「父を殺した」弟とのキャッチボール。
段ボール箱を見ていた。・・・母がボクのためにまとめてくれたやつだ。
懐かしいミニカーやマンガの本・・・・ボクが幼かった頃のオモチャ・・・どこへいったのかと思っていた物が次々に出てきた。
いつの間にやら遊ばなくなり、目の前から消えたオモチャの類がつまっていた。
・・・・その中に入っていた。
いつの間にか無くなっていたもの・・・・どこへいったかと思っていたもの・・・
祭壇を見た。
父の遺影。・・・・笑っている。いい笑顔だ。
別の写真から顔だけを取り取られて、無理やり喪服を着させられている。
ずいぶん若いような気がする・・・・・
祭壇の前に、胡坐をかいて座った。
・・・・この写真は・・・・
たぶん、家族で遊園地に行った時の写真だ。
まだ、父の羽振りの良かった時・・・・父は休みになるとボクたちを遊園地に連れて行った。
この写真・・・・元の写真の胸には弟が・・・・そして、隣にはボクが立っているはずだ。
さっきの子供たちが飾っていった花。
祭壇には多くの花が飾られていた。全てが判で押したように同じ小さな花たちだった・・・小さい・・・・一番安いものということだと思う。
・・・・しかし、その全てが、同じように子供たちが・・・・お金を出し合って買ったものなんだろう。
・・・・そして、ここまで持ってきて飾っていった花たちだ。
小さな花たちに囲まれた父の遺影。いい笑顔で笑っている。
携帯が鳴った。
「ああ・・・ありがとう・・・・ホントに助かった・・・・・幸弘とも会えたよ・・・・・」
微かに二拍子のリズムが聞こえる・・・
電話からも聞こえるという。
前にもこんなことあったよな・・・・
玄関が開いて、弟が帰ってきた。
GTRを走らせる。
助手席に弟が乗っている。
あの一件以来・・・・弟とはどこか距離があった。
あの時、叔母は、
「カァ君も後から来るんやで・・・・」
そう言いながら弟を松山に連れて行った。
・・・・ひょっとするとボクに置いて行かれた・・・ボクに棄てられた・・・そんな心情があるのかもしれない。
・・・・だけじゃない。あれ以来、弟はどこか大人の顔色を窺って過ごす子供になってしまった。
深く・・・・深く、弟の心には、深く大きな傷として残ってしまったんだろう・・・・そう感じていた。
元より、8歳差の兄弟だ。
一緒に遊ぶという兄弟じゃなかった。
・・・・そしてボクは高校生から家を出た。・・・・そして、その後この地を離れた・・・・この地を棄てた。
考えてみれば、弟と一緒に生活したのは7年にも満たない年月だ。
気が付けば、弟はボクに敬語で・・・・あらたまった物言いで接するようになっていた。
酒屋に寄った。
弟を助手席に残したまま店に入った。
・・・・すぐに終わる。買うものは決まっている。
「鳴門鯛」の大吟醸を買った。・・・誰もが知ってる地元の銘酒だ。
運転席に乗り込む。
後部座席に「鳴門鯛」と書かれた紙袋を置いた。・・・・弟が見ていた。
「お父さん殺したん、ボクかもしれません・・・・」
唐突に弟が言った・・・・・
弟は毎日病院に顔を出した。・・・・特に日曜日は、母が仕事でいないため、ひとりで病院にいた。・・・・父といろんな話をしたらしい。
もちろん、父は死を覚悟していた。
もうダメなんだろうとは覚悟していた。けれども淡々としていたらしい。
死に対する恐怖や、人生の後悔といった姿は見せなかった。
淡々と・・・・まるで、電車の待ち時間を潰すように過ごしていったらしい・・・・弟の前でカッコをつけていたんだと思っている。
・・・・死ぬのはいい。しかし、ひとつ、心残りがあるという。
「息子たちと酒を飲みたかった・・・・」
そしてこう言った。
「酒買ってこいや・・・末期の酒や・・・」
「末期の酒」
その言葉には、ダメだと言えない響きがある。・・・・もう、死期が近いことは弟の目にも明らかだった。死にゆく者の切なる願いの響きがある。
海岸線の道路だ。
窓の外には瀬戸内海が見えた。
蒼い海。夏の陽射しに水面が輝いていた。
蒼い空。真っ白な雲が浮かんでる。
「飲ませたんか?」
弟は小さな日本酒の瓶を買った。・・・「鳴門鯛」の小瓶。・・・父が好んで飲んでいたことを知っていたからだ。
「末期の酒」
せめてもの思いから、こずかいから奮発して大吟醸を買った。
しかし、飲ませるのは身体に悪い・・・いや、身体に悪いのはいい。どーせ死ぬんだから・・・・でも、バレて自分が怒られるのは嫌だ。
・・・そのとき、テーブルの上の綿棒が目についた・・・・耳を掃除する綿棒だ。
弟は綿棒3本に「鳴門鯛」を染み込ませ父の口に入れた。
「ありがとうな・・・」
弟曰く、何とも言えない顔だったらしい。痩せた病人の顔・・・・しばらく父の笑った顔を見てなかった。何とも言えない穏やかな笑顔だったという。
「お前も飲め・・・・」
・・・・しょうがなく、弟も綿棒に「鳴門鯛」を染み込ませて口に入れた。・・・・ただし1本。
嬉しそうに見ている父。
「・・・・もう、思い残すことないわ・・・・」
父が笑った。
弟は「鳴門鯛」の瓶を父のベッドの裏にガムテープで貼って隠した。見舞いの度・・・・誰もいない時を見計らって父に綿棒3本の酒を飲ませた・・・・そして自分も綿棒に1本。
「アホやな・・・」
ボクは言った・・・・・しかし、笑えてきた。アホだと思った。・・・・これまでに、さんざん「酒」で人生を狂わせてきた。「酒」で、さんざんにまわりに迷惑をかけてきた・・・・
その父の、最後の望みが「酒」だった。
「末期の酒」・・・・もっともらしい言葉だ・・・・もっともらしく飾った言葉だ・・・・
「息子と酒を飲みたかった」
・・・・これも、額面通りに信じることはできない・・・・ただ、自分が・・・病床の自分が「酒」を飲みたかっただけ・・・・弟に「酒」を買いに行かせるための、口実に使っただけの言葉じゃなかったのか・・・・
・・・それでも、どこか憎めない思いがあった・・・・どこかで笑ってしまう感情が働いた。
「うん、アホや・・・・」
弟も笑った。
弟と、ふたりで笑った。・・・・父が弟に酒をせがむシーンを想像した・・・・そして綿棒3本で酒を飲む父・・・・アホだ。ギャグだ。バカバカしい。
キラキラと海岸線が輝いていた。
東京にも海はある。
会社から車で10分も走れば海に行けた・・・・・しかし、そこに砂浜はない。泳げる海でもない。
ボクの知ってる海じゃなかった。
・・・・やっぱり、徳島の海は綺麗だ。美しい・・・・・
「そういやぁ・・・お前が最初に歩いたのも、酒飲まされた時やったな・・・・・」
弟が1歳になり・・・・つかまり立ちから初めて歩いたのは、父が、グラスのビールを弟に舐めさせた時だった。
舐めたビールから気が大きくなった弟は・・・たぶん酔ってた・笑・・・見事に歩いた。
・・・・しかし、1歳の赤ん坊にビールを飲ませる父親、おるんかなぁ・・・・
「アホやな・・・・」
ふたりとも笑いが止まらなくなった。・・・・ツボに入った。
最後の最後まで「酒」だった・・・・酒で人生をダメにして・・・酒で身体を壊し・・・・それでも最後に「末期の酒」だと・・・・親子で酒を飲みたかったと、アホみたいな、もっともらしい口実をつけて、まだ中学生だった弟に・・・・こずかいで酒を買ってこさせて飲ませた・・・・そして死んでいった。アホで、クズで・・・どうしようもない父だった。
ふたりで笑い転げた。
海岸脇にある公園にGTRを停めた。
弟とキャッチボールをする。
ボクは古いグローブで・・・青いグローブで。弟は新しいグローブだ。
「使い心地はどうだ?」
「すごい捕りやすいです・・・革が柔らかいわ」
海風に吹かれて、弟とキャッチボールをした。
ボクが徳島にいたときには、まだ小学生だった・・・・小さかったな・・・
幼稚園・・・・小学校・・・・大きなランドセルを背負って・・・・後ろから見てるとランドセルが歩いてるようだった・・・・
こうして・・・・小学生だった弟とキャッチボールをしたことがある。
キャッチボールの球も山なりだったな・・・
それが、今は、真っすぐな、おじぎをしないストレートを投げてくる。背も伸びた。
「藪みたいなピッチャーになりたいんです」
阪神の若きエース。右の本格派だ。
弟の投げる球がグローブに吸い込まれていく・・・・いい球だ。
・・・・ボクは座った。キャッチャーの姿勢をとる。
真ん中にグローブを構える。
ワインドアップで弟が投げる。
見事なストライクが決まる。
・・・・むかし、むかし・・・・父がしてくれた・・・・
父が、座ったままキャッチボールの相手をしてくれた。
長距離運転で・・・・1週間の航海を終えて帰ってきて・・・・ボクが、学校から帰ってきたらキャッチボールをしてくれた。
いつまでもいつまでも・・・何時間でも、座って相手をしてくれた。
ボクは、阪神の抑えのエース、中西の真似をして、思いっきり父のグローブ目がけて投げこんだ。
・・・・風に乗って、二拍子が聞こえてくる・・・・
阿波踊りも本番を迎える。
リストバンドで汗を拭った。
夏の匂い・・・・海の香り・・・・阿波踊りの二拍子・・・・・
身体の隅々までが徳島になっていく・・・・




