6話 勇者と街をぶらり旅生活
ドッガシャァアアンッ!
殴られた客はテーブルごと壁まで吹っ飛んでいって糸の切れた操り人形みたいに力なくドチャッと汁まみれの床に崩れ落ちた。
店内が騒然とする。
ハッ、やっべぇ!
「わああっ、嘘ウソ! 今の全部ウッソでぇーす!」
私は殴ってしまった客の元に慌ててBボタンダッシュで駆け寄り、上手にゴマかそうとした。
ソイツの顔を見ると白目を剥いて鼻が変な方向に曲がって鼻血が景気よくボタボタ噴き出していた。
まさに出血大サービスだった。
戦乙女の力、強過ぎだろ!
これ、どうやってゴマかせばいいんだ。
一流メンタリストならイケるのか?
「この女ァ! 何してやがる!」
お仲間だろうか。
殴られ客の近くにいた男たちが所持していた剣をスラリと鞘から抜いて、今にも私に斬りかかろうという勢いだ。
店の奥から店員が出てきて「誰か! 衛兵を呼んでくれ!」と叫んでいる。
はわわ。これ、どうなるんだろう。
逃げるか? 逃げてどうにかなるのか?
どうしようどうしよう!
女の子はかわいそうだったけど暴力はダメ過ぎるだろ私!
焦りと後悔でぐるぐる思考がこんがらがって目眩がしてきたその時。
パンッ!
マリアが両手を叩いた。
「?」
「……?」
すると店の中にいた全員が呆けたようにポカーンとしている。
「あ、あれ? 俺、なんだって剣を抜いてんだ……?」
私に剣を向けてた男が周りをキョロキョロと見る。
しかし、剣を抜いた理由が見当たらなかったらしい。
決まり悪そうに剣を鞘に納める。
お?
これはまさか……マリアがなんとかしてくれた系?
「おいおい、お前なんでこんなとこでひっくり返ってんだよ。しかも机ごと」
「うーん……」
殴られ男が意識を取り戻して体を起こす。
折れてたハズの鼻がキレイなカタチに戻り、噴き出ていた鼻血も止まっているように見えた。
これもマリア様が治してくださったのでしょーか。
もっとも、さっきまで流れてた鼻血で既に顔から服まで真っ赤に染まっていたけれど。
「わぁあ!? なんだこの血は!?」
「倒れた拍子に切ったんだろ。しかし何もないのにいきなりぶっ倒れるなんて体がどっかおかしいんじゃないか?」
「よ、よしてくれよぅ! ああ……でも医者いった方が良いのかな……あわわわ」
男たちは代金を払ってそそくさと店を出ていった。
周囲の客たちも店員も何か腑に落ちない感じだったが、すぐにおのおの食事をしたり仕事に戻ったりして騒動は忘れられていった。
「はぁ……あの、マリア……さん?」
マリアがどんな反応するのか、さすがにちょっと怖かった。
「もう、ヒナさん。貸し1つですよ」
「はい……」
うーん、やっぱり若干呆れてる感じがする。
ならず者たちの時みたいに魔術師に感知されないようにコッソリ魔法を使ったんだろうな。
ご迷惑おかけました。
色々とお詫びと感謝をしたいところですけどアルサの前で余計な事は言わない方がいいか。
「あ、あの、今の……なんだったんスか? ヒナさんがあんな事したのにみなさん何事もなかったように……」
「えっ?」
アルサが恐る恐る口にした言葉に対して、珍しくマリアが素で驚いた顔をする。
「バレないように力を最小限に抑えたとはいえ私の忘却魔法に抵抗するなんて……さすがは勇者様、ですね」
身内であるアルサにはあえて魔法をかけなかったのかと思ったが、どうやらマリアにとって計算外の事だったようだ。
しかし、何が起こったか把握していないあたり、アルサの意思で魔法を防いだというよりは、英雄エルドラって人の血が無意識に彼女を守った、という感じかしら。
「ちょっと場所を変えましょうか。騒ぎとは関係なく私もこの店で食事をしたくなくなりましたし」
髪の毛に貝殻や汁がついたまま、黙々と働く女の子をチラリと見たマリアは彼女の側にしゃがみこんで視線を合わせる。
「これ……見つからないようにしてくださいね」
そういってマリアは女の子にそっと金貨を一枚握らせた。
女の子はびっくりした顔をしてマリアを見ると、マリアはニコリと微笑みながらうなづく。
女の子は客や店員が見てないうちに素早く靴の中に金貨を隠した。
上京したての田舎者が非常用の一万円札を靴の底に隠すシーンを昔の邦画で観た気がするが、あんな感じなのだろうか。
「あとで美味しいものでも食べて下さいね」
そう言って立ち上がったマリアを先頭に私たちは店を後にしたのだった。
「えーっとぉ、騒ぎになると大変なのでぇ店内にいた人全員の記憶を10秒くらい飛ばしちゃいましたぁ! てへぺろ♪」
マリアはアホのコみたいな雑な説明をした。
「うぉおーっ! マリアさん、スッゲぇッス! マジ女神ッス! 感動ッス!」
アルサもアホのコみたいに雑に感動した。
内心、マリアが魔王だとか魔族だとかって話がバレるんじゃないかと不安だったけど、ただのスッゲぇ魔法使いという事で納得していただけたようだ。
「それにしても奴隷の話は聞いてはいましたけど、実際に目の当たりにすると想像以上にケッタ糞悪いものなんですね……」
「うーん、まぁそうッスよね……。でも、ウチの田舎ですら奴隷はそこかしこにいたッスのに、お二人の故郷にはいなかったんスか?」
「身分や収入の低い者はいますけど、自由の無い者はいません」
「そうッスか。それは良いところ……というか、きっと領主さんが人格者なんスね!」
「むぐ。それは……どうなんでしょうねぇ」
マリアが一瞬、返答につまって適当に流した。
そっか。魔界の領主、というと彼女の事なんだっけ。
神様は基本、ノータッチっぽかったし違うのかな。
かなり長い間、魔族たちは平和に暮らしてたっていうしマリア以前の魔王たちも人が良かったのかも知れないね。
「そんなことより、早くお店を決めましょうね。ヒナさん、リクエストはありますか?」
「うーん。この際、味が落ちても不快な思いをしないとこがいいけど、そんなお店はあるのかなっと……」
「ぃよォ、ネェチャンたち! だったらウチの店がうってつけだぜ!」
「んぇ?」
後ろから急に大きな声で呼び掛けられた。
若干ビクッとして振り向くと、年季の入ったヒゲを生やしたたくましそうなオッチャンがニカッと笑いかけてきた。
「さっきの店での騒ぎ、たまたま外から見かけてよ。いやあ、俺もああいう連中にはムカついてたからな。ネェチャンがヤツをぶん殴ったの見た時ゃ、スカァッとしたぜ!」
「えっ、み、見てたんですか……!?」
そういえばマリア、「店内の人全員」って言ってたっけ。
外にいた人には魔法がかかってないんだ……!
まさか自分の店に連れ込んでから口止め料を請求したりしないだろうね。
「そんな顔すんなって! 言ったろ、スカァッとしたってよ! ネェチャンが人をぶん殴った事は絶対に誰にもチクったりしねぇさ! ガッハハハハッ!」
ざわざわ……。ざわざわ……。
物騒な発言に通りを歩いていた人たちがこちらに熱い視線を送ってくる。
あの、現在進行形で街中の人にチクってるんですけどお前の頭は大丈夫ですか?
「分かった! 分かったよ、オッチャンの店に行くから今すぐ黙ってくれるかな」
「オッシャアッ! そうこなくちゃなッ!」
うん、まぁ頭は悪そうだけど悪い人ではなさそうだ。
オッチャンのあとをついてしばらく歩くと、看板に汚くてドデカイ文字が書き殴ってある店に到着した。
「パワー食堂ッスか! カッコいい名前の食堂ッスね!」
アルサが看板を見て感心している。
パワー食堂って書いてあるのか。
コッチの世界の文字が読めない私が言うのもなんだけど世界一、知性が無さそうな食堂の名前だな。
「へへっ、照れるぜ、ありがとうよ! ちなみにパワーは俺の名前だッ! よろしくなッッ!」
そういって自分の店の扉をドガァアアンッとぶっ壊さん勢いでブチ開けて中に入っていった。
ガタンッ
ぶっ壊さん勢い、というか扉が外れて倒れてしまった。
あのオッチャン、どうかしてるぜ。
「とんでもない男のお店に来てしまいましたね……今からでも逃げませんか?」
少しひいた顔をしてマリアが私に小声で提案してくる。
「……でも意外とああいうタイプ、嫌いじゃなかったりして。もうちょっとトシが近かったら全然アリだったな」
「は……? は……? ハァアアアああああああああアアッ!?」
私が余計な事を言ったせいで魔王の宿敵が一人増えたそうです。
困ったもんだね!




