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4章 兆し。その3 大槻ゆん『焔霧の魔女』再び(上)

 天竜川駅で下車し『魔法庁特別収容所』に向かった。

 魔法少女達にインタビューを始めてから3度目の訪問である。


 今回の目的は1章の3でインタビューした、大槻ゆん、に再び会うことであった。


 そして、それは最初のインタビューの時、大槻ゆんに予言された通りの行動でもあった。


 彼女がこれから起こるだろう事件について、何か知っているのではないか?


 それを確認したかったのだ。


 もう一つ。


 自意識過剰だとは思うのだが、多くの魔法少女達に話を聞いていく過程で自分が何かに巻き込まれつつあるのではないか? という不安を抱くようになってきたのだ。


 前回のインタビューで大槻ゆんは、何かを隠すようにして質問に答えていた。


 長年の収監で精神に異常をきたしているのはあきらか……。

 それが、当時の僕が下した結論だった。


 しかし、そうではないのかもしれない。


 彼女のインタビュー音声を聞き返しているうちに、僕が知るべきことを、すでに把握しているのではないか? 

 そのように思えてきたのだ。


『魔法庁』の協力を得て、もう一度、大槻ゆんにインタビューをすることにした。


 インタビューは前回と同じく『魔法庁特別収容所』の3階にある2年C組の教室で行なわれた。


──失礼します。


(ノックをして教室に入った僕を見て、大槻ゆんは意味ありげに微笑んだ)


大槻 ほらな。ボクの言った通りになった。

 やっぱり、ここにまた来ることになっただろう。


――大槻さんはいつから気づいていたんですか?


大槻 落ち着くんだ。

 渡辺さんが何を知ったのか最初に聞かせて欲しい。

 どうせ渡辺さんはこれから混乱するんだ。


──混乱するんですか?


大槻 混乱しなかったらたいしたものだと思うね。


──わかりました。できるだけ冷静に話をさせていただこうと思います。


大槻 うん。


──『バルザイ戦争』はこれから起こる、何か、の隠れ蓑でしかなかった、という話を『ブラックウイッチ』の須藤玲子から聞きました。その話は本当なのでしょうか?


大槻 僕の意見は須藤玲子と同じだ。


――大槻さんはいつから、そのことに気づいていたんですか?


大槻 ここに収容される前からだよ。


──いったいどこで、そのことを知ったんですか?


大槻 須藤玲子にインタビューした時、アカシックレコードの話を聞かなかったのかい?


──聞きました。


「アカシックレコードとは、人類の活動情報が全て記録されているとされる存在である。予知や残留思念を読み取る能力を持つ魔法少女はアカシックレコードに接触しているのではないかという考え方もある」


「アカシックレコードにある、ホモ・サピエンスに滅ぼされ同化させられた祖先の恨みと復讐の願いにアクセスした魔法少女が、悪堕ちするのだと、須藤玲子は主張していた」


大槻 アカシックレコードのことについて喋るとは、須藤玲子はよっぽど人恋しかったのかな?

 悪堕ちした魔法少女は、そのことを口にしないんだ。


──どうしてですか?


大槻 秘密だからさ。


──秘密だからと言って語られずにいれるものですか?


(大槻ゆんは自分の胸を撫でながら、ため息をついた)


大槻 アカシックレコードにアクセスすると同時に心にロックがかかる、と言えばわかりやすいかな?

 話そうとすると、喉の奥で止まってしまうんだ。アクセスと同時に喋るなという情報を脳に埋め込まれてしまうらしい。


──そんなことが可能なんですか?


大槻 簡単だよ。渡辺さんは知ってるかな?

 脳に直接、強い光を当てるだけで一部の記憶が消去されてしまうという現象がある。

 ありもしない記憶を脳に刻むのは催眠術を使えばそう難しいことではないんだ。

 脳は割と簡単に操作できる臓器なんだ。


──ロックされたとしたなら、須藤玲子はどうしてアカシックレコードにアクセスしたことを喋ることができたんですか?


大槻 ロックを破壊するほどの強い想いがあったのだろう。究極的に言ってしまえば、どのような鍵だって力さえあれば壊せる。そういうことだよ。


──強い想い、ですか。


大槻 くすくす。魔法少女の想いの力は強烈だよ。普通の人間だったら、抱いただけで心が壊れるくらいの強い気持ちを持ってるんだ。


──須藤玲子の強い想いとは、具体的に何に対する想いなのでしょうか?


大槻 ボクにわかるわけがないさ。インタビューした渡辺さんならわかるんじゃないのかい?


「須藤玲子は終始、芝居がかった様子だった。もしかしたら、アカシックレコードについて話すには、あのような演技が必要だったのかもしれない」


大槻 あえて言うなら、あの女は強い罪の意識にさいなまれているだろ。


──強い罪の意識ですか。


大槻 詳しいことは知らないが、あの女は人を殺したことがあるんだろ? 人を殺したのはボクも一緒だから、気持ちはわかる。


──悪堕ちしていても、罪の意志はあるんですか?


大槻 ある。

 ボク達、魔法少女の心は繊細だからな(苦笑)。

 今までインタビューしてきて、そう思わなかったかい?


──思いました。


「秋山朔美と澁澤すくねは死亡したニーナ・イヴァノヴナ・ツルゲーネフのことを常に考えていた」

「真樹沢湖は死んだ魔法少女達について口にできない想いを抱えていた」

「谷川こずえは倒したカドゥルーへの好意を口にしていた」

「乙ひらくと乙なつみは五代真美を倒したことに複雑を感情を持っているようだった」


大槻 悪堕ちしていたとしても、罪悪感はあるよ。それから逃れるために、須藤玲子は渡辺さんを利用したのかもしれない。


──利用?


大槻 感情のはけ口にしたのさ。

 彼女には渡辺さんというはけ口が必要だったのかもしれない。

 そのために、強い想いでアカシックレコードのことを喋った……。

 罪の意識は、強い力を発生させるからね。


──罪の意識が強い力を、ですか。


大槻 罪の意識は自殺するだけの力を簡単に発生させるだろう。

 くすくす。もしかしたら、渡辺さんは須藤玲子の命を救ったのかもしれないよ。


──僕にはわかりません。ところで、どうして大槻さんはアカシックレコードについて喋ることができるんですか?


大槻 ボクも闇に捕らわれたけど、そこまで深くアカシックレコードにアクセスしたわけではないんだ。

 だから、強くロックされる前に、闇の手から逃れることができたんだ。それだけのことだよ。

 話していると前頭部に鈍痛が広がるけど、それだけのことさ。気にしないで質問を続けてくれていい。


――わかりました。ということは、大槻さんも『ネクロノミコン騎士団』の本当の目的を知っているんですか?


大槻 当然、知っているよ。


──確認します。『ネクロノミコン騎士団』が『バルザイ戦争』を起こしたのは、それを隠れ蓑にして、次の世代の魔法少女達を殺すことが目的だった、ということを大槻さんは知っていた、ということですか?


大槻 うん。そういうことを知っていた。


――知っていて、どうして黙っていたんです?


大槻 魔法少女になる可能性のある女の子を守る。

『ネクロノミコン騎士団』と戦争をする。

『魔法庁』がこの2つを両立させるのはどう考えたって不可能だ。

 魔法少女の数は多いわけじゃないんだ。

 もし、女の子を守る任務まで果たそうとしたら、日本は『ネクロノミコン騎士団』に蹂躙されていたに違いないよ。


──もしかしたら、そうかもしれませんが注意を喚起することくらいのことは、できたんじゃありませんか?


大槻 喚起してどうなる? 

 対処法がないんだ。パニックが発生するだけだ。

 須藤玲子でなくては、どの少女が魔法少女になるかわからないんだ。ボクにだってわからない。


──そうかもしれませんが、黙っている以外の方法はなかったんですが?


大槻 言っておくけど、ボクだってつらくなかったわけじゃない。


──スミマセン。言い過ぎました。


大槻 いや、渡辺さんがそういう気持ちを持っていると確認出来てよかったよ。


──それはどういう意味ですか?


大槻 その話はあとにしよう。

 とにかく、黙っていた責任はこの命に代えて取るつもりだ。


──命に代えてですか……。『バルザイ戦争』に参加せず、ここへの収監を望んだのは、永遠に14歳でいるためなんですね。


大槻 そう。

 ここにいれば全盛期の力を保ったままで、存在し続けることができる。

 だから、次の戦いのためにボクは、ここにいるんだ。


──そうだったんですね。


大槻 ボクはそれなりに強いよ(苦笑)。

 いずれ、みんなの力が衰える時が来るから、僕は力を保持し続けないといけない。そう判断したんだ。

 次の世代の魔法少女達を守るために戦う人が必要だろう?

 それになる、とボクは決めたんだ。


――そういうことだったんですか……。


大槻 まさかとは思うけど、渡辺さんは須藤玲子が言っていることの答え合わせをしに来ただけなのかい?


――いえ、そうではありません。


大槻 それなら、質問を続けてくれていいよ。


──僕は何かに巻き込まれつつあるのでしょうか? それとも大勢の魔法少女達にインタビューして自意識過剰になっているのでしょうか?


大槻 くすくすっ。

 まだ自分の運命に気づいていないなんてどうかしてるよ(笑)。

 気づかずにここに来るとは……それこそまさしく運命なのかもしれないね。


――どういう意味ですか?


大槻 運命だよ、渡辺さん。


──僕がこれからどうなるのか、大槻さんは知っているということですか?


大槻 うん。ここの結界のこと、前に話したよね。

 結界を壊す時どうするか知っている?


――普通はその結界を壊せるだけの攻撃魔法をぶつけると思います。


大槻 そう。ささえきれなくなるだけの攻撃魔法をぶつければいい。ここまで言えば普通は気づきそうなものだけど……。


──スミマセン。大槻さんが何を言おうとしているのは僕にはまだわかりません。


(大槻は人差し指を立てると、その先端に炎を灯した)


大槻 前にインタビューした時にも見せただろう? 結界は魔法を消すんじゃなくて吸収するものなんだ。今、ボクはここで魔法を使えている。


(炎が消える)


大槻 この空間はもう魔力で飽和状態なんだ。つまり、支えきれないほどの攻撃魔法を受けた時の状態に似ている。


──それは何を意味するんですか?


大槻 ここは魔力が異常なほど満ちた空間なんだ。

 もうすぐこの結界は弾けて壊れる。


──確認します。ラケットさんがこの校舎『魔法庁特別収容所』にかけた魔法は、魔法を消すのではなく、魔法を吸収する空間だったんですか?


大槻 そういうことだ。

 ボクと須藤玲子が生きているだけで無意識のうちに放出していた魔力で、この空間は満ちている。

 魔法の歴史に残ってもおかしくない濃度になっているはずだよ。

 つまり、ここでは奇跡に近い魔法を使えるということなんだ。


――奇跡? いったい大槻さんは何をするつもりなんですか?


大槻 まだそんなことを言うのかい? 奇跡を起こすのはボクじゃない。渡辺さんだ。


──僕が? どういう意味ですが?


大槻 どうしてメディアに協力的じゃない魔法少女達が、渡辺さんに心を開いたと思う?


――それは僕にもわかりません。答えを知っているなら教えて欲しいです。見ただけで僕のことを仲間だと言う人もいました。


大槻 渡辺さんには魔法神経がある。


――えっ?


大槻 渡辺さんは雰囲気……という言葉は正確ではないかもしれないな。

 とにかく渡辺さんが少女だったなら、間違いなく魔法少女になっていたよ。

 みんなそれを感じていたから渡辺さんに協力的だったのさ。なんだこうだ言って、魔法少女は仲間意識が強いものだからね。

 ……くすくすっ、同じ境遇の人間っていうのはどうしたって群れるものさ。


――……そうだったんですか。それは知りませんでした。


大槻 もうわかっただろう?


――何がですか?


大槻 これから起きる奇跡のことに決まっているよ。


──え?


大槻 奇跡は理由なく起こるわけじゃないんだ。

 奇跡が起こる状況だから、奇跡は起こるんだ。

 渡辺さん。『魔法庁特別収容所』とは奇跡を起こすための器なのさ。


──奇跡の器ですか。


大槻 己がどういう奇跡を望んでいるのか、自分の胸に問いかけてみれば答えはすぐにわかるだろう?


――己の胸に? 


大槻 渡辺さんはボクが思っているより鈍いようだ。


──……奇跡、ですよね? ……? ……ッ! え? もしかして!


大槻 ようやく気付いたかい?


──ちょ、ちょっと待ってください。それってもしかして! そういうことなんですか?


大槻 どういうことだと思ったんだい?


──僕は30前の男ですよ! そんなことがあるわけないです!


大槻 渡辺さんは大勢の魔法少女に話を聞いてきただろう?


──聞いてきました。


大槻 それは、魔法少女達が何を考えているのか?

 何を想っているのか?

 どんな人が魔法少女になれるのか?

 何をしなければいけないのか?

 どんな覚悟が必要なのか?

 そういったことを知るためだったんだじゃないかい?


──それはその通りですが……。


大槻 渡辺さんが魔法少女とは何かを知り、

 渡辺さんが魔法少女になるための旅だったんだ。

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