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男は椅子に座っていた。
薄暗く狭い四角部屋。それも床、壁、天井がきっちり綺麗な立方体になっている。
最近の檻は独房一つ一つをブロック分けして、壁は分厚い岩で覆われている。独房を完全に密封して逃げ道を塞ぐのだ。まるで水槽みたいに。
外とつながっているのは空気を通すための小さな窓と、さっき入った出入口だけ。
「おはよう。いや、こんにちはでいいのかな?」
男は薄っぺらいベッドに腰かけて、じっと女を見つめている。
囚人服はくたびれていたが、身なりは意外と小綺麗に整っていた。髪も櫛で梳いているし、きちんと髭も剃っている。部屋も片付いているところから潔癖症なのかもしれない。それも生活感が抱けないくらい病的な。
「派手な服だ。みんなそのファッションに釘付けだったろう」
温和な声が響く。風貌はいかにも父親といった印象を抱かせる。上司と妻の板挟みになっていそうな感じの。
「久しぶりだな。アイリス・リベルテ。私を逮捕した騎士」
だが発する言葉は鋭く、そして堂に入っていた。それが彼を異質めいた存在――堅気ではない証明となっている。
「…………」
遮光眼鏡の位置を直して、女は髪を解いた。桃色の髪が、はるはらゆらりと揺らいで肩に垂れる。
騎士の風格に恥じないよう背筋を伸ばす。
ティルナノーグ天馬騎士団。法の番人。罪を憎む正義の執行者として。
「ええと……」
「ノアだ。ノア・ハイデリヒ。君にとっては「捕まえた犯人の誰か」だろうけどね」
ここでようやく気づく。彼の耳が尖っていることに。長身の痩躯。つまり――
「エルフの貴方がどうして……」
「エルフだって罪を犯すさ、ホモ・サピエンス。意味は「賢い、賢い人間」だったね。賢い、賢い……。ハァ、賢いと二度も名乗るなんて、傲慢すぎると思ったことはないかい?」
「貴方は高明な錬金術師だと聞いています」
「科学者だよ」ノアは訂正させる。「仕事は穴掘り。鉱物を掘る。だが掘るのはつまらない。面白くなるのは、鉱物の使い方だ」
ノアの口調に熱がこもる。
「鉱物は宝石ではない。パワーがある。時にそのパワーは魔力を超える。爆発的な力を秘めているんだ」
その言葉はまるで呪文だ。狂気を呼び出す呪文。
そして彼は言った。“爆発”と。
「君は賢いな。アイリス・リベルテ」
突然の言葉に女は反応できなかった。
「君の派手な服はみんなが目を向ける。きっと派手なピンクだと誰もが覚える。そう、注目するのはファッションだ。誰も君がアイリスだと気づかない。なぜなら顔を見ないから」
女は答えられない。変装してまでここにいるということは、これがつまり騎士団の意向ではなくアイリスの独断先行であることがバレているのだ。
故に、ノアにはまだ余裕がある。
「こういう行動を人間がする理由は二つだ。ひとつ、悪いことをしているから」
女は何も答えない。だからノアが答えた。
「あるいは――正しいことをしているからだ」
手を叩いてノアは破顔した。いい年をした大人が、これでもかというくらい笑っている。ベッドから転がり落ちそうな勢いで。拍手なんかしちゃって。
そして唐突に真顔に還る。
「賢い、君は賢い。では次の質問は何だ? 答えろ人間」
女はノアをじっと見据える。敵を見る。
拳を握り、腹式呼吸で気持ちを落ち着ける。
意を決して、女は言った。
「鉱物の正体は?」
「ウラニウム」
「何を作ったの?」
「爆弾だ」
驚くくらい、あっさりと言い切った。
ウラニウム爆弾。
おそらくはアイリスに捕まる前に製造したのだろう。まさかこの部屋に置いているわけがない。
ということは、つまり――
「次の質問は、この私が予言しよう。どこに仕掛けたの、だろう? だが、こればかりは教えるつもりはない。私の楽しみを奪わないでくれ」
たまりかねて、女は怒りを吐き出した。
「……人が死ぬ」
「それこそがセクシー」
ノア――これから街を震撼させる爆弾魔は不穏な笑みを浮かべる。
長方形に切り取られた窓の見晴らしは最悪だが、街の様子が見える。
絢爛豪華な常若の都。王国最大規模を誇る巨大都市。
そして人口3万人が人質である。
街の名はティルナノーグと呼ばれていた。