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6話 勇者と街をぶらり旅生活


「や、やるッス! 必殺……稲妻突きィ!」


 少女は目にも止まらぬ稲妻のような……いや、止まるな。わりと普通の速さで突きを繰り出した。

 正面のならず者の胸にドンッと棒の先端が命中するが革製の胸当ての上からなので痛そうだが致命傷って感じでもない。


「いってぇ……ふざけやがってオラァッ!」


「くっ!?」


 棒をハネのけられ体勢が揺らいだ少女を、ならず者が蹴っ飛ばそうと足を振り上げる。

 彼女は棒でなんとか受け止めたものの、横から別の男にガシッと右腕を掴まれ、そっちに気をとられた隙に左腕も他の男に掴まれてしまう。


「くっ、卑怯者! ケジラミ! 湿った耳垢! お父さんの股間に潜む未知の病原菌! このネチョネチョした手を離せッス!」


「このガキ、そんな事言われて離すと思ってんのか」


「離さないと大量のニョロニョロ寄生虫がお前たちの内臓をパーティ会場にする呪いを一生かけてかけるッス! 絶対ッス! 確実ッス!」


 この少女、見ず知らずの私達を助けてくれる心がけは立派だけどボキャブラリーがヤバいな。

 前世がアメリカ海兵隊だったのだろうか。

 いや、彼等ならきっともっとカッコいい言葉で罵るに違いない。


「へへっ、わめけわめけ。抵抗されるほど興奮するってもの……うぅ?」


 少女の腕を掴んでいたならず者が唐突に目をギュッとつぶって自分の額を手で押さえ出した。


「お、おい、どうし……ぅぐっ」


 様子がおかしくなった男に声をかけたならず者も苦しそうな表情でお腹を押さえる。

 見るとその場にいた男たちが全員、頭やお腹を押さえ、ある者はくしゃみと咳と鼻水がとまらなくなり、ある者は寒そうに震え始めた。


「な、何が起きているッスか……?」


 男たちの拘束から逃れて体勢を整えた少女もあっけにとられている。


「ヒナさん、もう大丈夫ですよ」


 同じく唖然としてた私にマリアが小声で耳打ちしてくる。


「マリア。これ、あなたの仕業なの?」


「魔術師に感知されないくらい小さな魔力の粒を織り成してステータス異常の魔法をかけました。術式が細かくてちょっと時間がかかっちゃいましたけど」


 あの少女が騒いでくれたのがいい時間稼ぎになったらしい。

 マリアによるとならず者たちは頭痛、めまい、悪寒、吐き気、腹痛、鼻炎アレルギー、関節痛、アトピーに一度に襲われ、人生最悪の体調不良を引き起こしてるそうでキラめく汗と涙を輝かせながら泣いてた。

 まるで青春みたいだね! ざまあみれ!

 そして、もはや立つことも困難なようでその場でうずくまっている。

 その隙に私達と少女はならず者たちから離れて街の方へと進むことにした。


「ふぅ……あの連中、一体どうしたんスかね。もしかして自分の呪いスキルがいきなりバーッて覚醒して炸裂してしまったんスかね? 自分の秘めた才能が怖いッス!」


「きっとそうですよ! すごくスゴいです!」


 マリアが春風のように爽やかな笑顔で少女に罪をなすりつけた。


「よし、早速試すッス! とりあえずアンタ達の婚期が3年遅れる呪いをかけてみていいッスか?」


「いいワケないッスー!」


 ガッ! と私は少女の背中を猫パンチした。


「うわ!? さ、3年くらい、いいじゃないッスか……」


「20代後半の3年を軽く見るな! そして何故、初対面で私を未婚と決めつけたのか。まぁ未婚だけどさ!」


「ハッ……! そ、それは失礼したッス。まだ18歳くらいに見えたものでてっきり」


 じゅ、じゅうはっさい、だと……?


「お友だちになりましょう」


「は、はぁ」


 私は右手を差し出し、戸惑う少女と固く握手をかわす。


「そういえば助けてもらったお礼もまだ言ってなかったね。どうもありがとう! えっと、私はヒナって言うんだけど、あなたのお名前は?」


「いえ! 当然の事をしたまでッス! 自分は英雄エルドラの血をひく者の末裔でアルサというッス! 一応、見習い勇者やってるッス!」


「えっ、勇者!」


 勇ましき者!

 そんなの自分で名乗る勇ましいヤツが本当にいるんだ!

 正直、さっきの戦いぶりは頼りなかったけど、迷いのないまっすぐとした瞳をしてる……気はするね。

 こんな明るく元気な後輩が職場にいたら色々とお節介を焼いてやりたくなるタイプかも。

 あ、そういえば勇者と魔王ってファンタジー世界では対極に位置する者同士だけど色々と大丈夫なのだろうか。

 私はソッと隣の魔王の様子を伺う。


「わぁあ~勇者さんですかぁ。私、初めて見ました。私はマリアって言います。よろしくお願いしますね、えへっ」


「あ、あぁ、よろしくッス」


 マリアは特に意識してる様子も見せずに私と握手していた勇者の手をとり、両手で包みこむようにして握った。

 一方、アルサは少し表情が固い。

 さすが勇者、何か違和感に気づいたのか……?


「いや~その、自分の田舎にはマリアさんみたいな美しい女性がいなかったから緊張してしまうッス」


 顔を赤くしてなんだか照れてる。

 まさかキミまでそのケがあるのかい?

 まぁでも確かにマリアは同性から見てもドキッとする可愛さだから仕方ないか。 


「ふふっ。それは故郷の女の子たちに失礼ですよアルサさん」


 マリアはニコニコしながら談笑している。

 とるに足らない相手と気にしてないのか、頭の中では何か画策しているのか。

 アイドル魔王として鍛えたスマイルからはその心理をよみとく事はできない。


「……それとヒナさんは私のオンナなのであまり馴れ馴れしくしないで下さい、ねっ!」


 マリアがアルサの手を包んだままギュウゥゥッと力を込める。


「痛たた!? え、ア、アンタたちそういう関係ッスか!? それはごちそうさまッス!」


「誤解だよ、捏造だよ、虚構だよ、妄想だよ」


 私はマリアの耳をちょっと強めに引っ張った。


「ひぎィ!? ヒ、ヒナさん痛い痛い痛い! 愛が痛いィ! でもちょっと幸せっ!」


 コイツ、頭の中は嫉妬心でいっぱいなだけかよ!

 しかも私に引っ張られた耳を愛しそうになでてる。

 ある意味さっきのならず者よりヤバいな。

 

「アルサさん。彼女と二人きりだと身の危険を感じるから一緒に街までついてきてくれないかな」


「ああ、構わないッスよ! というか自分もちょーど街に向かうとこッス」


「え」


 マリアがポカンとした顔をする。


「だめだめ! ついて来ないで! せっかくヒナさんと二人きりで思いっきり遊べると思ったのに!」


 マリアは足元の砂利をガッとつかんでアルサに投げつけた。

 子供か!


「ぷわっ、ぺっぺっぺ!」


「ちょっとマリア……」


「……ぐすっ」


 教育的指導をしようとマリアの方を向くと本当に子供みたいに唇を尖らせて、うっすらと涙目になっている。

 アルサがついてくる事が本当に面白くないらしい。


「冗談みたいに聞こえてたかも知れないですけど、私、今日をホントに楽しみにしてたんですよ……?」


 うーん、まあ魔王として責任のある窮屈な生活をずっと続けてる彼女の事を思うと、ストレス解消に少しの間だけ全部忘れてハシャぎたいという気持ちも分からないでもない。

 アルサがいると魔王軍関係のNGワードが多くて色々と気をつかわなきゃいけないしな……。


「あの、ごめんアルサさん。やっぱり私たち、二人で行く、かな? 彼女があなたに迷惑かけるのもよくないし」


「え、ヒナさん……?」


 マリアが不安そうに顔を上げる。


「ヒ、ヒナさん、怒ってます……? 呆れてます……? 私がワガママばっかり言うから……」


「そんなんじゃないよ。ただちょっと私もノリが悪かったかなって」


「ああ……ヒナさん」


 さっき引っ張ったマリアの耳あたりを優しくなでてあげるととても安心したような顔をした。

 魔王なんてモノになったら、そりゃ他者に言えない悩みやストレスいっぱい抱え込んでるよね。

 気楽に派遣社員なんてやってる私にはこれくらいの事しかしてあげられないよ。


「うおおお……なんか良いものを見せてもらったッス……感動したッス!」


 アルサの方を見るとウェ~ンって鼻水をすすって泣いてた。


「な、泣くほどいいシーンだったかな?」


「自分、小さな子供が一生懸命おつかいしてる姿を見てるだけでご飯茶碗3杯分は泣けるッス……」


 大変、脱水症状で死んじゃう!

 

「ズズッ。ただ、それはそれとして街までは一緒に行った方がいいと思うッスよ。さっきみたいな連中がまた襲ってこないとも限らないし」


「そんな事言って隙あらば年齢を若く言ってあげてヒナさんの心を(もてあそ)ぶ気のクセに! 極悪非道のおたんちん!」


「ヒ、ヒドい言われようッス!」


 おい。

 今、遠回しに私の事までディスらなかったか?


「あの、そこは大丈夫ッス。自分、領主様の館に用事があるので街に着いたらすぐにバイバイするッスよ」


 むぇ!?

 何か今、私の中の最重要トレンドワードがポロっと飛び出したような?


「ア、アルサさん。領主、さまの館……って?」


「はいッス。勇者としてこの周辺地域で活動するにあたってキチンとご挨拶をしようと思ってるッス」


 元気いっぱいにパチンと私にウィンクを飛ばすアルサさん。


「汚いっ!」


 その瞬間、私の頬のウィンクが飛んできた(?)とこあたりをマリアが蚊でも殺すようにパチンッとひっぱたいてゴシゴシとコスった。

 おや? 私は今、一体なぜ殴られたのかな。

 ウィンクされて殴られた話はSNSでも見たことがなかった。


「こ、この悪夢戦士ウィンクマン! 恥を知れ!」


「さ、さすがにそこまで言われると本気でヘコむッス……。もう自分はお先に失礼するッス……」


 ああ、行っちゃダメ!

 マリアをなだめようとするが顔を真っ赤にして怒ってる彼女の耳にはもう言葉は届かねぇとサジを投げた私は事態の収集をはかるべくアルサに小声で言葉を囁きかけた。


「ごめん、アルサさん。あれはいわゆるツンデレで本当は彼女、あなたの事が大好きなんだよ、たぶん。感情を素直に表現できないだけで」


「えーっ!? マ、マジッスか!? 不器用にもほどがあるッスよ」


「二人でコソコソ何を話しているんですか!?」


「ああ……でも、そう考えるとこの怒鳴り声も心地よいッス……」


「ひ、へ、変態! ここに変態がいますよヒナさん!?」


 あなたにだけは言われたくないと思うが。

 まぁとにかくだ。


「ねぇアルサさん、私も領主様の館についていっていいかな? そんな豪華な建物、1回でいいから入ってみたいなぁって思って。ねぇマリア?」


「いえ、私はその人と豪華な建物に行くくらいならヒナさんと汚い便所にでも行った方がマシです。マシというかただれた関係に身を委ねるのにちょうどいいいい痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」


 私はマリアの足をぎゅぅっと踏みつける。


「ああ……でも今、私の足にかかってるヒナさんからの負荷。ちょうど赤ちゃんくらいの重さですね……」


 マリアはトロけるような顔でうっとりとした。

 こんなヤバいヤツは初めて見た。

 宇宙から来た戦闘民族ならこんな状況でもワクワクできるんだろうか。

 すごいなぁ。


「あ、あの、あれは本当にツンデレなんスか?」


 アルサがひいてた。


「信じるものは掬われるよ」


 足元をな!

 もう私も脳がおかしくなりそうだ。


「それでどうかなあ。領主の館に連れていってくれないとこの悪夢のショーが永久に続くかも知れないよ?」


「えええ!? わ、分かったッスよ。従者という扱いで連れてってあげるッス。というかこんな事しなくても同行OKッスよ……」 


「やった! アルサさん、ありがとーッス!」


 思わぬところでチャンス到来!

 って、私たちを助けようとしてくれた勇者さんを利用して魔族の侵略計画を進めるのも心が痛むが、こんな機会は逃すワケにはいかない。

 私はマリアの頭を30秒間なでて正気に戻したあと、歩いて歩いてエルシアドの街に到着したのだった。


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