼の言葉を遮ってネルアがアムリタの手を掴んだ。

そして背後のルーナをしっしっと片手で追い払うと、彼女を部屋の誰もが見える場所へと引き摺って行くのだった。


「ここは私———ことネルア派と、ルーナ派の二つに分かれてるんだよ。所属するならどっちに着くか決めてもらわないと」

「そうなんですか?」


ムトエルに目配せを送ると彼は肩を竦める。


「私に聞くな。部隊の中で変に派閥が生じて分断でもすれば私の監督不行き届きなのだ」

「あれぇ、大尉の派閥もあるけど?責任取らないと!」

「知らないところで派閥を作って責任を押し付けられても困る」


相変わらず上官相手に不遜な態度だ。しかしこんな接し方が許されることこそ、強化人間に力があることの証明だろう。



再び空気が緩めば、彼女の元には部屋中の候補生が集まってきた。


「新人ちゃん、可愛い寝顔だけど意外と身長高いんだねぇ」

「なんか強いらしいしバディ組んでよ!誰も私に合わなくてさあっ!」


腕を組まれて頬を突っつかれ、頭に手を伸ばされて身長の差を味わわれたり、好き放題の扱いを受ける。

こんな人たちに囲まれながら軍人を目指すのかぁ……と多少今後を心配する気持ちもあるが、それ以上に彼女は思っていた。



———カーリー。



あの絶叫が契機だったのか、エンバスがさらに強化されたように感じる。

周囲の感情をさらに強く感じ取り、目を瞑れば、建物の壁が取っ払われたように宇宙が広がって見える。そして意識を集中させれば、数1000万kmの彼方に佇むカーリーの姿が見えるような気がした。


孤独に身を置き、増幅された憎悪に身を焦がすことしかできない友の姿が。



———待っていて、カーリー。



宇宙の彼方へと———そして、その距離よりも厚い殻に閉じこもってしまった友へと自らの覚悟を伝えるように。彼女はキッと唇を結ぶのだった。

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