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4章 兆し。その3 大槻ゆん『焔霧の魔女』再び(下)

──えっ? うわっ? こっ、ここはどこですか? あれは?


「気づいた時、僕は大槻ゆんに抱えられて宙に浮かんでいた。眼下には爆弾を落とされたかのように崩れた『魔法庁特別収容所』があった」


大槻 あんなことがあったのに、咄嗟にICレコーダーを掴んで離さないなんて凄いね。


――魔法少女達の声を記録するのが僕の仕事ですから。そんなことより、大槻さんは飛行できたんですね。


大槻 ボクは火の魔法だけじゃなくて、風の魔法もある程度は使えるからね。そうじゃないと、焔を霧のように広げることはできないんだ。


──僕を抱えて重たくありませんか?


大槻 心配しないでいい。渡辺さんの体ごと魔法で浮遊させているんだ。筋肉を使っているわけではないから、これはそれほど疲れる行為じゃないんだ。


──わかりました。ところで、どうして『魔法庁特別収容所』が崩れてしまったんですか?


大槻 ボクと須藤玲子が長期間、垂れ流しにしていた魔力が一気に開放された余波だ。

 奇跡を起こすのに、不必要だった分の魔力が爆発に変異して解放されたんだよ。

 ……渡辺さん。おめでとうと言ってもいいのかな?


──おめでとう? あっ……。奇跡は……あの、奇跡は……。奇跡は? 奇跡は起こったんですか?


大槻 うん。

 ……奇跡は起こったよ。


──僕は魔法少女になったんですか?


大槻 なったよ。


──僕が魔法少女に……。


大槻 ふふふふっ……それが渡辺さんの理想な姿だったんだね。渡辺さんの面影は残っているいるけど……。

 可愛らしい魔法少女に変身しているよ。


──僕が可愛い魔法少女に……あんっ!

 ッ! くっ! ……あっ。ふあっ、ンンンッ! うくっ。あっ、はっ……。ンンンッ!


大槻 どうしたんだい? 大丈夫かい? どこか痛むのかい? 浮遊する前に、何かにぶつかったのかな?


──んあっ、ンンッ! かっ……あっ、はっ、かた、が……。あんっ! はっ、ああっ……かっ、かたが……。あっ、ンンンッ! かっ、かたじゃなくて……。あっ、んくっ、ふっ、はっ……かた、のさきが、いっ、いたい……くっ。いっ、いたい、です。


「肩から先の空間。そこに体は存在しないのだが、まるでそこに肉体があるかのような痛みがあった」


大槻 大丈夫だよ。魔法痛マジックペインだ。魔法少女はみんなそれを経験しているんだ。


──あんっ、あっ……。はぁはぁ、魔法痛マジックペインですか。はっ、んッ! そっ、そういえば……聞いたことが、はぁはぁはぁ……あっ、んッ! あっ、あります。


大槻 その痛みは、魔法少女になった証だよ。


──んっ、あっ……はぁはぁはぁ、この痛みが……。魔法少女になった証なんですね。あんっ、あっ…………。今まで感じたどんな痛みとも違います。どうやって、あっ……はっ、はぁっ、ンンッ! どうやって、がまんしたら……いいのか、わからないんです。あんっ!


大槻 心配しないで。

 一気に魔力が全身に流れ込んだから痛むのだと思う。少したって、魔力が体に定着したら落ち着くと思う。

 それまでは、ボクが撫でてあげるから。


──そっ、そんなこと。


大槻 遠慮しないでくれ。ボクは渡辺さんの伝道師カテキスタなんだ。


──んっ、あっ……はぁはぁはぁ、ありがとうございます。んっ。あっ…………はぁはぁはぁ。


大槻 くすくすくす、そんな可愛らしい声を出しちゃって、恥ずかしくないのかい?


──いじめないでください。痛いだけなんですから。はぁはぁはぁ、んッ! あっ、はぁはぁ……。えっと、その……僕の声は可愛いんですか?


大槻 聞いていて鼓膜が喜んでしまう、少女の可愛い声だよ(笑)。


(大槻ゆんは、5分ほど僕の肩を撫で続けた)


──ありがとうございます。大丈夫です。もう痛みは引きました。


大槻 そうかい。それじゃ、そろそろ降りようか。


(そう言って彼女は僕を抱きかかえたまま崩れた校舎の上に降りた)


大槻 多分、ここは大きな鏡のあった手洗い場の辺りだから……。あった。ほら、小さいけど自分の顔を見ることくらいはできるだろう。


(彼女は瓦礫の中から見つけ出した鏡の破片を僕に渡した)


――……ッ!


(鏡に映った僕はどう見ても完全に少女だった)


──本当に、僕は魔法少女になってしまったんですね。


(白色と黒色が複雑に入り混じった特徴的なチュチュを着ていた。その姿は明らかに魔法少女だった)


大槻 くすくすくすっ。

 あそこに手をやって、あるのかないのか、確かめなくていいのかい?(笑)


──えっ? えっと、その……大丈夫です。その……さわらなくても、ないってわかりますから。女の子になったんだって、わかります。


大槻 そういうものなんだ。……胸がボクより大きいな。


――いえ、あの……。


大槻 別に渡辺さんの好みに文句をつけるつもりはないよ。


──はっ、はい。


大槻 渡辺さんは、少女にも胸の大きさを求めるんだ、と思うだけだよ。


──そっ、そういうつもりはありません! 胸の大きさで女の人を判断するつもりはありませんか。


大槻 まぁ、好みはいろいろあるだろうから、これ以上は言わないでおいてあげるよ。


──……あっ、ありがとうございます。僕はどのような魔法が使えるんでしょうか?


大槻 試してみないとわからないけど、光魔法と闇魔法を使えるんじゃないかな。


──どうしてわかったんですか?


大槻 服を見れば想像できるさ。水魔法を使うのに、赤い服で身を覆っている魔法少女はいないからね。


(大槻ゆんは空を見上げて独り言のようにつぶやき始める)


大槻 みんなごめん。本当にごめんなさい。

 わがままばかり言ってごめん。

 ボクは『パリット』を抜ける。そこじゃない場所でボクは戦うことにしたんだ。

 そう決めたんだ。


(大槻ゆんは、僕に視線を戻し、手を差し出す)


大槻 渡辺さん。

 はじめて会った時から運命を感じていたんだ。

 ボクと一緒に戦ってくれないか?


──ボクでよければ……。お願いします。


大槻 ……ありがとう。

 さて、2人のグループ名を決めないといけないな。 


――ちょっと待ってください。その前に、瓦礫の下にいる須藤さんを助け出さないと!


大槻 この程度の爆発に巻き来れたからといって、あの女が傷つくとは思えないけどね。


──もしそうだとしても、もしかしたら、怪我をしているかもしれないじゃありませんか。


大槻 ……ボクの勘違いだといいのだけど、渡辺さんは彼女も仲間にしたいと思っているかい?


――仲間というのは考えたことありません。というよりも、これからどのように活動するかを考える余裕はまだありません。とにかく今は須藤さんを探しましょう!


大槻 渡辺さん……。先に言っておくけど、何をしても彼女は闇に捕らわれたままかもしれない。


──大槻さんがそう言うならそうなのかもしれません。でも、彼女を助けようという誰かの気持ちがなければ、彼女は救われないままになってしまうかもしれないじゃありませんか。


大槻 その誰かが、渡辺さんなわけかい?


──僕である必要はないと思います。でも、僕が試してもいいんじゃありませんか?


大槻 はぁ……。

 まったく、あの女が混じると複雑な三角関係になりそうだ。


――そんな冗談を言っている場合では……。


大槻 別に冗談のつもりはないんだ。

 ……魔法少女になって性別まで変わったのに、順応が早いんだな。

 そういう発想や行動は、もうすでに魔法少女のものだよ。


――……そうですね。

 魔法少女達が愛や勇気や正義を躊躇いなく口にする理由がわかった気がします。

 体の奥底からそういう気持ちが沸いて来るんですね……。

 大槻さんが胸は痛むためにある、と言っていたのがよくわかります。

 って、そんなことより早く瓦礫をどうにかしないと。

 魔法でそういうことって、できないんですか?


大槻 ボクの魔法だと無理だね。霧状の焔で須藤を蒸すことなら簡単にできるんだけど。


──だから、そんな冗談を言っている場合では……。


(突然、大量の瓦礫が跳ね上がった)


須藤 ファック!


(埃まみれの須藤玲子が仁王立ちで現れた)


須藤 ファック! おまえらに助けられなくても、俺はこのくらいなんてことないんだぜ。

 俺を誰だと……ッ! えっ?


(須藤玲子はまじまじと僕を見つめた)


須藤 あ、あんた渡辺さん……だよな? ファック!

 渡辺さんの妹とかじゃないなんだよな? 雰囲気があの時のままだ。


――はい、僕です。よかった、無事だったんですね。


須藤 はっ! 渡辺さんは無事じゃなかったようだな。男が魔法少女になるなんて話は聞いたことないぜ。ファック!


――でも、なってしまったんです。大槻さんと須藤さんが長い期間、放出していた魔力を利用したんです。だから、僕がこうなれたのは、須藤さんのおかげでもあるんです。


須藤 ふんっ!

 まったくあの空間は嫌なことを起こしそうだったけど、こんなファッキン狂った奇跡を起こしちまうとは……。

 まったく、おかしな話もあるもんだぜ。


大槻 くすくすっ。渡辺さんが男のままの方がよかったか?


須藤 おい、コラ! そこのファッキンヤンデレ、オラッ。

 勝手に話しかけてんじゃねーぞ。言っておくけど俺はおまえらと馴れ合うつもりはないぜ。


大槻 ……ツンデレか。


須藤 あん?

 そういうおまえはファッキンサイコ野郎だろ? 顔に病的な女ですって書いてあるぜ。言っておくけどオメーみたいな不思議ちゃんは大っ嫌いだ!


大槻 ボクだって、わざとらしく粗暴に振舞う人は好きじゃない。


須藤 おいおい、俺は自由になったんだぜ。

 その意味、ファッキンわかってるのかよ?

 俺はおまえの敵だ! 新しい戦争は、もう始まってるんだぜ!


大槻 ……いいよ。さっそく、はじめる?


──待ってください!


須藤 ファック! 俺は解放されたんだ! 誰の指図も受けないぜ! 黙ってるんだな、渡辺さん。


──須藤さんは人を殺したことに、罪の意識があるんですよね? だったら僕と大槻さんと一緒にチームを組みませんか? 元の場所に戻ったら、また罪を重ねるだけのことになってしまいます! そんなこと、須藤さんも望んでいないはずです!


須藤 ファックオフ!(失せろ)


──忘れ物です!


須藤 忘れ物だと!


──忘れ物をしていけって、須藤さんは言いましたよね?


須藤 ……ッ! そっ、そっ、そっ、そんなことを言った覚えはないぜ!


――僕の忘れ物は須藤さんです。


須藤 ……ッ。くっ、く~~~~ッ!

 ふぁ、ファック! 

 それ以上、恥ずかしいことを言うんじゃねー!

 そうだ、渡辺さん。俺と一緒に来ないか? 男が魔法少女になるなんて歪んだ現象を起こしたんだ。アカシックレコードにアクセスする条件を満たしているかもしれない。


大槻 ふざけるな。そんなのボクが許さない!


須藤 その服を見た所、闇魔法も使えるんだろう? 闇魔法は悪堕ちしやすい属性だ。

 可愛がってあげるぜ、渡辺さん。


大槻 ボクがそんなことを許すと思うか?


須藤 ファック! おまえには話しかけねーんだよ!


──2人ともやめてください! 須藤さん。僕は悪堕ちするつもりはありません。その条件も満たしていないと思います。だって、僕は誰にも死んでほしくないって思っていますから。


須藤 ファック!


──悪堕ちから回復した魔法少女だっているんですよ。須藤さんもきっと……。


須藤 黙れ!

 人を殺した俺がおまえらの側に戻れるわけないだろうが!

 そもそも俺は、そっちに行こうだなんて微塵も思ってない!

 渡辺さんが、こっちに来るんだ!


大槻 渡辺さんが行くわけないだろう。


須藤 あん? おまえは渡辺さんの何を知ってるんだよ!


大槻 そっちこそ何を知ってるのか聞いてみたいけど?


──お願いですから2人ともやめてください。


(須藤玲子が力を入れて身を縮める)


須藤 ファック!

 はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ!


(詠唱を終えると同時に、大きな黒い羽根が彼女の背中に現れた)


須藤 ファック! 今日は見逃してやる!

 おまえらは敵だ!

 次に会った時は必ず倒して、悪堕ちさせてやるぜ!


──まっ、待ってください。


須藤 渡辺さん! 待ってな。いつか迎えに来てやるからな!


(須藤玲子は羽をはためかせて飛び去って行った)


大槻 ……ボクは渡辺さんと2人のチームだと決めていたのに、渡辺さんは浮気性なのかい?


──変な言い方をしないでください。


大槻 じゃ、ボクと渡辺さんのチーム名でも決めようか。


――そのことなんですが、仲間にしたい魔法少女がいるんですが。


大槻 2人っきりのスイートでキュートで倒錯的なグループにするつもりだったのに。まったく渡辺さんはどれだけ手が早いんだ?


――変な言い方はしないでください。


大槻 で、それは誰なんだい?


――それは……。


 須藤玲子が立ち去ると同時に、瀬名るいにインタビューした時に会っていた、高河純と雁うめの『ゴエーテイアズ』の2人が現れた。

 2人は今回のインタビューで何かが起こると予感していた二宮慶一郎に『魔法庁特別収容所』の監視を命じられていたのだという。


 僕と大槻は彼女らに連れられて、茨城県小美玉市にある『魔法庁』の施設『多目的魔法研究センター』に向かうことになった。


 電車を利用して3時間50分の移動である。


 しかし僕らはすぐに事件に巻き込まれてしまい『多目的魔法研究センター』にたどりつくのは172時間後……約1週間かかることになるのだった。


 事の顛末を語る機会は、また別の機会にしようと思う。

 その時は今回のように、外部からではなく、内部から魔法少女達の姿を語ることになるだろう。


 僕は自身の経験として魔法少女を記録する機会を得た。

 それが幸運なのが、不運なのか、今はまだわからない。


星空少女昴スバル』の奥泉りこは、魔法少女になったことを後悔していると語っていた。


『エンジェリックピーチ』の種村泉は、魔法少女になったことを後悔していないと語っていた。


 どのような魔法少女でも、魔法少女でいられる期間は限られている。


 魔法少女でいられなくなった時、僕は何を思うのだろうか?


 その時まで、いや、その時を超えても、僕は魔法少女達を見つめていたいと思っている。


 インタビュア/渡辺僚一

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