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中性的なその声に、アイリスは顔を上げた。
目の前にいたのは少年だった。だけど、オルタ・ファーガソンではないし、ましてやエルフでもない。
身にまとっているのはストライプが刺繍された高級スーツ。生地はシルクだろう。それもおそらく少年の華奢な体躯に合わせたオーダーメイド。
だけど伸縮性が高く動きやすさを優先しているから、彼の業務はデスクワークではない。
細かい刺繍が施された靴はピカピカに磨かれているが、靴底はゴム製。
肩に掛けているカシミアウールのコートはポケットを多くした防水仕様。
歩き回ることを――あるいは天馬騎士団から逃げ回ることを――想定した服装。
長く天馬騎士団で働いてきたアイリスには分かる。彼は陽の当たらない世界で生きる住人だ。
その住人が夕闇に、地平線の彼方に消えつつある太陽を背にして、今アイリスの前に立っている。長く伸びた影がアイリスの足元を蝕みつつあった。
真っ白く艶やかな長髪が、夕陽を溶かして淡く輝く。そして彼の頭には、まるで羊めいた立派なツノが生えていた。それはきっとそう――人外の証。
アイリスは自分が今どんな顔をしているのだろうとぼんやり考える。目を見開いた、ぽかんとした顔をしているにかもしれない。
まるで――化け物を目にしているかのような、そんな顔を。
あの日、父を殺した“黒い鷲”を初めて見た時のような……。
アイリス、この世には死よりも恐れるものがある。それはな――
死んだ日、父は何を伝えようとしていたのだろう。
今もアイリスは思い出せないでいる。




