6話 勇者と街をぶらり旅生活
「自分は英雄エルドラの子孫、勇者アルサと申す者ッス! 領主様にご挨拶に伺ったッス! こんにちわッス」
「ハァ? エルドラぁ? アルサぁ? 聞いた事が無いなァ?」
「領主は忙しい。無名の冒険者風情にいちいち会っていられるか。挨拶したければドラゴンでも倒して武勲を立ててからにするんだな。無事、理解できたなら帰ってくれ」
関所を通って真っ先に領主の館に向かったらこんな感じで館の門番たちに追い払われました!
え~っ! と計画がオジャンになってショックを受けた私だけど、アルサはもっとショックを受けたみたいでなおもしつこく門番に食い下がる。
「エルドラは200年前、村に襲いかかったドラゴンを退治した英雄ッス! 超有名人ッスよ! 銅像も立ってるッス!」
「小さな村の英雄譚なんか知らん。大体それが本当だとしてなんだと言うんだ? 大方、旅には資金が必要などと言って浅ましくも金の無心に来たのだろう」
門番のイヤミな一言にギリッと歯を食い縛るアルサ。
「がっ!? バ、バカにするなッス! もういいッス! アンタのワキ毛以外の体毛が全部抜けるよういつまでも祈ってるッス!!」
「お、おい、やめてくれ!」
アルサがプリプリ怒って去っていくので私は門番たちに頭を下げてから彼女のあとを追いかける。
領主の館から少し歩くと人々が行き交う大きな広場になっていて、アルサは噴水のへりに腰かけてヘコんでいた。
「アルサ、大丈夫?」
「はぁ……みっともないトコ見せたッス……。というか約束を守れなくて申し訳ないッス」
「あ~、いいよいいよ気にしないで。別に損したワケじゃないし、そもそもあなたが悪いワケじゃないでしょ」
まぁ元々、降って湧いた棚ぼたな話だったからね。
とはいえ、館に入る別の手だてを考えなきゃなぁ。
マリアも同じ事を思ったのか小声でせっついてくる。
「ヒナさん、こうなった以上は彼女ともはや一緒にいる意味はないのでは? 私たちにはやるべき事もありますし」
そうなんだよね。
マリアの場合、単に私と二人きりでキャッキャウフフしたいだけな気もするが、アルサがいては何かしらの計画を相談しにくいのも事実だ。
せっかく仲良くなったけど、ここらでお別れかな。
「えっと、こんなタイミングで言うのもなんだけど、私たちそろそろ行くね」
「え、ああ、分かったッス。色々と楽しかったッス。でも楽しかったのはもはや過去形ッス。ハァアア……」
なんか領主に挨拶できなかっただけでエラい落ち込みようだな。
「アルサ。確かにあの門番の態度はムカついたけど、それならそれで、ホントにドラゴンでも倒して見返してやればいいじゃない? あなた、英雄の血をひいてるんでしょう?」
「いや、それが……血はひいてるけど私の故郷は貧しい村で冒険の装備すら整えられなくて……。だから領主様にお金を無心しようと目論んで故郷を飛び出してきたんスけど計画が全て崩壊したッス。もう終わりッス。一文無しッス。破滅ッス」
それ、ほとんど門番の言った通りじゃないかい!
「じゃあ、これからどうするの?」
「かくなる上は壁の外でならず者を襲って金を奪うッス!」
ならず者が旅人から奪った金をさらに奪う。
ある意味、マネーロンダリング?
それって野盗と変わらないと思うけどその辺どうなんでしょうね。
いや、まぁゲームに出てくる勇者も似たような事してるからいいか。いいのか?
「ああ、もう! こうなったら、ご飯を食べよう!」
「えっ」
ヤケクソになってるアルサのモヤモヤが吹き飛ぶように声を張り上げた。
「人間お腹が空くとロクな事を考えないんだから。とりあえずお腹いっぱい食べてそれから考えよう、ね!」
「いや、でも自分、ホントにお金が……」
「お姉さんが出してあげるから! あ、いや、出すのはマリアだけど」
「ハァ……仕方ないですね。アルサさんには素敵な妄想ネタをごちそうになった事だしそれくらいのお礼はしますよ」
「ああ……正直ありがたいッス。ゴチになりまッす!」
領主の館に来る途中で食堂らしき店を何軒か見かけた。
せっかく異世界に来たんだから美味しい異世界料理を堪能したいところだね。
それに私の元いた世界にはない発想の料理があったら、それをパクってレシピ本とか出せないかな~という期待もある。
夢が広がるなぁ。
ウキウキしながら私たちはそれなりに客の入りの良さそうな食堂に入った。
客が多いって事は味も期待出来そうだね!
カシャッ。
「ん?」
中に入るなり貝殻を踏みつけた。
見ると私の足元だけでなく店中の床に貝殻や魚の骨が散らばっている。
一瞬、食堂をモチーフにしたゴミ捨て場かな? と思ったら、食事をしている客が中身を食べ終えた貝殻をカシャカシャ床に捨てている。
しかも一人だけじゃなく店の中の客全員が。
「じゃあ適当に座って注文するッスか」
そんな中、アルサが涼しい顔で席に着き、マリアもそれに続く。
「へへ、姉ちゃんたち、ちょっと待ちな」
動揺した私は思わず、ならず者口調でマリアたちを止めた。
「え? ホントにここでお食事するの?」
「何か問題が……あっ! もしかしてお魚が嫌いッスか?」
「まぁね、まだお魚よりお肉が恋しいお年頃ではあるけれど。そうじゃなくてね……」
「ヒナさん、床の汚れの件なら大丈夫です。ほら、あれ」
マリアが指した方を見ると、薄汚れた格好のオジサンが魚介汁でグチャグチャになった床に這いつくばり、素手で散乱した貝殻を拾い集めている。
「あの人はなんなの? 白い貝殻の小さなイヤリングを探している熊の化身?」
「な、なんスか、その熊は……。あの人は食堂で雇っている奴隷ッスよ」
「ええ~っ……」
なんというか言葉が出なかった。
奴隷がいるとは関所でチラリと聞いたけど……。
荷物を運んだり料理を作ったりと人々から必要とされる仕事ならまだしも、こんな事する必要があるの?
お皿に貝殻を乗せたまま洗い場まで運んでまとめて捨てればいいだけじゃないか。
「体を壊して重労働が出来ない奴隷でも出来る、という意味ではありがたい仕事ですよ」
マリアが腑に落ちない顔をしてる私に補足した。
確かに貝殻を拾ってるオジサンをよく観察すると右膝が不自由そうで足をひきずっている。
一方、向こうにはまだ幼い奴隷らしき女の子もいる。
確かにあの年齢なら出来る仕事は限られているだろうけど……。
「うーん、でも床が無駄に汚れて店にも客にも良い事が無くない?」
「自分たちが食べ散らしたゴミを目の前で一生懸命拾う奴隷を見下ろすことで、立場の違いを実感して自尊心が満たせるのでしょうね」
なんだそりゃ! と思っていると。
奴隷の女の子が貝殻を拾い集めたタイミングを見計らって、キレイになった床にわざと客が食べカスをドチャッと落とす。
そして再び女の子が貝殻をかき集める様子を見てニンマリしている客。
うわぁ……。
この世界ではそういうモンなのかも知れないけど、見ててすごく気分悪いな。
私は思わず顔をしかめてしまう。
すると、その様子に気付いた客が私の方を見てニコッと笑う。
そして、女の子の頭の上から汁まみれの貝殻をガシャガシャ振りかけた。
ドッと店のあちこちから笑い声が上がる。
次の瞬間、私はその客の顔面をぶん殴ってた。




