『競技者』から『演出家』 健太
「湊先輩、見て! 今度はグラウンドよ。小学生のサッカーチームが、完璧なまでに『面白いくらい』バラバラに崩壊してるわ」
結衣が指さした先では、小学6年生の健太が、泥だらけの顔で立ち尽くしていた。
彼はチームのキャプテンだが、仲間たちはバラバラ。パスを出しても誰も走らないし、監督は
「とにかく根性だ!」
と時代錯誤なことしか言わない。
「健太くん、君の『見たい世界』は、きっとみんなで美しいパスを回してゴールを決める景色だったんだろうね。でも、現実はただの団子サッカー。誰も君のパスの意味なんて理解してないよ」
湊が溜息混じりに歩み寄ると、健太は悔しそうに拳を握りしめた。
「うるさいな! 僕だって、本当は上手くなりたいんだ。でも、みんなが走ってくれないと、僕一人じゃどうにも……!」
「――『上手くなる』? それが君の唯一の目的か?」
RIMPAが、スマホから機械的な音を立てて響く。健太は驚いて振り返るが、そこにいるのは冷めた目をした青年と、不敵に笑う少女だけだ。
「いい? 健太くん。君がサッカーで苦しんでいるのは、君が『正しいサッカー』というルールに縛られているからよ」
結衣が健太のスパイクの先をコンコンと叩く。
「サッカーはね、もっと自由でいいの。ピッチは君のキャンバスよ」
「キャンバス……?」
「そう。健太、君はパスを出す時、どこにボールを転がしている? 仲間が走りそうな場所? いや、違うな。君は『ボールが転がってほしい理想の線』を描いているだけだ」
湊が健太の肩に手を置いた。
「その線、光琳の『燕子花』のカーブと同じだぞ。君は無意識に、ピッチの上に屏風絵を描こうとしているんだ」
「え、そんなの考えたこともないよ!」
「だろうね。でも、僕たちには見えるんだ」
結衣が空中でスマホを操ると、グラウンド全体がグリッド線で区切られた。
「さあ、健太。ボールを持って。君が今からやることは、サッカーじゃない。ボールを蹴って、このピッチを『笑い』の渦に巻き込むんだ!」
健太は、半信半疑でボールをセットした。湊が、万年筆で空中に図形を描くと、ピッチの芝生が不思議な力でうねり始めた。健太がボールを蹴り出すと、それは物理法則を無視したような美しい曲線を描き、一番下手でいつも空振るばかりのメンバーの足元へ、寸分違わず吸い込まれた。
「えっ!?」
メンバーは驚いてボールを蹴り返す。しかし、その動きもまた、湊が描いた「燕子花のリズム」に合わせて、まるで計算されたコメディのように滑稽で、かつ芸術的なステップになっていた。
「おいおい、なんだこのダンスサッカーは!」
監督がベンチから飛び出してきたが、足が勝手にステップを踏み始めてしまう。
「なんだこのリズムは! 止まらん、勝手に足が……!」
「あはは! 監督が踊ってる!」
健太は思わず笑い出した。
いつもは緊張ばかりしていた仲間たちも、ボールを追ううちに自然と笑顔になり、パスを回すたびに、ピッチ上の全員が、まるでオーケストラのようにシンクロしていく。それは、どんな強豪チームも成し得ない、あまりに奇妙で、あまりに美しい「笑いの連鎖」だった。
「どう? 健太くん。これが『上手くなる』ということの正体だよ」
湊が笑う。健太は汗を拭いながら、これまでにないほどスッキリした顔で頷いた。
「僕、サッカーでこんなに笑ったの初めてだ……! これが、僕のサッカーなんだね!」
「そうよ。君が見たかったのは、勝ち負けなんていう狭い現実じゃない。みんなと一緒に、ピッチというステージで『美しい絵』を描くことだったのよ」
結衣が健太の額の汗を拭く。「もう、『正しいサッカー』なんて考える必要はないわ。君が笑えば、世界は君の思うままにパスを回してくれる」
RIMPAが電子的に呟く。
「被験体02号、健太。目標達成。サッカー少年は『競技者』から『演出家』へと進化を遂げた。……さあ、次の共犯者を探しに行くぞ」
「ちょっと待って、僕も行く!」
健太がスパイクを履き替える。
「僕、この感覚を全国のグラウンドに広めたいんだ!




