表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/34

「3歳の矜持」・・・大丈夫なんかな・・・


数ヶ月後。冬。


毎年、正月はウチにみんなが集まった。・・・実家だからな・・・叔父家族・・・そして、叔母・・・さらには「本家」ということで多くの客もあった。


・・・・もうすぐ正月や・・・・しかし、今年は誰も来ない・・・というより、その実家、「家屋敷」そのものがなくなってしまった。

誰かが来たところで、座る場所すらない家だ。


・・・・そんななかで叔母が来るという。・・・弟を連れて・・・

叔母にとっては、父・・・ボクにとっての祖父に会いに来るってことなんか・・・・


叔母が来るのはウチだ・・・・今、祖父が住んでるのは勤め先の工場の寮。一部屋しかない。


ウチとて廃墟のような借家やった。そして、叔母は、この場所を知らない。



母と家の前で待っていた。

駅に降りたところで電話があった。「タクシーで向かう」そろそろ着くころだ。


家の前の、舗装されてない道を砂埃を上げて1台のタクシーがやってくる・・・・たぶん、あれやな。


ボクたちの前に停まった。

ドアが開く。飛び出すように弟が下りてくる。一目散に母に抱き着いた。


数ヶ月ぶりに会う弟。数ヶ月ぶりの母子の対面やった。



夕方。

祖父もやってきての晩御飯になった。


今年はいろいろあった・・・・それでも年の納めだ・・・・今日だけはと、座卓にはご馳走が並んでいる。

祖父も嬉しそうだ。・・・・祖父も、分家の工場の寮で一人暮らしや。久しぶりの大人数での晩御飯が楽しそうやった。それでも、黙って日本酒を飲んでいた。・・・・目を細めて弟を見ていた。・・・・もちろん、ボクへの目も優しい。・・・祖父はとにかくボクを可愛がった。優しかった。ボクが長男で、初孫で・・・田舎のことや、そして代々続く家系や、そんなことも理由やったんやと思う。


弟は・・・母の隣にチョコンと座り甘えていた。その一挙手一投足を皆が見ていた。




こいつはこんなに「甘えた」やったんか・・・・・


弟は、びっくりするほど母に甘えていた。


母が皿によそったものを箸を使って食べている。・・・・箸が上手に使えるようになったなぁ・・・


母と叔母で、話に花が咲いている。


ボクは祖父の隣で少年ジャンプを広げ、テレビで好きな番組を見ていた。・・・・そして弟の様子を窺うように見ていた。



「今日は、よう食べるんやねぇ・・・」



少年ジャンプとテレビを見ていた。それでも聞き逃さなかった・・・・叔母の声やった。


・・・父は顔を出さなかった。叔父たちも来なかった。

それでよかった。家族だけでの温かい時間やった。



夜。

天井に小丸球だけがついていた。

一部屋で、みんなで布団を敷いて寝ていた。

祖父は帰っていった。・・・・自転車で10分もかからん距離や。


弟が隣で寝ていた・・・・弟の匂いがする・・・・母の布団で寝ていた。その向こう側で叔母が寝ていた。

弟は青いタオルを掴んで寝ていた。家に置いていった大事なタオルだ。


弟の寝顔を見ていた。

・・・・よかったな・・・タオル・・・やっと持っていけるな・・・それがないと寝れんかったやろ?

ひとりで、ちゃんと寝れてたか・・・・?


・・・なんとなく寝つけなかった。・・・いや、ウトウトとはしていたか。

弟が起きた。・・・トイレか・・?

弟は、早くからひとりでトイレに行けた。だから気にもせず、そのまま行かせた。・・・・扉の開く音・・・・そして閉まる音・・・・帰ってきた・・・いや、帰ってこない・・・弟が叔母の布団に入った。


・・・・そうか・・・今は、叔母と一緒に寝てるんやな・・・・


・・・しばらくして、弟が立ち上がる。すっく!・・・そんな音が聞こえるように立ち上がった・・・・なんや?・・・どした?


弟がこっちにやってきた・・・慌てたようにやってきた。そして母の布団にもぐりこんだ。

・・・なんや、母と叔母を間違えたんか?・笑。



・・・・家にいる間中、弟は片時も母のそばを離れようとしなかった。

・・・・叔母には近づこうともしなかった。



が、楽しい日々は短い。その数日も終わり、弟が松山に帰る日はやってくる。



・・・・迎えのタクシーがやってきた。

ボクと母も、駅まで見送りに行くことにした。


母に手を引かれタクシーに乗り込む弟。・・・母から離れない弟。

・・・・ボクは助手席に座った。


窓から冬の田畑・・・突き当りには山々が見えた。冬の穏やかな日や・・・


「大変なことになる」・・・・ボクは思った。


まだ3歳の弟に、母と離れて暮らせということだけで無理がある。ましてや、その数ヵ月後に母との再会を許し、そして、また別れろ・・・・あまりにも酷やないのか・・・・


ボクは駅での弟の泣き顔を想像した。




駅に着いた。・・・母に手を引かれタクシーを降りる弟。

・・・まだ時間はある。

4人でレストランに入った。


弟は母の隣に座っていた。子供用のジュースを飲んでいた。

ボクはレモンスカッシュ・・・・母と叔母は珈琲。



壁に時計があった。

・・・・別れの時間が近づいてくる。


ボクは弟の泣き顔を見たくなかった。

・・・レストランから売店が見えた。


「ちょっと買ってくる・・・・」


立ち上がる。


売店で少年ジャンプを買った。今日が発売日や。



・・・・弟の泣き顔を見たくない・・・



席に戻る。

少年ジャンプを開いた。「コンタロウ」が好きやった。ほのぼのとした作風が好きやった。・・・・努力や根性は嫌いや。騒がしい笑いも大嫌いや。ほのぼのと、のんびりとした笑いが好きや。「吉本新喜劇」より「松竹新喜劇」のほうが好きやった。

間寛平のドタバタと、バタバタと騒々しい・・・ただ「変なもの」という笑いより、藤山寛美の染み入ってくるような笑いの方が好きやった。



・・・・弟の泣き顔を見たくない・・・



少年ジャンプを開いて、ほのぼのとしたページを、のんびりとした漫画をめくった・・・そして、弟を盗見た。


・・・・時間が来た。


叔母が席を立つ。母が席を立つ・・・・その時やった。


弟が席を立った・・・そのまま叔母へと寄っていった・・・そして叔母の手を繋いだ。



・・・・わかってたんや・・・・


弟は・・・・・分かってたんやろう・・・・・・幼いながら、この数日間は特別な日々であって、自分の帰るところは、母のもとやない。松山やと。

・・・・もう、母とは一緒に暮らせないんやと・・・・

その、一番泣きたいだろう幼児の行動に、3歳の弟の覚悟に、一瞬、テーブルの時間が止まった。誰も言葉がなかった。



叔母に手を引かれ歩きだす弟。続く母。

・・・・ボクは、少年ジャンプをゆっくり閉じた。顔を上げられない。涙が落ちそうだからや。

弟の後姿を追った。



ホーム。夕暮れ。

叔母に手を繋がれた弟。隣に母。・・・・少し離れてボクは立っていた・・・柱にもたれ・・・パラパラと少年ジャンプのページを繰りながら立っていた。


誰も何もしゃべらない。硬い沈黙だけや。


アナウンスが流れて、列車が入ってきた。


停車した。

ドアが開いた。


叔母に手を引かれ列車に乗り込む弟。


窓の中。叔母の隣で手を振る弟・・・・・口を真一文字に結んで手を振る弟・・・・そこには、自分の生きていく道をわきまえたような、毅然とした3歳の男の子がいた。


・・・・どんな顔で手を振ればいいのか・・・笑顔でか・・・・笑顔なんかできるわけがない・・・だからって泣けるか・・・・・隣で手を振る母なんか見れるもんか。


笛の音が鳴って、列車が走り出す。


手を振ってる・・・・弟が手を振ってる・・・・


追いかけるわけにもいかない・・・・映画のように、去っていく電車を追いかけるわけにもいかない・・・・その場で立って手を振った・・・・すぐに視界から弟が消えた。


去っていく・・・・去っていく・・・列車が去っていく・・・・弟を乗せた列車が去っていく・・・・


・・・・小さくなるまで・・・・小さくなるまで・・・・テールランプの赤が小さくなるまで見送った。

夕暮れの中、小さな赤が綺麗だった。


・・・・見えなくなった。



黙って母と踵を返した。

二人で歩いた。黙って歩いた。


駅を出てバスに乗った。・・・高い料金のタクシーなんかに乗れるはずもない。



ボクは窓から外を見ていた。・・・・動けない。

暗くなっていく街並みを見ていた。


少年ジャンプを膝に広げて窓の外を見ていた。・・・動けない。


田畑。遠くに見える山々を睨みつけた。星が綺麗だ・・・動けない。

動けば涙がこぼれる。泣いているのがバレる。


動くもんか。・・・・泣くもんか。



「今日は、よう食べるんやねぇ・・・」



聞き逃さなかった・・・・叔母の言葉を聞き逃さなかった。


「今日は・・・」

じゃあ、いつもは食べないってことなんか・・・・大丈夫なんか・・・・



・・・・もう、ボクは、食べることが嫌になっていた。

給食が食べられなかった。


・・・・もう、給食だけやなかった・・・・


毎日のご飯すら食べられなくなっていた・・・


・・・弟は・・・・弟は・・・・大丈夫なんかな・・・・



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ