「帰郷再び」ふたつの約束。
フロントガラスからすっきりとした星空が見えた・・・綺麗だ。
深夜だ。
・・・ボクは、34GTRで東名高速を西に向かっていた。
仕事が夏休みに入るのを待って徳島に向かった。
夏休みとはいえ、真夜中のこの時間なら渋滞もない。快調に右側車線を巡行する。
・・・・別に、父の仏前に線香を上げようなどと思ったわけじゃない。
34GTRでのロングドライブがしたかったからだ。
・・・・・全くの別物だった。
前に乗っていたフェアレディZとは全くの別物だった。
Zも、GTRも、同じ280馬力・・・・国内最強パワーの車両だ。
しかし、体感は全く違った。
34GTRは、Zの1.5倍はパワーが出ているような感じだった。
そして、「アテーサE・TS」・・・・・電子制御の4輪駆動システムは抜群の高速安定性を示した。
速度が上がれば上がるほどに、路面にピタリと吸い付くように安定していった。
時間があればGTRに乗りたかった。走りたかった。
時間があれば首都高速を走らせていた。
・・・そして、徳島では行きたい場所があった。行かなければならない場所があった。
もうひとつは、弟に会うためだ。・・・助手席にMIZUNOのロゴの入った紙袋がある。
二つの約束のためにボクは徳島に向かった。
パーキンググエリアに入った。売店も深夜は営業していない。
自動販売機でカップ麺を食べながら、休みながら走った。
月明かりと星に照らされた路面。
快調に右車線を走り抜けていく。
前を走る車は、明るいキセノンライトに照らされ道を空けた。
しかも、ボディカラーは紫だ。「かかわりたくない・・・・」そんなふうに慌てて道を譲る車も多かった。
・・・・・・動力特性で、この車についてこられる車は日本車にはありはしない。
右車線。
前を走る車が1台。
見る見る近づいていく・・・・・
ボクは160km程度で巡行していた。
前の車も制限速度は遥かにオーバーしての走行だ・・・・140kmといったところか。
特徴的なグラマラスな造形、後ろ姿。
近づけばリアに大きく描かれた「PORSCHE」の文字が浮かび上がる。
道を譲る気はなさそうだ。
ポルシェはさらに加速していく・・・・速度を上げていく。
左車線に入る。
アクセルを入れて並ぶ。
左ハンドルのドライバーが見えた。
若い・・・・歳は変わらないだろうと思えた。・・・・それで、1,000万円超の車を運転か・・・・
さらにアクセルを踏み込んでぶち抜いた。
・・・・・ミラーからPORSHEが遠ざかっていった。
・・・・・気に入らなかった。
恵まれた環境にいるヤツが気に入らなかった。
徳島に入った時には15時になっていた。
それでも、思ったより早くついた。
国道沿いのコンビニに入る。
・・・・暑い・・・・真夏の陽射しがフロントガラス越しに照りつけてくる。
「・・・・わかった・・・電話番号はわかる・・・・・?」
運転席。
冷たいスポーツドリンクを飲みながら電話する。
教えられた電話番号をナビゲーションにセットする・・・・・寺院が出た・・・・どうやら間違いないようだ。
声を聞きながら休憩する。もちろんエンジンは切らない。エアコンを入れたままだ。
東京は雨だと言う・・・・・700kmの距離か・・・・そりゃ天気も違うだろうな。
日本は狭い・・・・よく言われるけど、長距離トラックで全国を周ってみれば、ずいぶんと地域による違いを感じることがある。・・・・・・食べ物・・・・味付けの違い・・・・・言葉の違い・・・・
電話を切った。
デジタル時計は16時前だ。
この時間なら、まだ部活の最中だろう。
クラッチを切ってギアを2速に入れる。
GTRはトルクが太い。
発進時にも1速は必要ない。2速発進で充分だ。
走り出した。
2速の次には4速に入れる。
街中を走るならこのふたつのギアで事足りる。走り出してしまえば4速でオートマ気分で走らせられる。
下道なら、5速まで使うことはまずない。6速は高速専用だって言っていい。
・・・・10分も走れば高校が見えてきた・・・・
校庭の金網越しの道にGTRを停めた。校庭全体が見渡せた。
夏の陽射しが照りつける。
グランドで部活の高校生たちが走り回っている。
野球部が練習をしている。
・・・・後方・・・外野に球拾いらしい1年生が数人いる。
・・・・見つけた。すぐに見つけた。弟がいた。青いグローブですぐわかった。
1年生の務めは球拾いと声出し。
汗を流して、懸命にボールを追っている弟を見ていた・・・・
・・・練習が終わった。
しばらくして、校門から、弟がカバンを持って歩いてきた。
弟もグランドからボクに気づいていた。
助手席に乗り込んでくる。
「ほら」
MIZUNOの箱を手渡した。
GTRが走り出す。
弟はMIZUNOを大事そうに胸の前で抱えている。
「開けていいぞ」
瞬間、笑顔が見えた気がした。・・・・すぐに消えてしまったけれど・・・・
箱から取り出す。
目の色が輝いたのが見られた。
「・・・・ありがとうございます・・・・・」
他人行儀。
それでも嬉しそうな声だった。
新しいグローブだった。
今年高校生だ。弟は野球部に入った。
使っていたのは、家にあったグローブだ・・・・そう、ボクが父に買ってもらった青いグローブ・・・・
あの父が使っていた方の大人用の青いグローブだ。
悪い品物じゃなかったけれど、外野手用だった。
父はあてにはならない。
家にいるのかいないのか・・・仕事をしているのかいないのか・・・・
ボクは、東京に出ていく時、
「なんか困ったことがあれば言ってこい」
弟に言った。
・・・・弟は何も言ってこなかった。
初めて言ってきたのが、このグローブだった。
この前、「父危篤」で帰ったボクに弟が言った。
「ピッチャー用のグローブが欲しいんです」
外野手用とピッチャー用ではグローブの形が違う。
そして、本格的に競技として使うグローブは高価だ。
そもそも父はろくに働いていない・・・そこへの入院騒動・・・長患い・・・・危篤・・・バタバタした状況で母に言える話じゃない。
ボクが、今回、徳島に来た、ひとつめの約束がこれだった。




