10話 人類侵略する生活
「ふむ。そろそろ頃合いじゃろう。行くがよいぞ、そなたら」
街の住民があらかた眠りに落ちたと判断したのだろうか。
神様が「いってらっしゃ~い」てな感じで私たちに小さな手を振ってきた。
「あれあれ、なんか他人事感出してない? 神様は街まで来ないんだっけ?」
「ワシの役目はネムリタケを成長させるまでじゃ。あとは自分たちでなんとかせぃ」
その辺に転がってる手頃な大きさの石に神様はペタンと腰かけた。
自分たちで、って……人類侵略の言いだしっぺは神様であって、ここにいるみなさんはぶっちゃけそんな面倒くっせー事したくないと思うんですけど。
はぁ。でもまぁ、いいか。
この仕事が終わったら今度こそようやくレベルアップ出来るだろうしね。たぶん。
街を一つ手に入れちゃったらすごいレベルアップして現実世界の私のステータス値もウナギ上りだよね、きっと。
あっ、そうだ!
現実世界に戻ったらお祝いにウナギ喰おう!
1パック1980円もするお高いヤツに甘クド~いウナギのタレをたっぷりかけて、やわらかごはんにのっけて一人で食してやるんだ。
俄然やる気出てきたぞ!
「じゃあ行こうか、マルバスさん。マルバスさーん?」
マルバスさんに号令をかけてもらおうと思ったのに彼の姿がちっとも見当たらないです。
「すいません、マルバスさん見ませんでしたか?」
「将軍ならアチラですワン」
近くにいたコボルトさんに尋ねると、スイッと向こうの方を指差した。
その指の先には茂みから顔だけ出してるマルバスさんのライオン頭が見えた。
「あ、いたいた。おーい、マルバ……」
「はぐぅっ……!! うぅぅ……お? おお、戦乙女ヒナか……うっ、た、頼みがある……ひ、ヒナっ……わ、我の代わりに……うぐぉ!? ヒナぁっ!? ヒナぁっ!!」
ぶり……びちゃ……びちゃびちゃびちゃっ!
「ちょ、私の名前を叫びながら脱糞するの、ホンットやめてよね!?」
まったく、勘弁してほしいであります。
色々やりとりがあったけど、あまりにも汚ならしい内容なので結論だけ言いますと、うんこが止まらないマルバスさんは戦線離脱。
つきましてはコボルト軍団の指揮を私に託したいとの事でしたよ。
「ええっ、コボルトさんって何百人もいるんでしょ? 私、そんな大人数に指示を出せるかなぁ……」
「た、頼……むぐォッ!?」
すごい不安なんだけど、排泄中の生き物と長々と議論をかわせるほど私は人生経験を積んでいないのでマルバスさんの頼みを引き受けるしかなかった。
「あの、戦乙女さま」
どーしたもんじゃろのーと、少し前の朝ドラのヒロインみたいに悩んでいるとコボルトさんが話しかけてきた。
「なになに?」
「ボクたちコボルトはアタマが良くないので自分で考えて動くのは苦手です。だけど言われた事はキッチリこなしますので遠慮なくなんでもおっしゃってくださいワン!」
おっ、素直でいい感じじゃないですか。
しかも「ボク」だって! かっわいい。
コボルトのフェイスタイプはドーベルマンとかシェパードとか強くて怖そうな犬顔が多かったから、ちょっと敬遠してたけど、こんな雰囲気なら仲良くできそうかも。
私は本当のイヌにしてあげるようにコボルトさんのアタマとアゴのあたりを両手でワシャワシャなでてみた。
「ハッ、ハッ……クゥ~ン……」
犬顔とはいえ大人にいきなりこんな事したら失礼かも? と思いもしたがコボルトさんは気持ち良さそうにウットリと目を閉じて身を委ねてきてくれた。
「よしよしよしよし……!」
「あの、ボクらも……」
「えっ?」
コボルトさんを愛でていると他のコボルトさんたちもつぶらな瞳で舌を垂らしながらワラワラと私の周りに集まってきた。
さぁなでてくれ、と言わんばかりにアタマを突きだしてくる。
「えーっと、なでればいいのかな?」
「はい、ぜひ!」
私はコボルトさんたちのアタマをなでまくった。
みんな幸せそうだ。
私もかわいいワンちゃんをモフモフ出来て幸せ!
う~ん、なんてステキな時間なんだろうか。
「でも、こんなになでられるの好きなら、キミたちお互いになであえばいいんじゃないの?」
「それが……ボクたちの短い指ではイマイチでして。戦乙女さまの細長い指でワシャワシャされるのとても気持ちいいですワン」
「そうなのかワン」
私も語尾にワンをつけてみた。
しばらくすると、コボルトさんに紛れて暗殺少女ちゃんも私の前に来てチョコンとアタマを向けてくる。
ふ~む。
一瞬どう対応しようか迷ったけど、とりあえずナデナデしとこう。
「えへへ……グッドな心地」
彼女も気持ち良さそうな顔して私にギュッとしがみついてきた。
かわいいなぁ。
甘えたい年頃なのかな。
「申し訳ないクエ。戦乙女さま、出来れば私たちも……」
群がるコボルトさんたちをちぎってはなで、ちぎってはなで、一通り優しくなで終えると今度はイポスさん配下の鳥人間さんたちまで私の方にやってきた。
「おぉ、よしよし……」
鳥をなでるイメージってあんまりなかったけど、鳥人間さんのアタマも丁寧になでてみる。
「あ、あ、あっ……いや、なでなでは結構クエ! そうじゃなくてイポス様の代わりに我々バードマン部隊の指揮もとってほしいクエッ」
「えっ、そんな話?」
鳥人間さんは私になでられた所を手でパッパッと払って乱れたアタマの羽毛を整えた。
ちょっと気持ち良さそうな声で鳴いてたくせにつれないなぁ。
はぁ~。まぁ、イポスさん、ケガは治してもらったけどまだ寝込んでいるしね。
そりゃ、そうなるよねぇ。
「はい、分かりました! それじゃ、今からエルシアドの街に侵略するけど、街の人たち寝てるからみんな静かに行動しよう。押さない、駆けない、喋らない、の「おかしの約束」を守って元気よく侵略しましょー」
「はーい!」
暗殺少女とエッチさんが返事してくれた。
二人ともノリいいな。
好きだぜ!
こうして「ウォオオオオッ!」って勇猛果敢に突撃する感じでもなく、みんなで静かにソロソロと歩いて街に近づいてゆく。
ついに私たちの人類侵略する生活がコッソリと幕を開けるようですよ。




