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4話 魔界の神様に会いに行く生活

「ブネ!」


 水面に顔を力なく漂わせグッタリしているブネさんの元へ急いでフォオッと飛んでいく神様。


「急にどうしたと言うんじゃ……しっかりしてくれぃ!」


 ガチで心配そうな表情でブネさんの大きな頭部にすがりつく。


「あのドラゴンに一体何が起きてるのでしょうか……」


 エッチさんも心配そうに見ている。

 さっきまで普通にしてたのに突然クニャリとするなんて、身体は子どもで頭脳は大人な名探偵が死角から麻酔針でも撃ち込んだんじゃないかしらと疑ったけど、まだ殺人事件が起きたワケじゃないしなぁ。

 などと不謹慎なことを考えてしまうのは私の悪い癖。


「あのー、神様。ブネさんどうしちゃっ……」


「うるさいッ! 黙れッ!」


「はいいいいっ!」


 私はカンフー使いみたいに叫んですぐ黙った。


「……いや、すまぬ。そなたに当たっても仕方がない。しかしワシにも何故ブネが苦しんでおるのかよく分からんのじゃ……」


「えと、神様にはブネさんの言葉は分からないんですか?」


「分かるとも。何か気持ち悪いそうじゃが……」


 ブネさん自身にも自分に何が起こってるか分からないという事か。

 私には医療知識なんて無いけど、神様、動揺してるみたいだし色々話しかけて消去法的に出来ることを探そう。


「ブネさん、以前こういう状態になった事はないんですか?」


「ないな。ブネはちょっとやそっとではステータス異常など起こさ……いや、待てよ」


 神様はハッと顔を上げた。

 何か思い当たったらしい。


「ああ、いや、しかしアレは今、関係ないか……」


 やっぱり腕を組んで再び考え込んでしまう。


「どうしたんです?」


「いや、100年以上前に供え物の御神酒で酔い潰れたことが一度だけあってな。おちょこ一杯で意識不明の重体ぞ。あの時は三日ほど意識が混濁してワシも別れを覚悟したが……怖い想い出ゆえに記憶の奥底に封印しておったわ」


「じゃあ……もしかして今も隠れてコッソリお酒を飲んだとか?」


 なんだかお酒ばっかり飲んで怒られてるお父さんみたいだな。

 神様は首を横に振る。


「あれ以来ここには酒など絶対に置かぬようにしとるしブネもしばらくこの湖から出ておらぬ。酒を口にする機会はなかったハズじゃ」


 お酒ねぇ……。

 あっ、そういえば魔王城の草むしり中になんとウコンらしき植物を発見しちゃったんだよね。

 飲み過ぎにはウコンに含まれているクルクミンとかいう成分が効くらしい。働くお父さんたちの強い味方だ。働かないでお酒を飲んでるお父さんは反省して下さい。

 採取してしばらく乾燥させておいたから、そろそろ粉薬に出来る頃合いだ。

 すっかり忘れてたけど、さっきエッチさんが吐いてた時にも飲ませてあげれば良かったな……


 ん?


 私は思わずエッチさんの顔をじっと見つめた。


「……ヒナ様?」


 エッチさんがそれに気付いて見つめ返してくる。

 心なしか頬を染めている気がするが構っている場合ではない。


 確かエッチさんは大量に酒を飲み続けたまま夜が明けたとか言ってた。

 という事はエッチさんは数時間前まで酒漬けで、まだ体内のアルコールは分解されてない可能性があるね。

 魔族の消化スピードは分からないけど、吐いた時にはまだアルコールが残っててもおかしくない。

 で、だ。

 アルコールを含んだ胃の中身を湖に盛大にブチまけて、マニアックな性癖のお魚がその汚物を食べて、さらにアルコール汚染物質をたっぷり含んだ魚をおちょこ一杯で意識を失うブネさんが食べたとしたら……


「ヒナ様……」


 エッチさんが眼を閉じて、そっと唇を近づけてくる。

 もしかして、この事態はこのバカ野郎のせいなのでは……?

 私はガッとエッチさんの頭を鷲掴みにしてそれ以上の接近を許さなかった。

 が、エッチさんが私の足をスッと足払いして私を地面に押し倒す。

 おいいいぃぃぃぃぃ!?


「ヒナ様! ヒナ様! 私、もうさっきから怖い神様を前にした吊り橋効果で貴女への胸のドキドキが止まりません!」


「吊り橋効果って自覚があるなら惑わされるんじゃないよ」


「意識しちゃったからにはもう抑えられないんです!」


 ちなみに吊り橋効果っていうのは危ない場面に遭遇した時のドキドキを近くにいる異性へのドキドキと勘違いする現象で良いコのみんなは女の子を襲っちゃダメだぞ!

 ああああああそんな事言いながら今まさに襲われて危ない私もドキドキしてきた!?


「そ、そなたら、こんな所でサカるのは止めてくれ! どうしてもというなら寝室に案内するから……」


「お気遣いは結構です! それより神様、確証はないのですがちょうどよく効く酔い止め薬があるので念のため、試してみてよいですか?」


「なに、酔い止め? そんな便利な薬があるのか……しかし、酒は飲んでおらんと思うぞ?」


 これ、バレたらエッチさんは神様に粉々にされてしまうんだろうか。

 頭を掴まれたまま私の唇を奪おうと顔の距離を縮めようとする彼女を見て「粉々になった方がいいんじゃないかな……」と一瞬よぎってしまった。

 ま、それはおいといて苦しんでるブネさんのために何か出来る可能性があるならやってあげたい。


「ものは試しです。たんに健康のために服用する薬でもありますから体に害はないですし」


「そうか……ではダメで元々。頼めるかのぅ?」


 神様はペコリと頭を下げた。

 コチラに原因の一端があるかもと思うと物凄い罪悪感に苛まれる。


「エッチさん、庭園で採取したウコンって植物があったでしょ。アレの乾燥させたヤツを取り寄せてくれるかな」


「あ、はい」


 エッチさんは脳の大半がエロに支配されているまごうことなき変質者だけど仕事はキッチリこなす。

 私に襲いかかるのを中止して素早く魔方陣を描いてウコンの根っこの部分を呼び寄せた。

 酔い止めの成分はウコンの根茎の内側の黄色い部分に含まれてると情報番組で見た覚えがあった。

 私は乾燥させておいた根茎を切って中の黄色い部分をかき出して、神様から借りた容器に移す。


「えーっと、ではブネさんにコレをゴックンしてほしいんですけど……」


「ブネよ、お薬じゃぞ。飲めるか?」


「キュゥゥゥン……」


 ブネさんがすっげえ可愛い声で鳴いてわずかに口を動かしたがあまり反応がない。


「ダメじゃ……意識がボンヤリしておる……」


「うーん、それじゃ飲めないのかなぁ……」


「ヒナ様。以前、フェニックス様がみずみずしいスイカと油たっぷりな鳥の唐揚げというムチャな食べ合わせで死にかけて意識不明になった際、薬師が体内に入って胃袋に直接、薬をバラまいて治したとニュースになっていた事が」


「おお、あったのう、そんなこと!」


「フェニックスって不死鳥でしょ? 死なない鳥でしょ? 食べ合わせで死にかけたの? あと不死鳥なのに鳥の唐揚げなんか食べちゃっていいの?」


「ええ、ヒナ様と同じ疑問をもった者が多くて世間で炎上してましたよ。まあ元々フェニックス様は燃えてますけど」


 じゃあ、いいか。

 いや、いいのか?


「それより私が言いたいのはですね……」


「ブネさんの体内に誰かが入って直接、薬を浸透させてくるって事か。誰かが」


 ピノキオや一寸法師じゃあるまいし、こんなのに飲み込まれて生きて帰って来られるのかしら。

 まぁでもここはブネさんを心から心配している神様が行くと言い出すんだろうね。

 そんな期待を込めて彼女をチラリと見る。

 彼女も私を見てコクリとうなずく。


「すまんな。ではワシがブネの身体を抑えとるから頼んだぞ」


「ファ?」


 私の口から間の抜けた声が漏れた。


「ん? だって誰かが喉の奥に入ればブネも苦しくて暴れだすやも知れんしな。抑えとらんと体内に入った者も危ないしワシの家も壊れる」


 確かにここにいる者であの巨体を抑えられる者は神様以外いないだろう。

 じゃあエッチさんに押し付けてやれって思ったけど、まあ、元々は私の監督不行き届きが原因だしなぁ……

 こんなにブネさんを心配している神様に真相を黙ってる後ろめたさもあるし……


「じゃあ、逝ってきまぁす……」


すごく嫌々、覚悟を決めて私が行くことにしたのであった。

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