番外編3 川原敏江と小池亜季 竹下通り遭遇戦(下)
「んむっ。はい」
私は三口食べてから、トルネードポテトの串を小池亜季に渡す。
大きいから三口ずつで交代して食べることにしたのだ。
「んっ。んむっ、んむっ。……ほら」
「うん。んむっ、んくっ、んむっ……。美味しいね」
「それなりにな」
「あのさ、同じモノを食べてるとデート気分が凄く盛り上がるよね」
「簡単にテンションをあげりゅな。んむっ、んくっ、んむっ」
「いやー、上がるのが普通だと思うけどな。久しぶりの再会なわけだしさ。
あのさ。……んくっ。んむっ。んむ。はい。
こいけっちは人を殺す時、心が痛かったりする?」
「おまえよくそんな質問するな。……する奴だったな。おまえ、そういうこと聞いても人に嫌われない性格だってことを利用しすぎなんりゃないか?
んく。んくっ、んむっ。ほら」
串を受け取って聞き返す。
「そうかな?」
「そうりゃ」
「んくっ。もぐ、んぐっ。……で、どうなの?
心が痛かったりする?」
「する時もあるし、しない時もある」
「じゃ、パリットのみんなを殺した時はどうだったの?」
「……痛かったって言えばおまえは満足すりゅのか?」
「満足とかじゃないよ。ただ聞いておきたいだけ」
「痛かったよ。……デートの時にすりゅ会話か?」
「ごめん。そうだね」
そっか。
痛かったか。
そりゃ、そうだよね。いつも仲良く喋ってたんだもん。
仲良く喋ってた相手がいなくなるのって寂しいよね。
──死んだ3人の方が痛い目にあったと思うけどね。
「んじゃ、次は記念品を買おうな。
原宿って書いたキーホルダーとかないかな?
竹下通りって書いたのでもいいんだけと……」
「こういうとこで、ご当地キーホルダー売ってりゅのか?
そういうのは地方の観光名所にあるものだろ?」
「ここだって観光名所じゃない。売ってなかったらそれは東京の傲慢だよ! 東京のおごりだよ!」
「あたし、原宿によく来るけどそんなの見たことないけりょな。駅の売店とかにはありそうりゃけど……」
「そういうのじゃ意味ないの!
竹下通りで買った、というのに意味があるんだから。探そう! そして二人の絆を深めようぜ!」
「あたしとおまえで深めてどうすんだよ」
「デート中なんだからそういうこと言わない。はい」
「……はい、ってなんだよ」
小池亜季は私が差し出した、左、手をじっと見つめる。
「いやー、ほら。デート時間は短めがいいんだよね?
だったら、距離を詰める速度を早めないといけないじゃない」
小池亜季は私の手と顔を交互に見て、
「おまえのそういうとこはじめて会った時から苦手りゃった」
「あれ? はじめてあった時、私、何かしたっけ?」
小池亜季は半笑いになってから、怖い顔で私をキッとにらんで、
「忘れるな。
ハグしてくれって泣きながら迫って来たりゃないか。
あたし、本当に怖かったんりゃからな」
「あははは、そうだった、そうだった。思い出したよ。
私、コミュニケーションはぐいぐい行くタイプだからね。
今日もそうだよ。
くふふっ。
こいけっち、あの時みたいに泣いちゃう?」
そう言って私は伸ばした、左、手を上下に動かす。
小池亜季は、ふんっ、と鼻を鳴らして私の手を握った。
・
「いや~、こいけっちの言う通り、探すとなると大変だったね」
「おまえがそれっぽい店に入るのを拒否するからだろが」
「だって、そういう店で買うのって反則っぽくない? オシャレな店にあるから意味があると思うんだよね」
「意味不明なルールをかすな」
結局、私達は無事に原宿と書かれた、とてもかっこ悪いキーホルダーを二つ、手に入れることができたのだった。
「私が買ってあげたんだから、大切にしてよね」
「こんなもん、すぐ捨てりゅ」
「もう! そう言って大事にもっていてくれるのがこいけっちだよね?」
「ふんっ。
こういうことであたしは嘘つかないから」
「ついてよ、嘘! あっ。ちょっと待って。そっちの路地……」
「んっ?」
私は、ぐいっ、と腕を引っ張って従業員の出入り口か荷物搬入用に使われいるのだろう路地に入った。
「おい、なんりゃよ。猫でもいたのか?」
「うん」
私はうなずきながら、小池亜季の腕を引っ張る。
小池亜季は私の左手を握っている。
ということは、私は彼女の右手を制している、ということだ。
ずっとこうしようって思っていた。
ここから先の行動は何度も練習してきた。
私は笑顔のまま、上着のポケットから素早く諸刃の短剣を取り出す。
「えっ?」
何が起きたかわかってない小池亜季が気の抜けた声を出す。
小池亜季の右腕を引っ張りながら、右手に持った短剣の切っ先で彼女の右の脇腹を刺す。
「いぎっ」
悲鳴。
肝臓。人間の急所の一つだ。ここを刺されたら人は死ぬ。
だけど、魔法少女はそのくらいでは死なない。
変身するというのは、刃物や銃弾を弾き返す強靭な体に変異するということ。
そんな体同士でやりあっても死まで遠い。
いろんな技を出し尽くして、全力で戦って戦って、それでようやく殺したり殺されたりの世界にたどり着く。
いきなりそこに行けない。
魔法少女にとって死っていうのは互いの努力の末にたどり着く場所。
だから、変身する前の小池亜季を殺そうと思ったんだ。
私なりの計算。
──少女はすぐ死ぬ。
小池亜季を殺した。
そう思った瞬間、想像していなかった反動が手に走った。
刀の切っ先は肝臓はおろか、皮膚を突き破ることさえしなかったのだ。
変身してないのになんで?
いつの間にか変身してた?
そんなの絶対にありえない!
こんな近くで変身されて気づかないなんてことはない。
「ふんッ!」
私は短剣を引いて、彼女の腹をもう一度、刺す。
刺さらない? なんで? どうして?
「えいッ!」
一度、引いたナイフを胸の中央に切っ先を叩きつける。
心臓の位置は左じゃない。真ん中。
体重を思いっきり乗せて!
ぐいっ!
ぐいっ!
「いぎっ!」
小池亜季は私の手を振りほどいて後ずさる。
どういうこと?
あんなに強く叩きつけたのに、ナイフに血は少しも付着してない。
小池亜季は出血していない。
小池亜季は痛みに顔を歪める。ナイフで叩かれた痛みはしっかりと感じているようだ。
「ごめんにゃさい」
なぜか彼女は謝罪した。
「これって、どういうこと?」
「防刃チョッキを着てるの」
「そっか。……なるほどね。
それを隠すためにふわふわの服を着てたんだね」
「そう。
言ったよな?
あたし、おまえに襲撃される覚悟してるんりゃ、って」
この出会いが偶然だったのは間違いない。
もし、偶然出会った時、私は殺そうと思っていた。
それと同じように小池亜季は殺されるかもと思って準備していたんだ。
「ここを……」
小池亜季は真っ青な顔して、震える手で自分の首を叩いた。
「ここを狙ってやればいい。
私を殺すのがおまえなら、それでいいって思ってたんだ」
小池亜季の顔が、気持ち悪いほど汗で濡れていた。
「胸と腹におまえの本気の殺意を感じたかりゃ、手足が震えちゃってるんだぞ。あー、怖かった。次を待つの怖い。
やってよ。
首。
やって。
お願い。
ここで殺して。
待ちたくないんりゃ」
小池亜季が再び自分の首を手で叩く。
ぺちゃぺちゃ、と汗で濡れた音がした。
やろう、と思うけど……。
首を切ろうと思う。
よく磨いたナイフだ。きっと簡単に切り裂ける。
だけど、私まで手が震えてしまう。
かたかたかたかた、なってる。
「そっ、そんなことできるわけないじゃない。
でっ、できて、たまるか……。
肝臓を刺すの失敗したからって、くっ、くっ、首を斬るとか……。
わっ、わたしだって……やりたくって!
こんなことやりたくてやってるわけじゃない!」
「でもあたしのこと殺したいんれしょ?」
「殺したいんじゃない。殺さないといけないからやってるだけ。
失敗したからって、すぐにもう一回やれるほど……。
私は……。ンッ!
私は強くないもん。やりたくてやってるわけじゃないんだから。
やりたくないけど、やらないといけないことだからやってるんだけ!
こいけっちを殺したいけど……。
殺したくない気持ちだってあるんだから!
恐いんだよ!
殺すの。
恐いんだよ!」
「ひへっ、へへへへへっ。へっ、へへへへっ」
汗だらけの顔で小池亜季は気持ち悪く笑った。
「あはっ、あははははは、はははははははっ」
涙と鼻水と涎を垂らしながら私は気持ち悪く笑う。
「ひへっ、へへへへへっ。へっ、へへへへっ」
「あはっ、あははははは、はははははははっ」
それ以外、どういう反応をしたらいいのかわからなかった。
「へへへっ、あたしは闇堕ちした魔法少女なんりゃぞ。
宿敵に情けをかけるなよぉ。
次に会った時は最初からちゃんとやってよね。
あたしもちゃんとやりゅから……」
こいけっちは私の肩をどんと叩いて路地を出ていく。
彼女は振り返らずに言う。
「言っておくけどあたしは三人を殺したくて殺したんりゃから。
変な想像しないでね。
あたしはちゃんと堕ちてるんだ。
あたしの心を想像すりゅな……」
優しいな。こいけっち。
想像するから殺せなくなるんだもんね。
私は路地でペタンとうずくまる。
──私達がこうなるってことは、いつから決まっていたことなんだろう?
私達の努力でこうならない未来を掴み取れる可能性ってあったのかな?
魔法少女になった瞬間から、ここでうずくまることは決まっていたのかな?
──次に会った時、ちゃんと殺せるのかな?
殺せなかったら、私が殺されるのかな?
殺されるなら。
──殺されるなら、それでいいのかもしれないな。
わたしは鞘にナイフを戻しながらそう思っていた。
こんな状態から逃げることができるなら……。
死ぬのは気持ちいいことなのかもしれない、って思った。
そして、こいけっちもそう思ってるんだろうな、って確信している。
こいけっちも私も、互いに殺されたいって思ってるんだ。
そんな友情、死んじゃえ。
心の底から思う。
「死んじゃえ」
立ち上がってキーホルダーをコンクリの壁に叩きつける。
二度と竹下通りには来ない。




