赤黒い雪原
この話は青黒い水族館を読まないと話が解らないと思います。
赤色の結晶が空から舞い落ちる。冷たい風が吹き髪が巻き上がって目を細めて手で幼く赤い服を着たような突風を手を目の前に置いて女性は防ぐ。
暗くどこまでも続くのではないかと思ってしまう闇は女性の近くに近づくほど晴れていき、女性の足元には白い雪化粧を施した地面があって女性の履く異物の様に真っ黒のブーツには履き口に毛皮が施されていてそこに空から落ちた一滴が付き、付いた瞬間赤色が落ちていく。
靴に限らず空を舞う赤色は暗い背景の中でも自己主張を辞める事は無く女性の白い肌や髪、赤いファーコートに付着していく。
無音の中するのは女性が歩む足跡のみで時折突風が耳元で囁くだけ。冷たい空気が身を裂き耳に頬があたりに散りばめられた赤色に近づく中女性は静かにただ虚空を見つめながら前を向いて歩き続ける。
その足取りは重くなく、軽くもない。
前に進むが場所に何も変化は無く、光が照らされた面積自体が少ない為女性は口内にため込んだ息をそっと静かに外部に放出し白い吐息を漏らす。
赤い粒に白がぶつかり靄が掛かったように見づらくなった赤が切りを抜けて女性の顔に当たり白に戻り抜け落ちた赤が女性に張り付いたように頬に変化が走る。
暗い闇の中突然大きな物音が立ち女性は立ち止まって音が発した方向に視線を送った。
女性に向けて走り寄る少年は暗闇を向けて赤と黒以外の色を認識できる範囲につくと膝に手を付き息を乱し体を前に丸める。
頬から垂れる汗が足元に落ちて地面が灰色に変わる中少年は胸を膝から右手を話して押さえ、脈を鎮める様に一定のリズムを掴み顔をあげて女性を見上げる。
無機質で熱を感じない瞳に全力疾走をした体の熱が抜かれていくのを少年は感じるが目線を切ることが出来ない。
魅入られた様に体を硬直させこちらを見上げる少年に女性は手をあげて髪に絶え間なく降り注ぐ白い雪を払い自身の被っていた赤いロシア帽をゆっくりと被せ少年を微動だにせず見つめ荒々しい呼吸が収まるのを待つ。
幾らか落ち着き呼吸の音が聞こえなくなると女性は少年の手を取り優しくつかむと少し速度を落として歩みを再開させていく。
女性に連れられる中少年は女性の顔を見上げて虚空を力なく見つめる瞳を見て冷たくか細い自身より大きな手を優しく握り返す。
一瞬前を向くのをやめて足元の少年に視線を落とすが直ぐに前を向き歩き続ける、寒そうに手を赤くする女性を見て少年は内心何故ここまで雪の様なものが降り続けているにも関わらず熱を感じないのか不思議に思いながらも言葉を発することをしない。
少年は口を開けて言葉を発することがなぜか愚直な気がした、周りの雰囲気もそうだが女性の纏う幻想的な美しさを貶しかねないのではないか、女性が言葉を紡ぐ姿を想像したくない少年はただ黙って目的が何処なのか、また意志があって歩いているのか解らないほど生気が希薄な女性に内心恐怖を募らせていく。
顔が強張る少年が視界の隅に見えた女性は歩みを止めて辺りになっていた雪の潰れる音が無くなり少年は丸い目を左右に彷徨わせ、女性は頬を両手で挟み顔を上からのぞき込む。
酷く冷たい手に温度を奪われながら女性の頭上から白い雪が落ちて赤い雪と混ざる。
両手に挟んだ両手を静かに背中に回すと女性は少年を優しく抱きしめ背中をガラス容器を布巾で拭く手つきを思わせ少年は小さな金魚鉢を泳ぐ金魚のように口をパクパクと開けたり閉じたり運動させた。
それが理由ではないだろうが熱が徐々に上に向かい身振り手振りを増やす少年からゆっくりと女性は離れ不細工な笑みを浮かべて少年に顔を向ける。
海の底から見上げた太陽を思わせる儚げな顔に浮かべる笑顔が気にくわないのと同時に少年は女性に勝手に自分の理想を押し付けていたことに気づき顔を歪ませ下を向く。
雪を払い落とした時と同様にロシア帽の上から少年の頭を優しく2回撫でると女性は少年の手を優しく掴み再度同じように歩みを再開させた。
この世界の熱の冷たさを全てその身に封じた様な体温に赤い雪、少年は暗い空を見上げ、思わずずれ落ちそうになるロシア帽を手で慌てて掴み抑え位置を直す。
どこから落ちてくるのか、本当に向いている方向が上なのかすら解らない闇の中から無数にゆっくりと舞い落ちてくる赤い結晶、それが女性の血なのではないかと馬鹿気た考えを思い浮かべ少年は首を左右に振った。
少年の前を歩く女性の後頭部の左右から白い息が漏れて頭上から少しずつ落ちる通常の白い雪を見て少年は自身の頭にかぶせてもらったロシア帽を手に取り女性につながれたほうの腕を微力ながら引く。
足を止めて辺りを無音が支配する、呼吸の音すら聞こえてこずに女性に少年はロシア帽を突き出して視線を女性の頭上に送り腕を精一杯上に伸ばす。
ぎこちない不細工な笑みを浮かべると女性はそのロシア帽を受け取り少年の頭に被せ直す、自分の思惑が伝わらないのかと慌てる少年の顔を見ながら女性は柔らかい笑みを浮かべて再度前を見る。
数分歩いていると歩いている雪の感触が変わり女性の足取りが速まる。
速くなった足取りに必死に食らいつく少年だが腕から伝わる力に気づいた女性は足取りを弱め白い地面に足跡を増やして行く。
女性は赤色のズボンに少年とつないでいない方の手を入れてカイロを取り出し少年に差し出す。
振り向かず差し出されたカイロを見つめ少年は差し出された腕を掴みポケットの中に入れなおす。
歩きながら後ろを振り向く女性の切れ長の瞳が見開かれているのを見て少年は目元を釣り上げ、顔を見た女性も固い笑顔を浮かべて前方に顔を向ける。
少年が気づいた頃には歩いていた雪の下に堅い感触を覚え辺りを見回すと落ちてくる赤い雪の数も心なしか少なくなっていく。
地面の白い雪よりも白い長髪が時折そよ風に巻き込まれてばらけて赤い雪に触れるとそこの部分だけ白く変色する雪に少年は見惚れるが突然強い突風に吹き荒れる。
強くひかれた少年は体の自由が通じず女性に飛び込み、引き寄せた女性は少年を抱きしめ突風をやり過ごすとゆっくりと離し静かに歩み出す。
冷たく、降り積もる赤い雪を表せる体温でいながら温かみを少年は覚え頭の中を呆けさせゆっくりと後をついていく。
体温が突然失われたからか体を震わせ、熱を吸い取られたからか恥辱からか少年は頬を赤くし足取りがおぼつかなくなり前後不覚になって千鳥足を魅せる相手もいないのに披露して女性の腕を左右に振り分けられていき、女性はそれに気づきゆっくりと少年を抱き上げ豊満な胸に押し当てて息をゆっくりと吐く。
女性の体温に熱を奪われていく中少年は意識を飛ばしていくその都度女性は少年を揺すり意識を覚醒させ走らせて白い靴跡で出来た軌跡を生み出す。
大粒の汗をかき少年の顔に落ち、真冬の水を思わせる温度だったが少年の体温と変わらない為水が少年の柔らかい頬に落ちる感触が視界がぼやける中朧気に意識を飛ばす。
荒く吐息を漏らし女性の体から白い煙が立ち上がり周りの赤い雪が女性のあたりだけ白く色落ちしていく。
段々と地面の感触が変わり、薄い白い雪を足で潰した下から黒い表面が浮き彫りになる。
走り、翔けて、足に乳酸菌が溜まり満足に動かせなくなっても走らせる足を止まらせる様な事はしない。
気づけば辺りを支配していた赤と白の雪は消えていて足元も黒い地面か床か解らない何かに変わっていて女性は辺りを見回しながら走る。
もう走っているとは呼べない速度だが必死に足を動かし前髪が目に入り涙が流れるが女性は少年を抱えている為手で払う事が出来ない。
辺りに水槽のように水が入った透明な壁が現れ中を色鮮やかな魚が彷徨う。
青色のテディーベアが視界に入った女性は安堵の息を漏らして駆け寄り、何事か喚きながら遠ざかるテディーベアを見送って女性はその場に少年を下ろしす為にその場にそっと腰を下ろし自身の体から話そうとするが少年が女性の服を掴んでいる為離せない。
柔らかく女性は微笑み少年の手を優しくつかみ1本ずつ指を離していき、指を離し終えた女性はその場を振り返らずに静かにその場を後にする。
軽く息を吐くが白い靄が出来ない事に女性は不思議そうに首を掲げてもう一度意識して吐息を漏らす。
真上の黄色い熱帯魚は女性の後をついていくように優雅にひれを動かして前に進む。