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「髪の毛、でございますか?」
給士は困っている様子だった。そして恐る恐るスープを覗き込む。
「申し訳ございません。私にはその……確認できないのですが……」
「入ってるの」
今にも消え入りそうな給士の声を一蹴して、自信と確信のある強い口調でアイリスは断言した。
「店長を呼んでくれる?」
アイリスの言葉に給士は縮こまって、畏まりました、と頭を下げるや逃げるように厨房に飛び込んでいった。まるでライオンに追われるウサギのような逃げっぷりだ。
ごめんなさい、とアイリスは給士に心の中で謝罪した。
何故なら髪の毛なんて入っていないから。
しばらくして、すぐに店長がやってきた。
恰幅のいい髭面の中年男性。客寄せのためなのか、あるいは糸か何かで縛っているのだろうか、歯を剥いた力いっぱいの笑顔で表情を固定している。
やっとターゲットが来た。
「お客様、当店の品に異物があるとお伺いしたのですが」
「ええ。この肉団子のスープは店長自ら振る舞っていると聞きました」
「その通りでございます。牛の肉を私手ずから料理しております」
年下のアイリスに遜っているのは、何も相手がお客様であるからではない。
アイリスが身に着けているのが、街を守る天馬騎士団の制服だからである。市民は権力に弱い。
「ええ。貴方と話がしたかったんです。どうぞ座って」
アイリスはテーブルの対面する席を、指を揃えた手で指した。
「いえ。とんでもございません」
勤務中だからであろう。男はあくまで遠慮した。
アイリスは、この男をどうしてやろうかと値踏みしながら、野菜をすり潰したジュースが入った容器を指でなぞった
「野菜ジュースですか。いかにも、女子力がお高い」
この言葉にアイリスの頭の中で何かが弾けた。
本人はおべっかのつもりかもしれないが、アイリスにとっては逆鱗だ。
「いかにも男臭い言葉ですね」
「は?」
「知ってます? 女の武器は涙。結婚は女の幸せ……。そういう言葉はたいてい男が作ってるんです」
辛辣なアイリスの言葉に、店長は人のいい笑顔をひくつかせる。
だが事実だ。その手の美化されたキャッチコピーには、おじさんの手前勝手な理想が見え隠れする。
「名前は?」
「は?」
「お名前は?」
まるで尋問のような物言いに、店長もさすがに態度が硬くなる。
「……アントニオ。アントニオ・ベネッティです」
「店員の名前は覚えてるんです?」
「ええ。血は繋がっていませんが、皆家族ですから」
そうですか、とアイリスは一瞬だけ目を伏せて、そして再び店長の目を睨みつけた。
「それではこの名前は? オルタ・ファーガソン」
思わず店長は仰天して目を剥いた。
知っている名前だったからだ。
それも先週クビにしたバイトであればなおの事。




