10話 人類侵略する生活
マリアが私とイベっちに現状を報告してくれた。
「教会や墓地など魔素の流れが特別なところではカニ玉の魔法も効きが悪いので、私が直接ネムリタケを成長させてきたんですよ、えっへん」
「なぁ泉。カニタマの魔法ってなんだ?」
「カミサマの魔法の事じゃないかなぁ」
イベっちとヒソヒソと確認しあう。
マリアはなんか魔界の神様を嫌ってるみたいなので、わざと言い間違えたのだと思われる。
ちょっと聞いてみよ。
「マリアって神様のこと嫌いだよね。なんで?」
「えっ……それはまぁ、その」
マリアは言いにくそうに口をモゴモゴする。
何があったんだろう。
「確かアレだよな。この女が魔王になったのはわりと最近で、魔界の神が人類侵略を命じたのはさらにごく最近……その辺が関係してんじゃないのか?」
「えっ? 名探偵イベっち、それ、どういうこと?」
むぐぐ、と口を少し尖らせたあと、マリアはもういいやって感じで喋り出した。
「そうなんですよ……なんの因果か私が魔王に選ばれちゃって……でも、なったからにはみんなが楽しく暮らしていける魔界にしようとがんばろうって決意するや否や、『人類侵略』ですよ! ふざけるなですよ!」
ド ォ ン ッ !!
マリアが怒りをぶつけるように関所の詰め所に元祖壁ドン(ようするに八つ当たりパンチ)した。
すると石造りの壁がぶわんっと波打ってガラガラララッと一瞬で詰め所は瓦礫の山と化しました。
「ヒェッ!?」
詰め所が崩れた事自体より、壁ドンした時にマリアから発せられた魔力で私もイベっちもひいた。
内心甘くみてたけど、彼女が本気を出したら私たちなんて血の詰まった水風船みたいに簡単にパチンっと弾け飛ばせると感じる。
いつもはニコニコしてるけど、やっぱり魔王だね。
超怖い!
「わ、私はッ……私の力で誰も傷つけたくなんかないのにッ……う、うぅうう」
「マ、マリア、落ち着いて」
「はぁはぁ……ぐすっ」
「な、泣くな泣くな。ほら、とっておきのアメやるから、な?」
イベっちはゴスロリ服のポケットからウサギさんの頭のカタチをした棒つきキャンディを出した。
「あ……かわいい。紅璃夢ちゃん、これ、もらっちゃっていいんですか?」
「く……本名を呼ぶんじゃ……いや、ああ、いいぞ。というか元々、アンタの城にあった食材で勝手にこしらえたアメだからな」
「ふわぁあ……こんなの初めてですよ。えへへ、食べるのがもったいないです」
ウチの魔王さま、可愛いものに目がないのかな。
ゴキゲンになってウサギさんキャンディをパクッとくわえた。
おや?
それをジーッと見てる暗殺少女ちゃん。
欲しいのかな?
「ほれ、いるか?」
気が利くイベっちはポケットからもう1つ、今度はネコちゃんの頭のカタチをしたキャンディを出す。
「あっ、えっと……えっと」
暗殺少女は私の方を見た。
え、なんで私を見るのか。
んー、なんかこういうシーン、ドラマで見た事あるな。
「えーっと……ほら、ありがとう。って言ってもらうんだよ」
「あっ、ありがとうお姉ちゃん!」
暗殺少女はニッコリ笑ってネコちゃんキャンディを受け取った。
知らない人から親切にしてもらう経験があんまりないのかな、このコ。
何やら保護者になった気分。
「おいしいですね~」
「うん。おいしいし、かわいい」
マリアと暗殺少女が微笑みあいながらアメをナメる。
ふぅ、なんとかマリアの気分も落ち着いたようだ。
「イベっち、いい仕事したね、グッジョブだね」
「まぁギルメン同士のいざこざの調停とかよくしたしな。これくらいはお手のモノさ」
ギルメンってなんだろう。
ラーメンと関係あるなら興味あるけど、イベっちの事だしネトゲ用語かなにかなんだろうな。
「というかイベっち、なんであんなかわゆいアメ持ってたの? 本当はやっぱり可愛いモノが大好きな女のコなの?」
「おい、それより魔王。アンタはこれからどうするんだ?」
「紅璃夢ちゃん、スルーしないでよ! クリームちゃん! 私にもラブリーなアメちゃんちょうだいよ!」
「うるせぇうるせぇ! クリーム言うな! あっちへ行きやがれ!」
ふぅ、つい調子にのってからかってしまった。
あー、でもこういうノリ、学生時代みたいで懐かしいなー。
「わらひら、ひろれららりらりろれ……ぷはっ、手薄なところの縄縛りを手伝って来ますね」
マリアがアメで口をモゴモゴさせながらヤク中みたいにワケの分からない事を口走った。
「前半、なんて言ったの?」
「『私は、人手が足りないので』」
そう言うとマリアは10本の指を巧みに操り、空中に魔方陣を100くらい一気に描く。
すると、その魔方陣の1つ1つから魔法のロープがニョロニョロと飛び出してヘビみたいに地面を這って、家々に向かっていった。
「あのロープが勝手に縛ってくれるって事?」
「はい! まぁ勝手に、といいますか私が遠隔操作するんですけど」
100本のロープを同時に操るってすごいな!
しかし、なるほど。
これならマリアだけでコボルト100人分以上の働きをするってワケだ。
「はいはい分かった……って事は領主の館には結局、私が行くのかー」
魔王軍総大将のマリアが来たからには領主の館攻略を押し付けようと思ったけど、確かに人口一万人以上は軽くいそうなこの街の住民を片っ端から縛るならマリアの尋常じゃない魔法の能力が必要そうだ。
街の住民を傷つけずに落とすって大変だな。
本来の戦争であれば見せしめに何人か、あるいは何百人か処刑したりして従わせるんだろうけどね。
そんな事やってたまるか。絶対に。
「まぁ、そう気負うなよ泉。領主の館もアンタ自ら胞子を撒いて来たんだし、結局みんなグースカ寝てるんじゃねーの?」
「んー。でも、あそこの衛兵さんたち、その辺の兵士より歴戦の猛者! ってオーラがあったんだよね。本当にみんな眠ってるのかちょっと不安で……ね」
特に衛兵の隊長さんみたいな人は凄そうだった気がする。
一人でも寝てなかったら、他の兵士も起こすだろうしなぁ。
あとリジッドさんもどうなんだろう。
人格に欠陥アリだけど魔術師としては優秀らしいし油断出来ないぞ。
「確かに警戒はすべきですね。ではヒナさんはオーク部隊を全員連れて館に向かってください。オークと言えばとんかつを想像するかも知れませんが彼らは手練れの騎士と同等の戦力がありますからね」
とんかつのくだり、いる?
「それはありがたいけど30人全員連れっても大丈夫? 人手が足りないんでしょ?」
「30くらいならなんとかなりますよ」
マリアは足をタンタンッと踏み鳴らすと足元にも新たな魔方陣が現れ、そこからもロープが次々と飛び出してくる。
おー、すごいな。
うん、これならライ君たちが抜けても確かに影響はないだろう。
たぶんマリアの負担が大きくなるんだろうけど、ここは素直に甘えよう。
「ありがとう、マリア」
素直に頼もしいと思った私は魔方陣に触れないように気を付けつつ、マリアの背中にゆっくりと腕をまわしてハグする。
「我が生涯に一片の悔い無し!」
マリアの体から青白い光が発せられ、光の柱が天空を貫いた。




