6話 勇者と街をぶらり旅生活
エルシアドは街全体が高い壁に覆われていた。
魔物や盗賊の侵入を防ぐためであり、人間は東西2ヵ所ある関所のどちらかを通って街に出入りする。
関所には通行人の行列が出来ていて、私たち3人は大人しく順番待ちしていた。
考えてみれば、私がこの世界の人類と接するのは今日が初めてで、武装した冒険者風の人、豪華な装いの商人、色っぽい格好の旅芸人など間近で見られて結構楽しい。
そしてそんな中、ボロ切れを纏った貧しそうな人が関所の兵士に追い払われているのを見かけた。
「あの人どうしたんだろ。何か問題でもあったのかな?」
「ああ……おそらく通行料が払えなかったんスよ。身なりから察するに別の街から逃げてきた奴隷かも知れないッスね」
アルサがちょっと顔をしかめて説明してくれた。
「えっ、関所を通るのに通行料がいるの?」
「えっ、それは必要ッスよ。常識ッスよ。ヒナさんって意外と箱入り娘さんなんスか?」
「えっ、まぁね! そんなとこでしてよ、オホホホ!」
オホホなんて笑う金持ちが本当にいるんだろうか。
って、それよりお金なんか持ってきてないんですけど!
そしてそして奴隷だとっ!?
うわぁ、この世界には普通にそういう制度があるんだなぁ……。
ファンタジー世界って夢いっぱいだけど現実以上にシビアな面もあるよね。
まぁ奴隷をコキ使う権力者側には夢で満ち溢れている世界なんだろうけどさ。
「ヒナさん、お金なら充分にあるので大丈夫ですよ」
マリアは腰のポーチから袋を取り出してジャラリと硬貨っぽい音を鳴らした。
やった、ラッキー!
まぁ魔王城には金貨や宝石で埋め尽くされたお宝部屋がいくつもあったから関所代くらい余裕で払えるか。
「はわわ、そんな大金、こんなトコでチラつかせない方がいいッスよ。ここで目をつけて街に入ってからスったり奪ったりする連中もいるんスから」
「つーん。あなたの言葉は聞こえませーん」
街までの道中、3人で色々と会話したがマリアはアルサに対して見ざる聞かざるの姿勢だ。
「ダメだよ、マリア。親切に忠告してくれてるのに失礼だから」
「いや、平気ッス。もう慣れたッス。むしろ心地よくなってきたッス」
心地よくなっちゃダメだよ勇者さま!
「しかしアレッスね! 言葉遣いから察するにもしかしてヒナさんは令嬢、マリアさんは使用人とかそんな感じの間柄ッスか?」
「この、私が……使用人?」
アルサの言葉をスルーし続けたマリアがここに来て久々に反応した。
魔界の頂点に君臨する魔王に対して使用人扱いなんてさすがに聞き捨てならなかったのだろうか。
「外の世界を知らないヒナお嬢様を拐かし、資金を持って愛の逃避行。そしてヒナお嬢様は使用人風情である私の若い肉体に夢中で令嬢という立場を捨て二人でどこまでも恋の奈落に堕ちていく……それ、イイですね! 最高うほおおおぅ!!」
知ってた。
キミはそういうヤツだよね。
「はじめまして、私はマリアと言います。よろしくお願いしますね♪」
マリアは満面の笑みでアルサにおじぎした。
「あ、は、はいッス。アルサと言うッス。は、はじめましてッス……?」
はじめましてじゃないだろ。
まぁマリアなりに関係を初めから遡って修復しようとしているのかも知れないし、ほっとくか。
二人の雰囲気も落ち着いたので人間観察を再開しようとすると、先程の奴隷らしき人が順番待ちしてる人々に頭を下げて回ってる。
通行料を恵んでもらおうとしてるのだろうか。
しかし、皆の反応は冷たく誰一人としてお金を渡してる様子はない。
「ねぇアルサ。さっきの奴隷の人、街に入れてもらえなかったらどうなるの?」
「え、うーん……元いた場所に戻れば見せしめで最悪、処刑されちゃうッスよ。なんとしてもこの街で仕事を見つけたかったでしょうけど、それが叶わないとなると壁の外で生きていくしかないッスね」
「それってやっぱりキツいの?」
「壁の外は魔物もいるし盗賊もいて危険ッス。その状態から抜け出すには結局、自分も野盗になって旅人からお金を奪うしかないッス。でも仮にそれで通行料を手に入れても一度、犯罪を犯した者はなかなか普通の生活に戻れず結局、野盗に逆戻り。ってパターンが多いとはよく聞くッスね……」
ふむむ。
街の生活に馴染む努力をおこたって再び犯罪者になるのと、人を襲ってお金を奪っておきながら何喰わぬ顔で街で幸せに暮らすのとどっちがいいものか。
いや、どっちがって話じゃなくて奴隷制度ってもの自体に問題があるんだろうな。
なんて、私が考えたところでどうこう出来る話じゃないけど。
そんな思いを巡らせていると、例の逃亡奴隷らしき人が私たちの元にも近付いてくる。
結局、皆に冷たくあしらわれ続け、誰からも施しを受けた様子はない。
「ねぇ。あの人に通行料、渡しちゃダメかな……?」
「お金はたっぷりあるので渡せますけど、その、あまり意味はないと思いますよ」
「そういうものかな」
「今、彼に通行料を渡したとしても、街の中にも稼ぐアテのない貧民はたくさんいるッス。申し訳ないけどキリのない話になるッスよ」
マリアもアルサもやるせなさそうに言う。
もしも私が世界一の大富豪ならもうお金をバラまきまくってそんな人たちにパンと温かいスープと職を与えてあげたい。
あるいは大量の資産を持つ魔王マリアならそれが出来るかも知れないけど、私がそれを彼女にお願いするのはさすがに筋が通らない。
関所の向こう側には大きくて立派なお屋敷がたくさん見えるけど、そこに住んでるような人達が協力して飢える人のいない平和な街を作ることって出来ないのかな……。
そしてついに逃亡奴隷らしき男が私たちの前にやってきた。
どうしよう。
意味はないのかも知れないけど。
キリがないのかも知れないけど。
それでもこの人だけは救ってあげる事はいけないのだろうか。
男は私たちの前にひざまづく。
「すみません、本当にすみません。靴を恵んでくださいませんか?」
「えっ、靴を?」
「私は女性の蒸れた靴の匂いが大好物でございます。あなた方の靴も長旅でさぞムンムンと足汗の薫りが篭っていることでしょう。なのでお願いします。代金ももちろん払わせていただきますので靴をいただきますさせください」
「あ?」
私は目眩がした。
マリアもすごい冷たい目で男を見下ろしている。
「あの、通行料が欲しかったんじゃないッスか……?」
「バカにせんでください! 金ならあります! ただ私は目の前にこんなに多くの蒸れた女の靴があるともう正気ではいられなくなって、それで関所で立ちっぱなしの女性兵士にその靴の中で深呼吸させてくれと頼んだら追い払われ……ああ、私はもうどうしたらよいのか!」
私たちは彼の存在を一切見なかった事にして無事、関所を通過した。
エルシアドの街の中に入り、そしていよいよ領主の館へと向かう。
さぁ、ここからが本番……がんばるぞい!




