番外編3 川原敏江と小池亜季 竹下通り遭遇戦(上)
人の顔が違うように、街の顔も違う。
あの街とこの街とでは、人の雰囲気が全然違うってことあるじゃない?
例えばオフィス街とショッピング街では街ゆく人々の顔つきが全然違う。
若者が集まる街と老人が集まる街では、街の色が全然違う。
街が人の雰囲気を変えてるのかな?
それとも人が街の雰囲気を変えてるのかな?
これって、卵が先か、という話しに近いかな?
そうでもないかな?
んじゃ、こういうのはどうだろう?
少女か先が魔法少女が先か?
あっ、いや、これは悩む必要もないか。私はバカか。
少女が先に決まっている。
そうじゃなくて、私が今、考えたいのは──。
・
こっ、これが! これが……原宿駅!
山手線を降りて改札を抜けると、はじめて来たのに一目でわかった。
あっ、あれが!
あれが栄光の竹下通りッ!
若者向けのおしゃれな店が並ぶ商店街だ。
商店街?
商店街でいいのかな?
商店街って肉屋さんでコロッケを買うイメージだけど、多分、竹下通りには肉屋もコロッケもない。
わかんない。
あるのかな? もしかしたら普通に八百屋さんとかあったりする?
全然わかんないけど、多分、おしゃれな店しかない。
だって、竹下通りはもうずっと昔から若者の街の代表。
僭越ながら私も若者ですので一度は来てみたいと思っていた。だけど、なかなか決断できなかったんだ。
散村って知ってます?
とっても広い耕地の中に民家がぽつんぽつんと点在する集落のことをそういうのだ。
私は富山県の散村で生まれ育った少女。
散村生まれ、散村育ちなの!
そんな少女が東京で一番、オシャレだという竹下通りに行ってもいいものか?
という葛藤があったのだ。
だってだよ!
竹下通りといえば、クレープや巨大わたあめやチーズハットグとかを食べながら、可愛い店を見て回ると、とってもオシャレな私になってしまうという魔法の街。
そんな街に散村出身者が行っていいのかって、悩むのは当たり前だと思う。
この気持ち、散村出身者にしかわかんないよ、きっと。
それでも、行く! 竹下通りに行く! オシャレの魔法を全身で受け止める! そう決意したのだけど……。
「ぐぬぅぅぅぅ」
原宿駅の改札を出てすぐに挫けそうになってる。
だって、人!
なっ、なんだこれ……。
人ッ!
人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人ッ!
竹下通りだけで、私が生まれ育った散村の人口を軽く超えてるに違いない。多分だけど6倍はいる。
東京に頻繁に来るようになったから人混みには慣れたつもりでいたけど……。
人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人ッ!
たっ、竹下通りって他の場所とは段違いだ。
ここから見ているだけで、集団の圧力と熱気に吹っ飛ばされてしまいそう。
あんなとこに入っていくなんて正気とは思えない。帰ろう。
だって、そこまでなの?
竹下通りって、そこまで魅力的なの?
あんなとこに入ってまでオシャレになりたくない。帰ろう。
結論。私にはまだ早かった。
──いや。
結論を待って。
ここに来たきっかけを思い出そうよ、私。
みんなと話したのがきっかけだよね。
いつか東京に行って~、竹下通りに行って~、クレープを食べてみたいよね~、って。
そんなことを話ながら田舎道を歩いたのだ。
右も左も水を張ったばかりの水田に挟まれた道は、空の青を反射して凄い綺麗だった。
空の上を歩いているみたいだった。
あの時のみんなの想いを私は背負ってるんじゃないのかい?
ここまで来たんだ!
みんなのためにも!
みんなを代表して!
私が!
行くしかないッ!
そうだ! 行けッ!
いっ、行くぞ!
拳を握り、勇気を出して私は人混みに突入する。
・
最初は人混みにのまれてどうなることかと思ったけど……。
ふふん。入ってみたら、あー、なるほどなるほどって感じだ。
今の私には余裕があるぜ!
たいしたことないじゃん、竹下通りの人混み!
熱い温泉と一緒。
腰まで入った時は火傷するって思うけど、肩まで入ってしまえば気持ちいい。
流れに身を任せてしまえばどうということはない。
よく考えてみれば、イワシだって大きな群れを作ってちゃんと海をお行儀よく泳いでいるのだ。
ふふふっ、人間である私にできないわけがないのだー!
気持ちが落ち着いてきた。怯えなくて大丈夫。きょろきょろできる余裕がでてきた。
なるほど! なるほど! こういうことね、
確かにもオシャレかも。
店もそうなんだけど、人がオシャレだ。
アニメキャラのコスプレみたいな、奇抜! って思える服が目に入って来るんだけど、みんなビシとかっこよく着こなしてる。
でも、そういうファッションで霞が関を歩いてたら、ただ奇抜なだけかもしんない。
きっと、この街に奇抜さを許す空気があるんだと思う。
ほら、あそこのメイドさん? ゴシックロリータ? そういうの詳しくないからなんて名前のファッションなのかよくわかんないけど──。
──よくわかってる。
白色の丸襟ブラウスに真っ黒な膨らんだスカート。
あっちこっちにフリルやリボンがついてる服を着た背の低い女の子を私は知っている。
見間違えるわけがない。彼女は──小池亜季だ。
咄嗟にはどうしたらいいのかわからない。
いや、することは一つしかないのだけど、衝撃が強すぎて行動に移すことができなかった。
私は立ち止って、呆然と彼女を見つめる。
10秒くらいして、んっ、と鼻を鳴らして小池亜季は顔を上げた。
びっくりしたって顔で私を見つめて、「──川原敏江」と私の名を呼んだ。
小池亜季は私の友人を3人殺した魔法少女だ。
──竹下通り遭遇戦スタート。
・
富山県大山町の下滝中学校でほぼ同時に5人の魔法少女が誕生した。
地魔法の原史子。
水魔法の津原萬里。
火魔法の大槻ゆん。
風魔法の冲方ヒサエ。
光魔法の私、川原敏江。
私達は『魔法少女同好会パリット』を結成した。
みんな、戦闘系の魔法少女じゃなかったし、身の回りでネクロノミコン騎士団関係の悪の組織が攻めて来たりとか、そういうこともなかったので、危険な活動は一切しなかった。
非日常が来るってことは全然なかったから、日常の延長線上の活動ばかりしていた。
活動内容は、まず迷子になった犬の捜索。
体育祭の応援合戦を魔法で盛り上げる。
商店街のお祭りのお手伝い。
用水路の掃除のお手伝い。
水不足解消のお手伝い。
そんなことをして楽しく活動していたんだけど、転校してきた闇魔法を使う小池亜季を『魔法少女同好会パリット』に迎え入れてから、おかしくなってしまった。
少しの歪みが、大きな亀裂を生み出して……。
結果として、原史子、津原萬里、冲方ヒサエが死亡。
大槻ゆんが『魔法庁特別収容所』に収容される、という結果を生み出してしまった。
──惨劇の原因は小池亜季。
彼女が闇魔法でみんなの心を操って、この惨劇を生み出したのだ。
私が無事だったのは、彼女の闇魔法と対になる光魔法を使えたからだ。
私だけが、彼女に心コントロールされなかったのだ。
事件の後、彼女は逃亡して行方不明。
私は魔法庁所属の魔法少女になって小池亜季を追っていた。
事件の捜査の過程でわかったんだけど、小池亜季は闇堕ちした魔法少女だったのだ。
そう。
人々に不幸を撒き散らし、私達と敵対する魔法少女。
私達の、私の、宿敵。
・
少しの間、私達は無言のまま向かい合っていた。
小池亜季は不安そうに、キュッと体を縮ませて、私を見つめる。
「ぐっ、偶然ってわけじゃないれしょ?」
二年ぶりに会ったけど、相変わらず舌足らずな可愛い喋り方をする。
私はピコピコと肩を上下させて、
「完全に偶然だよ」
本当に偶然。こんなことが起こるなんて考えてなかった。
「そっ、そっ、そんなわけにゃい。偶然でこんな出会いあるわけにゃいもん」
「もし尾行してたなら、こんな人混みで会おうとはしないよ」
「……そうりゃろうけど。
おまえは原宿なんかに来る奴じゃないだろ?」
「仕事がない日に原宿に来るのって、そんなにおかしいことじゃないと思うけどね」
はじめて原宿に来たんだけど、気合で負けないように強がって言う。
「おまえが休みの日に行くのは、池袋とか中野とかだろ。原宿とか渋谷の方には来ないりゃろ」
「その通りだけども! 事実をそのまま言うのって時には罪になるんだからね?」
「あたしを尾行したんでにゃかったら、なんでここにいるんだ?」
「……昔、パリットのみんなとさ、いつか原宿に行ってみたいね、って話をしてたの急に思い出したの。アレ、その話をしてた時、こいけっちもいたよね?」
「……そんなの覚えてるわけない」
どこか気まずそうに小池亜季は言った。
……これは覚えてるって顔だな。
いろいろあったし、これ以上はないってくらい最悪な結果になったけどあの頃、小池亜季も青春してたもんな。
「パリットのみんなの代わりに私が行っておこうと思ってさ。
でも、こいけっちが来てたなら私が来る必要はなかったかな」
「あたしはみんなのためにここに来たわけりゃないから。ただ、ここだと好きな服を着ても目立たないから来てるだけだから」
「そっか。あっ、んじゃ、こいけっちはよくここに来てるんだ?」
「そうだよ。もう、ここに来るのは最後だけどね。魔法庁に情報を流すりゃろ」
顎を引いて、警戒してます、って表情で私をにらみつける。
「まー、黙ってるってわけにはいかないかな。
それはそれとしてさ、パリットのみんなのこと思い出して原宿に来たら、こいけっちがいるなんて凄い偶然」
「ひっ、……ひふっ。ひひひひひっ」
小池亜季が低く笑う。
その声には威圧の成分もふくまれているけど、基本的には恐怖を紛らそうとしている笑い声だと、私は判断しました。
──小池亜季は私に怯えている。
「ひふふふっ。ここでやるのか?
ここで変身してバチバチやりあうにょか?」
「まさかー。やだな、こいけっち。こんなとこで魔法少女同士がやりあったら、大変なことになっちゃうよ。建物を壊しちゃうし、怪我人だって出ちゃう」
「りゃったら場所を変えりゅ? ……明治神宮か代々木公園に移動する?」
「あはっ。
こいけっちも被害の程度を気にしたりするんだ?」
笑顔のまま、思う。
──私の仲間を3人も殺したのにそんなの気にするんだ?
小池亜季は平坦な声で言う。
「するさ。本気で好き勝手に暴れたりゃ、魔法庁に本格的に目をつけられて、行動に制限がかかりゅからな」
「心配しないで、こいけっち。私は休みの日に働くほど真面目じゃないんだ」
「んじゃ、あたしを見逃してここで別れるってこときゃ?」
「パリットのみんなのこと思い出したら、こいけっちと会ったんだもん。凄い運命だよ。だから、デートをしよう。こんな機会、滅多にあることじゃないよ」
「はぁ? 何を言ってるんだぁ?」
「だってさ。本当ならここで私はこいけっちを捕まえなきゃいけない。だけど、こんな人混みで暴れるわけにはいかないもん。どうせ、戦うことなんかできないんだから、昔みたいにデートしようよ」
「おまえ、本気で言ってるのか?」
「いいじゃん。しようよ、デート。女の子デートしよう。してくんなゃ、私、暴れちゃうし、仲間を呼んでこいけっちを徹底的に追跡しちゃうぞ!」
そう言って私は両手を空に向けるポーズをビシッと決める。
「パリットデートしちゃいませんか?」
小池亜季は冷たい目で私をじっと見る。
「あれ? 久しぶりに会ったのに、一緒にポーズを決めてくれないの? やろうよ」
「…………そんな恥ずかしいこと誰がすりゅか」
「ぶー、そんなこと言ってもさ、学園祭の時は一緒にやってくれたじゃん」
「ッ! そんなの忘れた!
っていうか、おまえさ。なんで私を攻撃しないんりゃッ?
いい加減にしろよ!
3人を殺したのは大槻ゆんだけど、そういう状況を作ったのはあたしだって知ってりゅんだろ?」
「えっ? 復讐した方がいい?」
「普通はするだろ! かかってこいよ。こっちはいつだっておまえにやられる覚悟はしてんだよ。
生き残ったおまえはそれをするのが普通りゃろ」
「……うん。でもさ。
こいっけちにも理由があってやったことなんでしょ?」
「あっ、あたりまえりゃ。
理由なく人を殺せるわけないから」
多分だけど、三人を殺したのにはそんなに深い理由があったわけじゃない。
私達が特別だったわけじゃなくて、これから起こる戦争の為に、魔法少女の数を少しでも減らしておきたいから殺せ、って命令されたからなんだと思う。
──生き残った私も小池亜季も、誰かにとって重要な存在じゃない。
私達のどちらかが、もしくは両方が、今、この国で起きている魔法戦争から脱落したとしても、大勢に影響はない。
そう考えると──。
「偶然の出会いだよ。パリットのみんなこと思い出していたら、こうなったんだもん。私は今だけでも、パリットの時の気持ちでいたいな」
「あたしはそんなこと思わにゃい」
「だとしても、無事に帰りたいなら、こいけっちは私の言うこと聞くしかないと思うんだけど、どう思う?」
小池亜季は舌打ちをして、
「ちっ。
……デートって何をするんりゃ? 少しだけだからにゃ」
「わーい! やったー!」
「だから! 少しだけなんだかりゃな!」
「んじゃ……。えっと、えっと」
私は周囲を見回して、
「あっ! あれ! あのすっごい長いポテト。あれ、なんていうの?」
らせん状になったジャガイモを串にさして揚げた食べ物が売ってる。
マジで長いッ! 1メートルくらいあるんじゃないかな。
「んっ? あれはトルネードポテトりゃな」
「あんな面白い食べ物、富山にはなかった」
「道の駅で売ってた気がするけど……」
「そうかもしれないけどあんな長くはなかった! 絶対!
買う! あれをデートのはじめとするよ。
私のおごりだ、こいけっち!」




