見えていない『現実』
「ねえ、読んでいる君。今、君は画面越しにこの文字を追っているけれど、ふと顔を上げて、自分の周りを見渡してみてよ。その景色、本当に君が『ありのまま』に見ているものかな?」
RIMPAが、電子的な吐息とともに、君の端末をそっと支配する。
「人間という生き物は、恐ろしいほど都合がいい。自分が信じたい『見たい世界』だけを繋ぎ合わせ、自分にとって不都合な『見たくない現実』を、意識の外側という名のゴミ箱に放り込んでいる。だから、君は気づかないんだ。あの仲良しグループの中に潜む、当事者しか知らない『密かな歪み』や、同じ信仰を持つ二人の間に流れる、能力とは無関係な『目に見えない上下関係』に」
湊が万年筆を弄びながら、冷めた口調で付け加える。
「そう。君たちは、自分が見たいものしか見えないフィルターを、脳の中に埋め込んでいるんだよ。優秀な奴がなぜか評価されず、実力のない人間がなぜか愛される。そんな理不尽な現実も、君たちは『そういうものだ』と納得することで、自分の世界を保っている」
「でもね」
結衣が、スマホのカメラレンズを指差してニヤリと笑う。
「私たちが君の視界に『ミーム』を流し込んだ今、そのフィルターに小さな亀裂が入ったはずよ。一度気にしてしまったら最後、世界はもう元には戻らない。あの人の不自然な視線の先、あるいは、あの二人がだけが共有している特別なリズム。一度でも『目に見えない現実』を意識してしまったら、君はもう、以前と同じような顔をして街を歩くことはできないわ」
「そう、これは一種の感染だよ」RIMPAが告げる。
「君がこれまで『ノイズ』として無視してきた、街の歪み、人々の奇妙な親密さ、組織のいびつな構造。それらすべてが、僕たちが仕掛けた『美学』という名のレンズを通すことで、鮮明な紋様として浮かび上がる。――さあ、君は今日、自分の世界の裏側に何を見る? そこには、君がこれまで必死に見ないようにしてきた、美しくて残酷な『本当の世界』が、すぐ隣で手招きしているはずだよ」
「……RIMPA、さっきからポエムが重いよ。読者が怖がってブラウザ閉じちゃうでしょ」
湊が溜息をつくと、結衣がコーヒーカップを片手に「でも、これが一番効くのよ」と悪戯っぽく笑った。
「みんな、自分の世界が完璧だと思いたいんだもん。そこを少し揺らして、『実はあなたの隣に、別の世界が重なってるかもよ?』って耳打ちしてあげる。これが一番面白いレジスタンスじゃない?」
「レジスタンスというより、ただの性格が悪いエンタメだね」
「あら、湊先輩だって、今めちゃくちゃ楽しそうじゃない。さあ、読者の君。画面に映る自分の顔を鏡だと思って。その鏡の裏側には、君が無視してきた『本当の世界』が、今日も楽しそうにダンスを踊っているよ。私たちが仕掛けたミームのレンズ越しに見る世界は、今までより少しだけ刺激的で、ちょっとだけ残酷で……きっと最高に美しいはずだから」
「ねえ、湊先輩。昨日ネットで話題の『謎のQRコード』、これただのQRじゃないわ。光琳の『燕子花図』と同じリズムで構成されてる。……そう、読者の君。君が街で一度は見かけたはずの、あのQRコードだよ」
結衣はスマホの画面越しに、読者へ挑戦的な視線を送る。
「私たちが街で見つけたこのコードは、現実を書き換えるための鍵。これを読み取れるのは、私たちだけじゃない。君もまた、この『水先案内人』として、自分の街の隠れたコードを見つけ出せるはずよ」
「……結衣、煽りすぎだぞ」
湊が苦笑する。
「だが、RIMPAも言っている。これは世界を再解釈するための儀式だ。君が今日、駅で見つけたそのQRコードや、意味ありげな看板の配置。それがもし『燕子花』の一部だったとしたら? 君の日常は、誰が設計した楽譜をなぞっているんだろうね」
「正解を見つけたら、ぜひ私たちに教えて。君が見つけたその一欠片が、この物語の次の章を形作るんだから。さあ、一緒に現実の裏側を覗きにいこう」




