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番外編2 有川朔実(下)

 重苦しい沈黙。まるで、空気が透明な樹脂になってしまったかのようだった。指先を動かすのにさえ気合いを入れないといけない。


 なんてことを言ってしまったのだろう、とは思うけど、言うためにボクはここに来たんだ。


 もう一度、繰り返す。


「強姦したい」


 ムーンライト・グリーンは全身を硬直させたまま頬にひきつった笑みを浮かべた。


「え? なんて言いましたか?」


「強姦したいです」


「……ご、うかん?」


「強姦です」


 ムーンライト・グリーンは踊るみたいに両手をばさばさと動かして、どこか力の入っていないファイティングポーズを取った。


「ごっ、ごっ、ごっ、ごっ、強姦って、その……あの。むっ、無理矢理、性行為をするって意味の強姦ですか?」


「それ以外に強姦の意味なんかないですよ」


「なっ、なんで、そうなるんですか。どっ、どうして、私なんかを……。そっ、その、割ともっさりとしているし、えっと……その、むっ、胸やお尻が大きいわけでもないです! 変身しても、そこがアップするとか、そういうの、なっ、ないですし」


「外見なんかどうでもいい!」


 ボクが怒鳴るように言うとムーンライト・グリーンは、ひっ、と短い悲鳴を上げて後ずさった。


「あなたはみんなを救うためにがんばっているんですよね?」


「はっ、はひっ」


「そういうあなたが隣に住んでるんだから、どうしたって意識してしまうじゃないですか。ボクは有川朔実さんの泣き声を聞いたんです。あんなに辛そうだったのに……。それでもがんばっているあなたを尊敬しているんです。敬愛しているんです」


 どんどん、気持ちがたかぶってくる。


「みんなの為に身を削って戦っているあたなにとって、ボクは守るべき存在ですよね?」


「えっ? いや、あの……。その、もし、私にしか解決できないことがあるなら、その時はそうします。でも、上から見下ろすような立場でいるつもりはないです」


「そんなこと言ったって、いざという時、ボクは守られる存在ですよね」


 ムーライト・グリーンは三つ編みを揺らして首を振って。


「私はあなたに守られているとも言えるんです。だって、私を尊敬してくれてるって言ったじゃないですか。そういう気持ちで、私は強くなれますから」


 ただ守っているわけじゃないって立場に彼女は必死に固執する。きっと本気でそう思っているのだろうけど、その立場から離れたら、それをきっかけにボクが襲って来るとでも思っているのかもしれない。


 僕は興奮してしまいそうな声を抑えて、静かに問う。


「守るべき存在に強姦されるのって最悪じゃないですか?」


「強姦は全部、最悪だと思います」


「守るべきだったものに踏みにじられるのって、ひどい気持ちになると思うんです。ここで、ボクに強姦されたとしても、敵が現れればあなたは戦うんですよね」


 ムーライト・グリーンは大きく喉を鳴らした。


「ひどいめにあって、それでも戦うあなたの健気な姿を想像したら、ボクは強姦するしかないって思ったんです」


「い、意味が全然わかりません!」


「ただの高校生でしかないボクに、強姦されて……その屈辱をみんなに気づかせないようにふるまうあなたの姿を想像したら、たまらない気持ちになるんです。ドキドキするんです」


 そうだ。


 ──あの夜の悲痛な声。


「あんな声を響かせてもみんなのために戦うような気持を持つあなたは、ここでボクに強姦されて、泣いて……それでも戦いに行くべきだと思うんです」


「べっ、べき……なんですか?」


「守るべきものに犯されて、絶対に消えない心の傷を受けて、それでも立ち向かう。それが、あなたの生き方なんです。それが美しいんです」


「かっ、かっ! 勝手な事を言わないでください。滅茶苦茶な事を言ってますよ」


 ボクは肩に刺さったままだったナイフを抜いた。


 ムーンライト・グリーンは再び「ひっ!」と短い悲鳴を上げた。


 肉の中で血が溜まっていたのか、ぴょろぴょろと、十五センチくらいの高さまで噴き上がったのだ。


「服を脱いでください」


 ムーンライト・グリーンは、ぐっ、と下唇を噛んでから、


「あなたは戦闘系魔法少女のこと何も知らないんですか? あなたを制圧するなんて簡単なんです。ナイフくらいで、魔法少女に勝てると思ってるんですか?」


「わかってますよ。だから、見た通りナイフはボクを傷つけるためのものなんです」


「あなたが、どれだけ自分を傷つけたって私にダメージはないです」


「嘘だ。悲鳴を上げたじゃないですか。あなたはボクが傷つくのに──いや、僕に限らず市民の誰かが傷つくのに耐えられないはずだ」


 そういう気持ちを持っているのが魔法少女だ。


 ボクは自分の喉にナイフを当てる。


 ──みんなを守りたい。強姦されたとしても守りたいって気持ちがあるはずだ。


「死にますよ。本気です。服を脱いでください」


「ッ! やっ、やめましょう。まだ何もなかったことにできます」


「ボクにそんなつもりはないッ! 服を脱いでください。これから、ボクに強姦されるために服を脱いでください」


「いっ、嫌です!」


「だったら、ボクはこの場で死にます。それでもいいんですか?」


「なっ、なんで? なんでそうなるのか私、わかりません」


「傷ついても戦うあなたが見たいからです」


「だから、どうしてそんな私を見たいんですか?」


「わからない。でも、それが正しいありようだと思うんです。ボクは正しいことをしたいだけなんです! 服を脱いでください」


 そう言ってナイフに力を込めた。ぷちん、と薄皮が裂ける音がして、切っ先が喉元に微かに刺さった。


「やっ、やめてください!」


 彼女の言葉に引っ張られるようにナイフを戻す。ぽと、ぽと、ぽと、と傷口から血が流れる。


「やめろ、って言うんだったら服を脱いでください。ボク、本気で死にます」


 ムーンライト・グリーンは今までで一番、大きな音をたてて、生唾を飲むと、背中に手をやった。


 かちっ、かちっ、とチュチュのフックが外れていく音が響く。


「脱ぎます」


 すとん、と大きなチュチュが落ちて、下着姿になる。


「じゃ、次は……」


 ボクが命令する前に、ムーンライト・グリーンは下着を脱ぎ始めた。


 無言でパンツを脱ぐと、ぶんっ、とボクに向かって放り投げた。


「えっ?」


 ボクの顔の横を高速で進んだパンツは、エアガンを撃ったような音をたてて壁にぶつかった。


 振り返る。


 パンツが張り付いたまま落ちてこなかった。壁に減り込んでいるのだ。


 ……どれだけの力で投げたんだ? これが魔法少女の力なんだ。


「キミが言っていることの意味、実は私も少しだけわかるんです」


「えっ?」


「あるフランス文学者の言葉を知ってますか? 『僕の中の魔法少女は聖女であり娼婦である』だそうですよ」


 ムーンライト・グリーンは、カッ、と喉を鳴らした。


「本当に気持ち悪い言葉だし、迷惑です。だけど、本当のことを言えば私だって、その気持ちわかるんです」


 大きく息をすると、堰を切ったように喋り始めた。


「自分で言うのも変ですけど、美しいモノって壊したくなりますもんね。それって、私自身もそうなんですよ。わかります、私もですよ。私は私を壊したいなって思うんですよ! 割と頻繁に!」


 どんっ、と足音をたてて、半裸のムーンライト・グリーンがボクに近づいてくる。


「もういっそ、壊れてしまいたいって思うことあります。それってね。とっても甘い誘惑なんです! 一生懸命やっているのに、あなたみたいな人が現れる! 好奇の視線にさらされる! なんで? なんでなの? ただみんなのために戦っているだけなのに! 私、美しくなんかない! 美しくなくていい!」


 だんっ、と畳を踏んだ瞬間、地震でも起きたかのようにアパートが揺れた。


「きっとね! きっと! キミに強姦されて、それでもみんなの為に戦う私は美しいんだと思いますよ!」


 ぶわっ、ぶわっ、と長い三つ編みが蛇のように動く。


「くそったれ!」


 彼女の目から涙がポタポタと落ちる。


「ドアホが! キミが自分のナイフでどれだけ傷ついたってどうでもいい! どうでもいいのに!」


 彼女は眼鏡を外して、机の上に置くと、バンッ、と畳の上に大の字になった。


「どうでもよくないってわかってるんです。もっと賢い方法があるはずなのに、私にはわかんない。……本当にどうしたらいいのかわかんないから、だから……壊せばいいじゃないですか」


 しゃくりあげて、泣く。


「壊れたいって思ってたんだ。こんなの、日々が壊れるのが先か、私が壊れるのが先かなんですよ。だったら、もう、私を壊して! くっそー! なんで私なんだ! なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、私なんだ!」


「なんで、有川朔実さんが魔法少女に選ばれたのか知っているんですか?」


「知るわけないです! でも、私なんだからしょうがないじゃないですか。私が私であることを受け入れないと立ち止ったままになっちゃいますもん。魔法少女になるのを断れなかった私がいて、戦いの日々に疲れて壊れたいって思っている私がいて、壊したいって思うキミが現れたんです。だから、もう壊してくれ!」


 ムーンライト・グリーンは両手で顔を覆った。


「壊してください。強姦してください。絶対に消えない傷を残せばいいじゃない。それでいいよ、もう。そしたら、私は壊れる。壊れればもう、こんな日々を過ごさなくていい。私は自分のこと知ってるんです。壊れない限り、真面目に魔法少女を続けなきゃいけない。だから、壊してください」


「もう、いい」


「……はぁ?」


「もう、いいです。ムーンライト・グリーン。なんか、その……」


 ボクはナイフを鞘に戻して、ポケットの中にしまう。「つまんなくなりました」


「……何を言って?」


「だって、ボクは強姦されても健気な姿を見たかったんだ。そういうのがいいと思っているのに……壊れると宣言するなんてがっかりだ!」


「きっ、キミは私をこんな姿にさせて、それで……こんな気持ちにさせて、そんなこと言うんですか? ふっ、ふざけないでください!」


「しないです。ボクはしないです。急速に興味を失いました。がっかりです」


「はっ、ははははは……」


「何がおかしいんですか?」


「ガッカリなのはこっちですよ。怖気づいただけなんでしょう? パンツを投げられた時にびびって、魔法少女に組み伏せられるのが恐くてできませんって言えばいいのに~」


「そういうんじゃないですよ。本当に興味を失っただけで……」


「言っておくけど、私に壊れる気なんか少しもないですから。キミがしやすいように私が求めてるみたいな感じて嘘をついただけ。そしたらやりやすくなるでしょ?」


「なんで強姦させようと思ったんですか?」


「私は戦闘系の魔法少女です。普通の人よりずっと強い力が出せる。だから、あそこでキミのを潰してやろうと思ったの」


「一般市民には手を出さないのでは?」


「魔法少女を強姦しようとする人なんて広義ではネクロノミコン騎士団の仲間でしょう」


「とにかくボクはやる気をなくしました。ご迷惑おかけしました。帰ります」


「言っておくけど魔法庁に連絡しますからね。逮捕されますよ。覚悟していてください! 魔法庁の人達には逮捕権ありますから! すぐに来ますよ!」


「わかってますよ、それでいいですよ。そのくらい覚悟してます。とにかく、興味を失ったんです」


「ッ! 死ねッ!」


「これからも、がんばってください」


「死ねッ! おっちね! 死ねぇぇぇぇえぇぇぇえぇえぇぇぇ!」


 彼女の叫び声を聞きながら、ボクは部屋に戻った。


 心臓がずっとドキドキしている。


 こんなに、こんなにうまく彼女傷つけることができるなんて思わなかった。


 歯を噛みしめながら消毒液をさがしている時に隣の部屋からすすり泣くような声が聞こえて来た。


 きた。

 きた。

 きた。


 ──なんで?


 この声が聞きたかったんだ。


 なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?

 なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?

 なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?


 ぞぞぞぞぞっ、と歓喜が背筋を駆け上がる。


 スマホで録音しながら股間に手をやる。


 ──この声じゃないとダメなんだ。


 なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?

 なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?

 なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?


 股間がガチガチに硬く熱くなっていた。

 風が吹いただけで、達してしまいそうになっている。


 魔法少女のこの苦悶に満ちた声をボクはもう一回、聞きたかったんだ。


 この声で、もう一回、イきたかったんだ。


 この声が好きなんだ。


 この声のためなら、なんでもしたいって思ったんだ。


 なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?

 なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?

 なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?


 女の子の苦悩の声が一番、ヌけるんだ。


 逮捕される前に何回、イけるだろう、って考えていた。

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