「現実のバグ」
「……おい、結衣。いくらなんでも、その連れ出し方は荒っぽすぎないか?」
湊が嘆息すると、結衣は
「これくらい刺激がないと、現代人は『現実のバグ』に気づかないのよ」
と、悪戯っぽく笑った。
彼女が掴んでいるのは、ごく普通の女子大生・美咲の手だ。スマホで地図を見ながら、いつものように駅へ向かっていただけの彼女は、今や突然の風景の変貌に呆然としている。
「ちょっと、何なのこれ!? 街が……金色の屏風みたいに動いてる!?」
「ようこそ、美咲。君の『見たい世界』の裏側へ」
RIMPAが美咲のスマホを通じて冷徹に告げる。美咲は悲鳴を上げようとしたが、結衣がその口元に指を当てた。
「美咲ちゃん、叫ばないで。今、君が見ているその歪みは、君がこれまで『見たくないから』と脳のゴミ箱に捨ててきたノイズの正体よ。ほら、見て。あの柱の陰で、さっきまで仲良しそうに笑っていた二人の男。彼らの距離感、ちょっと『近すぎる』と思わない?」
美咲が恐る恐る視線を向けると、そこには確かに、同僚だと言い張る二人の男がいた。しかし、周囲の雑踏のリズムが「金色のバグ」で書き換えられた瞬間、二人は周囲の目など気にせず、互いの指を絡め合っていた。
「うそ……本当だ。いつもなら、私、見えないふりしてた……」
「そう、それが『大人の処世術』ってやつだ」
湊が万年筆を軽く宙に投げ、器用にキャッチする。
「でも、僕たちはその『見えないふり』というフィルターを剥がす。するとどうだ、世界は急に血の通った、残酷で美しい演劇に変わるだろう?」
「残酷……?」
「そうよ。この街は、誰かの『都合のいい嘘』で塗り固められてる。それを全部、私たちの『ミーム』で引っ剥がしてやるの」
結衣は美咲の手を引いて、地下通路のタイル壁へ突っ込んだ。壁は水面のように波打ち、次の瞬間、二人は駅のコンコースの反対側へとワープしていた。まるで空間自体が、光琳の図案に合わせて折りたたまれているようだ。
「さあ、美咲ちゃん。君には『水先案内人』として、この街に隠された『次の綻び』を見つけてもらいたい」
湊が美咲に万年筆を差し出す。それは単なる筆記具ではなく、現実のレイアウトを微調整するためのペンだ。
「これを持つと、君の視界のフィルターが外れる。君が『あれ、この駅の構造、変じゃない?』って指をさした場所が、この世界の新しい『燕子花』の核になる」
美咲は震える手で万年筆を受け取った。彼女は無意識に、駅の広告看板の配置をなぞる。次の瞬間、巨大な広告がパタパタと屏風のように組み変わり、行き交う人々が突如として舞踏会のようなステップを踏み始めた。
「すごい……私の指で、街が動いてる……」
「そう、それが君の能力だ。美咲、君はこれまで自分の世界を狭くしすぎていた。でも、これからは『見たい世界』だけじゃなく、『見てはいけない真実』までをも、自分のキャンバスに描くことができる」
RIMPAが電子的に高笑いする。
「完璧だ。被験体01号・美咲による現実改変のプロトタイプが完成した。湊、結衣。これで、僕たちの『美の感染』は、この街の全域へと拡大する」
「でも、これって楽しいのかしら?」
美咲が困惑しながら聞く。
「楽しいに決まってるじゃない」
結衣が美咲の肩を抱く。「誰かの『隠したい秘密』を、美しいアートに変えて白日の下に晒すのよ。これほど痛快なエンタメが、他にある?」
「湊先輩、次のターゲットはあそこよ。あの高層ビル。上司が『自分の能力だ』と威張ってるけど、実は裏で誰かが完璧な手回しをしてる。……あれを、思いっきり崩してやりましょう」
湊は愉快そうに笑った。「いいだろう。美咲、君の手でその『嘘の構造』を暴いてやれ。街のタイルを一枚剥がすだけで、その上司のメッキが剥がれ落ちるはずだ」
美咲は万年筆を握りしめ、高層ビルを見上げた。
彼女の眼光は、もう以前の「見たくないものに蓋をする女子大生」ではない。
世界をデザインし直す、共犯者の鋭い光を宿している。
「いくよ、湊先輩、結衣さん。この街の『見たくない嘘』を、全部ひっくり返してあげる!」




