7話 領主さまにご飯を作ってあげる生活
「あのー、リジッドさん。領主さんってどんな方なんですか? 知らずに粗相をしてしまうと良くないので……。若い女性だって事くらいは聞いてますけど」
生まれて初めて馬車に乗ってワッヒョーイ♪ って浮かれてたけど5分くらいで飽きたので魔術師リジッドさんに話を振ってみた。
領主の話はパワーさんから聞いてたが、年齢と性別以外は民に重い税金をかけるアバズレという情報くらいしか分からなかったんだよね。
パワーさん、自分が住んでる街の領主のことなんにも知らないの!? って一瞬思ったけど、確かに私だって自分の街の市長がどんな人かなんて答えられないワケで仕方のないことである。うんうん。
「アレクサンドラ様は大変ご苦労をされている方ですよ。先代の領主であったご両親を相次いで病気で亡くすという悲しみを乗り越え、若くしてアルティエラ家を継ぎ、エルシアド一帯を立派に統治されております」
「そうなんですか、ご両親を……」
知らずに家族の話とか振ってたら微妙な空気になってたかも。聞いといてよかったね。
しかし、立派に統治。ってのはどうなんだろう。
人格者のように聞こえるが、街にいる貧民や奴隷をほったらかしにしてるワケだしな。
そこは話半分に聞いとこうか。
などと役に立つかどうか分からない情報分析をしているうちに館に到ちゃ~くっ!
馬車に乗ったまま門を通る時に昨日、私たちを追い払った門番の人が立っているのが見えた。
敷地内に入って馬車から降りるなり、アルサが門番の方を見て勝ち誇ったようなドヤ顔をした。
「ふふーんっ、ざまあみろッス! 私は帰ってきたッス!」
ざまあみろ、って別にアルサが門の内側に入ったところで門番にダメージはないと思うんですけど。
と、思ったが門番は意外と悔しそうな顔をしてた。
「あっ、昨日の自称勇者娘! なんで馬車に……!?」
「フッ。私の働きが領主様に認められたッスよ」
「へぇ! じゃあ本当にドラゴンでも倒したっていうのか。やるなぁ。いや、それじゃ昨日は失礼な事を言って申し訳なかったな、許してくれ」
そして門番はこれまた意外にも素直に頭を下げて詫びた。
「えっ、あっ、いや、あの、その、ドラゴンを倒したワケじゃ……ないかな~ッス」
「ほう! ではグリフォンとか。あるいはキマイラでも討伐したか?」
「あの、キマイラじゃなくてキュマウリァを」
「えっ?」
「キュゥ……」
「えっ?」
「こ、これにて失礼するッス」
いくら勇敢な勇者でもキュウリを切るために呼ばれたという勇気はなかったらしく、そそくさと逃げ出した。
正確にはキュウリじゃなくてゴーヤだけど。
「アルサ……。尊敬される勇者になりたかったらもうちょっと、こう……謙虚になった方が」
「ああああヒナさん分かってるッス! 言わないでほしいッス! いつも村の長老や大人たちにアルサはすぐ調子にのるってバカにされてたッス!」
バカにされてたのか。
まぁ基本、いいコだからちょっかい出しつつ人として成長を促してやりたい感じはするけどね。
「このままじゃダメッス。例え、ドラゴンを倒してもマグロみたいにクールでいられる女になるッス! そして自分もあんな風に崇められたいッス!」
例えがおかしいアルサの指した方には鎧を纏った女性の彫像が置かれていた。
館に来た客を迎えているようでもあり、敵から館を守っているようにも見える。
「おや、お目が高いですね。あれなるはアルティエラ家の守り神、戦乙女ラヒルダ様の像ですよ」
「えっ、戦乙女……?」
なかま仲間! 私とおんなじ!
といっても私の場合はノリでなっただけのなんちゃって戦乙女(笑)だけど。
「おお! もしや戦乙女に興味おありですか?」
「あ、はい」
なんかリジッドさんが嬉しそうに解説してくれた。
今から200年ほど前、このエルシアドの街に魔物の群れが押し寄せた時、誰よりも勇敢に戦い、人々を守り抜いたのが女戦士ラヒルダとリヒルダの姉妹だったそうだ。
姉のラヒルダは戦死して、その美しい魂を神様に気に入られ戦乙女として天界に迎え入れられた。
そして妹のリヒルダは街を守って死んだ姉とともに讃えられ、エルシアドの街の領主として人々に迎えられたそうな。
「じゃあ、もしかしてここの領主様はリヒルダって人の末裔で、この戦乙女様の親戚だったり?」
「その通りだったり! いやぁ、戦乙女ほど気高く美しき魂を持った女性はいませんよね。私にとってまさに憧れの異性。そして、その血が流れるアレクサンドラ様にお仕え出来るこの喜び、分かっていただけます?」
「はぁ、まぁ……なんとなくは」
「アレクサンドラ様の声を聞くたびにラヒルダ様もこんな声だったのだろうか。というか、もしかしてアレクサンドラ様を通してラヒルダ様が私にこっそり話しかけているんじゃないかと思うと声だけでご飯三杯はいけますね」
コイツやべぇな。
その後も、日に三度はラヒルダ像を拝むとか、ラヒルダ像の土台付近に生えた雑草でお粥を作って食べた事があるとか、夜中にラヒルダ像に告白して2回OKされた気がするとかいう怪談を聞かされつつ、館の中の厨房へと案内された。
「夕食までは時間がありますのでゆっくり準備なさってください。こちらの控えの間でくつろいでもらっても構いません。ただ……警備の問題もありますゆえ、この区画からは無断で出ないようお願い申し上げます」
そういってリジッドさんは退出していった。
釘を刺されちゃったなぁ。
別段、私たちを不審がってる雰囲気はないけど用心のためだろう。
出来れば調理開始までの待機時間にネムリタケの胞子を館のアチコチに出来るだけ仕込んでおきたかったのにー。
とはいえ、出来ることはやっておこう。
私はウロつく許可をもらえた範囲内に胞子を仕込みに出かける。
ヒマだから見て回る、と言って部屋を出るとアルサも一緒についてきた。
「ふぁあ……それにしてもスゴいッスね、この館。あちこちの燭台や家具に金銀宝石がちりばめられてるッスよ」
確かにスゴい。
領主の館はまさに豪華絢爛だった。
建物の規模は魔王城の方が上だが壁に飾られている壷や装飾用の杖やら槍やらにいちいち宝石があしらってあってギンギラギン率では領主の館の方が上だ。
カーペットにもキメ細かく美しい刺繍が施されていてすっげぇ高いんだろうなーっと思わせる。
「はぁ……この宝石一個でもあれば旅の資金には充分ッスのに」
「アルサ、一個くらいおみやげにもらっといたら?」
「ダ、ダメッスよ! バレて処刑でもされたらまた長老たちにバカにされるッス!」
処刑されるよりバカにされる方が問題なのかい?
「でもアレだねー。領主ってのはさぞ儲かるみたいだけど、具体的にはどんな仕事してるんだろ」
「そりゃ農地を管理したり、野盗や他国からの侵略者から民を守る警備兵を配置したり、色々ッスよ」
「じゃあ、ちゃんとやる事はやってるんだね」
「ま~、リヒルドって人が領主になって200年も世襲が続いてるなら今のアレクサンドラって人はたぶん甘やかされのお飾り当主で実務は家に仕えてる人らがこなしてるんじゃないッスかね。そういうパターンが多いッス」
「おお。アルサ、意外と手厳しいねぇ。今の話、領主様にバラしちゃって大丈夫?」
「ダメッス! 自分の体がバラされるッス! そしたら長老たちに爆笑されるッス!」
アルサの故郷の長老もヤバそうなニオイがするな。
などと他愛のない話をしつつ、廊下の片隅にそっと靴の先をあてる。
実は靴にネムリタケの胞子が仕込んであって、足の親指で靴底をグッと押すと胞子をフュッと撒くことが出来る仕掛けになっているのだ!
これで作戦決行日になれば、神様の力でネムリタケが成長してこの辺にいる衛兵は夢の中、というワケである。
フゥ~、ついに作戦開始か~。
といってもここはほとんど人がいないので効果は薄い。
なんとか機会を伺って、もうちょっと広い範囲に胞子を撒かないとね。
領主にゴーヤチャンプルーを気に入ってもらえれば、私の希望を少しは聞いてくれそうだけど……どうか上手くいきますように!




