「命を絶った友」白鞘の染み。
GTRを走らせる。
目的地は昨日教えてもらった寺院だ。ナビゲーションが誘導している。
片道1車線の県道。
田舎道。国道を逸れた県道には交通量も少ない。
・・・考えてみれば行ったことがなかった。
田畑が広がった集落が見えてきた・・・その奥、少し小高くなったところに小さな寺が見えた・・・・たぶん、あれだろう。
脇道に逸れて寺に向かう。
駐車場に入っていけば、自転車の脇で花を持った幸弘が見えた。
お盆だ。墓参りの車が数台停まっている。
エンジンを切った。雑木林から蝉の鳴き声が降り注ぐ。・・・・陽射しが強い。
助手席に転がしてあったリストバンドを左腕にはめた。
「久しぶりやなぁ」
車を降りた。幸弘が言った。
相変わらずのサラサラヘアー。坊ちゃん刈。
ジーパンに紺のチェックのボタンダウン。もちろん半袖だ。・・・どう見ても優等生・・・・大学生にしか見えない。高校生でも通用しそうだ。
ボクはと言えば、薄いブルーのスラックスに、長袖のサマーニット・・・・どうにも半袖というのが好きじゃない・・・夏でも長袖を着ている。小洒落たカッコのわりには足元は、汚い、やっすいデッキシューズだ・・・運転用だ。ちゃんとしたローファーも車には積んである。
幸弘と並んで奥へ・・・墓地へと入っていく。
幸弘と会うのは6年ぶりだ。この土地を離れてから会っていない。音信不通。電話すらできなかった。
人懐っこいニコニコした笑顔を向けてくる。・・・・お前は、変わらないな・・・・
目指す墓の前に立った。
幸弘が、花を生け、線香とろうそくに火をつけた。
・・・墓石の横に刻まれた文字・・・・まだ新しい文字・・・
「守」・・・享年十九歳。
・・・・同級生だ。・・・就職して2年目の出来事だった。
ボクは、小学校、中学校、そして高校・・・虐められていた。
だから、数少ない友だちといっていい存在だった。・・・・いや・・・友達というより「弟」のような存在か。
守は何かにつけボクを頼った・・・・頼ったというのは言葉が違うか・・・懐いた・・・懐いたもちょっと違う・・・的確な言葉が見つからない。・・・それでも、そんな態度が、どこか弟のような存在になっていた。
だからといって軟弱だったわけじゃない。むしろ「硬派」なヤツだった。
テニス部で・・・毎日、真剣にコートを走り回っていた。
何より、学校の成績が良かった。常に学年で5番以内といった成績。毎回、赤点スレスレでテストを凌いでいたボクとは大違いだった。・・・・ちなみに幸弘は学年1番といったヤツだった。
ボクは、長年虐められていたこともあって、高校に入った時には、すっかり学校に行かない生徒になっていた。・・・・勝手に学校に行き、勝手に帰った。行きたい時に行き、帰りたい時に帰った。
・・・・それでも、大きな問題にはならなかった。
ボクが行っていたのは、県下でも有名な「悪」の工業高校だった。
低偏差値で、違反学生服を着た、素行の悪い生徒の巣窟のような学校だった。
街で自転車を盗まれた住民たちは、それを探しに工業高校の駐輪場にやってくる・・・そんな札付きの悪高校だった。
そんな中で、普通の学生服を着て、普通の髪型をして、赤点スレスレとはいえ成績にも問題がないボクは、教師からみれば、問題を起こさない「善良な生徒」でしかなかった。
多少の遅刻、早退があったとて、「事なかれ主義」の教師たちからすれば、あえて誰も渦中の栗を拾いたくはなかったんだろう。誰も何も言わなかった。
・・・しかし、ここで、不思議な現象が起きていた。
小学校、中学校と虐められてきた。・・・・集団的に、一方的に虐められていた。
しかし、高校生ともなれば、それぞれの生徒に自主性も生まれてくる。ボクを虐めているグループもあれば、それをアホらしいと加担しない生徒も出てくる・・・・特に、成績のいい連中たちは加担しなかった。
・・・・それだけじゃなく、行きたい時に学校に行き、帰りたい時に帰る・・・ある意味、高校生たちが、一番やりたいことを実行しているボクに対して、ある種の憧れをもつ生徒も出てくる。
・・・・どんな不良も、どれだけ素行が悪かろうが学校はサボらない。
これが、田舎町の、田舎村の特徴だ。
町民、村民にとって、一番怖い、一番気にするのは「近所の目」だ。
「村八分」というものが、現実に生きているような地域だ。
学校の先生が一番偉く、子供の義務は休まずに学校に行くこと。
誰もが近所の目、近所の声を恐れて、学校をサボることはない。親が絶対にサボらせない。
一生・・・代々、このクソ田舎の村社会に住むしかない人間にとって「近所の目」ほど恐ろしいものはない。
それに・・・・工業高校ということは、そのほとんど全ての生徒たちが卒業と同時に就職していく。
「無断欠席」「遅刻」「早退」といった文字は、就職活動にとって、もっとも汚点となる記述だ。
低偏差値のツッパリにとって成績優秀での就職は難しい。・・・・せめて誇れるところが「皆勤賞」といったわけだ。
・・・・だから、ニワトリの鶏冠のような頭をした生徒たちが・・・暴走族まがいの学生服を着た生徒たちが「ダリぃ~~~~」と口にしながらも、毎日休まず学校にはやってくる・・・・学校に来れば低能の友達もいる・・・自分だけが低能じゃないと安心もできる・・・・
「髪の毛を切れ!」「学生服を直せ!」朝のあいさつ代わりの教師の叱責を受けながら、それでも毎日、教師に反抗しながらも、毎日学校にやってくる。・・・・アホくせぇ・・・
ボクへの虐めも、なんのことはない「好き勝手」なボクの行動への反発でしかない。
その攻撃の裏側に「羨望」の眼差しが入っているのがわかっていた。
「オレたちは我慢してガッコー来んのに、なんでオマエは好き勝手やってんだ?」
学年が上がっていくと「虐め」はより陰湿なものへとなっていった。・・・しかし、勝手に学校に行き、勝手に帰る・・・さらには徒党を組まない・・・そんなボクへ傾倒に近い思いを抱くヤツも出てくる。・・・・それが守だった。
ひとり暮らしだった。
父と同じ屋根の下にいるのが嫌だった。
・・・・居ると思えば居ない・・・いつ帰ってくるのか・・・・そんなフワフワした存在すらが嫌でたまらなかった。
酒乱。 クソ野郎。 クズ。 負け犬・・・顔を見るのも虫唾が走る。ありとあらゆる憎悪の感情が過った・・・父はそんな存在だった。
高校生の頃には家を出ていた。アパート暮らしを始めていた。
アパート暮らしといったところで、六帖一間、そこに水場がついただけの平屋のバラック。
家から歩いて5分。廃業した工場に隣接した社員寮だった。取り壊しが決まっていた物件を格安で貸してもらった・・・ほとんど小遣い程度の家賃だった。
アパート暮らしというよりは・・・・よく、庭にプレハブで子供部屋を造ったりする・・・あれが、敷地外にできたって感じか・・・・アパートで寝泊まりはするが、晩メシは家で食っていた。
・・・・なんとなくウチの・・・ボクの空気を察したように叔父が貸してくれた・・・そう、アパートの大家は「ゴン」の実家・・・叔父、分家の持ち物だった。
没落・・・人生に失敗した父より、叔父の方が百万倍カッコよかった。
メシを食わせてもらい・・・叔父の経営する飲み屋にすら出入りしていた。
・・・そして、叔父もボクを可愛がった。
叔父は明らかにゴンよりもボクを可愛がっていた。
高校が違ったゴンと会うことはほとんどなかった。
・・・そのうちに、当然のように幸弘や、守・・・仲の良かった奴らの溜まり場になっていった。・・・・そして、麻雀を覚え・・・・教わったのは叔父からだ・・・・さながらアパートは「雀荘」へと化していった。
高校を横断してメンツが集まり、毎夜のように麻雀大会が行われた。・・・・ここには鶏冠頭の低能はいなかった。どちらかと言えば高偏差値の進学校の生徒が多かった。
・・・・そして、ボクは麻雀に負けなかった。
もちろんカネが懸かっていた。
そして負け金は絶対に回収した・・・・どんな手を使ってもだ。
50円の負けも負けなら、2万円の負けも負け。
絶対に徹底して減額せずに回収した。
麻雀のあがりで、家賃、日々の生活費は楽勝で賄えた。
・・・もうひとつの収入元がパチンコだ。
朝起きればパチンコ店に入り浸った・・・・夕方からはアパートで麻雀を打った。
学校なんぞ行ってるヒマがない。
・・・・そして負けない。
下手なサラリーマンの収入以上は稼げていた。
余談だけど、就職して、あまりの給料の安さにビックリした。
・・・・こんな金額じゃあ生活できない・・・マジで思った。
高校時代の半額以下だった。
高校を卒業した。
ボクは、東京の大手石油会社に就職した。
名前を聞けば誰もが知る大手企業だ。
別に成績がよかったわけじゃない。成績は赤点スレスレ・・・・おまけに「サボリ」ばっかりで出席日数も足らなかった。・・・・なんとか、お情けで卒業させてもらっただけだ。
そんな人間を採用するところなどなかった。・・・・少なくとも、地元では。
あっても、工場のライン作業くらいだ。
ライン作業・・・・・食品工場・・・・部品加工・・・・毎日毎日、右から左に同じ作業の繰り返し・・・・・
「運転手になろう」と思っていた。
三つ子の魂だ。幼い頃からか父に連れられトラックに乗っていた。
大きなトラックを運転する姿に憧れた。
父を嫌ってはいた。
しかし、運転手という仕事への憧れはそのままだった。
・・・・それに、長年の虐めから「人間関係」の煩わしさが嫌だった。
ひとりで仕事ができる大型トラック、そして、長距離の運転手になりたかった。
何よりトラック運転手には学歴が関係ないと思った・・・・まぁ・・・逆に大学卒がトラック運転手になるとは思えないけど・・・
運転手なら「運転技術」だけで、世の中を渡っていけると思った。
地元には仕事がなかったけれど、大都市は好景気に沸いていて人手不足が起こっていた。特に、キツイ、キタナイ、キケン・・・3K職と言われる職種では人手不足が深刻だった。
好景気に物流量は増え、ドライバー不足も起こっていた。
ボクみたいな「ゴミ高卒」でも、東京、大阪「大都市圏に行く」と覚悟させ決めれば、大手企業に簡単に就職できた。ホントに、あっさりと就職ができた。
・・・・そして、それは、徳島を棄てたかったボクにとっては渡りに船だった。
守は・・・・・成績の良かった守は、地元の上場工作機メーカーに就職した。・・・・そこは、学年で成績5位以内に入らなければ、就職試験すら受けさせてもらえない企業だ。
そこに入ることは、一家の名誉ですらあった。
・・・・そして、その企業には「夢」があった。
アメリカンドリームに匹敵する夢の物語だ。
高卒で就職したものは、企業内の学校に入れられる。実家の遠近は関係ない。全寮制だ。
働きながら、企業内学校の生徒となる。・・・・そして、そこを卒業した者には「大学卒」と同じ資格が与えられた。・・・その企業だけでしか通用しないとはいえ「大学卒」の資格が与えられるんだった。・・・・だから、そこに就職できることは、高卒就職者にとっては、人生の一発逆転が叶う「夢」だった。
守は受かった。
昼間は仕事、夕方からは勉強という完全寮生活が始まった。
守の高校の成績は良かった・・・・常に学年で5番までには入っていた。
・・・・しかし、守は、決して「頭が良かった」わけじゃない。全くの努力型だった。・・・・それも「開いた口が塞がらない」といった努力をするタイプだ。
数学の練習問題を、そのまま丸暗記するような努力をする。・・・・つまり、物事の「本質」を理解しているわけじゃない。・・・・理解できない・・・だったら丸暗記してしまえ・・・そういうタイプだった。
四角四面の学校のテストであれば、物事の本質を理解してるヤツも、丸暗記で臨んでるヤツも成績には差が出ない。
・・・世間で言う「頭が良い」というヤツの中にも意外と「丸暗記」組の人間は多い。
この「丸暗記」組と、物事の本質を見る人間の違いは、麻雀をしてみると良くわかる。
「丸暗記」組は、そこそこは勝てても、「大勝」はできない。
「丸暗記」というセオリーだけでは、所詮セオリーだけ・・・単純な公式に即した打ち方しかできない。
「大勝」するには、各種の公式を組み合わせた連立方程式を、瞬時に自分の頭で組み立てる能力が要求される・・・さらには、瞬時に、それを解く能力が必要だ。・・・・・さらには、数式を超越した「運」「勘」という要素が大きく左右する。
なので、「大勝」するには、まずは物事の本質を見極める目がないと絶対に不可能だ・・・・そして、それは麻雀に限ったことじゃない。
どんな世界でも、突き抜けた上の世界に行く人間は、物事の「本質」を理解する能力に長けている。
守が麻雀で大勝するのを見たことはなかった。
・・・・低偏差値の工業高校くらいの世界であれば「丸暗記」で・・・・「丸暗記」をするという努力ができる・・・・その能力で5番までにはいけた。
・・・・しかし、上場企業の学校では、その方法は通用しない。
すぐに守は行き詰った。
線香の煙が立ち上る・・・・
ろうそくの炎が揺れる・・・
「どんなだった・・・・?」
「・・・・いつもと変わらなかったんだけどね・・・・・」
幸弘が話し出す・・・
守は自ら命を絶った。・・・・社員寮となっていたワンルームの浴室で発見された。
前日には、幸弘たちと麻雀を囲んでいた。
・・・・守から、東京の社員寮には何回か電話をもらっていた。・・・・まだ携帯電話を持っていなかった。・・・・・そして、返事ができなかった。
おそらく、ボクに話を聞いてほしかったんだろう・・・・守からのSOSの電話だったんだろう・・・・可哀そうなことをしてしまった・・・・
徳島を棄てた。・・・地元に・・・徳島に来なかった・・・・意地になって来なかった・・・・
だから、守の墓にも来てやれなかった。
今回、徳島に来た一番の理由が守の墓参りだった。
・・・考えてみれば、守の家を知らなかった。
いつも、守がウチのアパートに来るばかりだった。
それで、父危篤の時には、守の墓に参れなかった。
今回、この墓の場所がわかって、ようやく実現した。
・・・・そして、幸弘とも連絡がついた。
「これ・・・・」
幸弘がポケットから取り出す・・・・受け取る。
ナイフだった。
工業高校は機械科だった。
ドライバー、ペンチといった授業の工具があった。その中にナイフがあった。・・・・折り畳み式で・・・・柄の部分は白木だ・・・・必要もないのに、生徒たちは砥石で研いで切れ味を競ったりしていた。
・・・・白木の部分に染みがあった。・・・まだらに染みになっている。
守は、このナイフで手首を切った。
躊躇い傷なのか、いくつかの傷があったという・・・・どこで、そんな知識を仕入れたのか、睡眠薬を飲み、浴室の中で手首を切っていた・・・・そうすれば、血が固まらずに流れ出す・・・・絶対に死ねる・・・
「どうしたんだよ・・・・これ?」
守の両親から形見として貰ったと幸弘が言った。
白木の染みは、明らかに「血痕」だ。
だからこそ・・・・御両親には辛いんじゃないかと・・・・だからといって捨てられないんじゃないかと思って貰ってきたと幸弘が笑った。
・・・・幸弘は、いつだって笑顔だ。・・・・幸弘は笑顔でいなければならない人生を送ってきた・・・笑顔を造らなければ生きていけない・・・それが幸弘の「出自」だった・・・・その笑顔がマスクのように張り付いていた。
幸弘は「悪の工業高校」から珍しく大学進学を果たしたヤツだった・・・・・それも国立大だ。・・・それもどういうわけか「法学部」だった。
こいつは麻雀では負け知らずだった。
・・・・そう、幸弘は物事の「本質」を理解するヤツだった。
「いるかい?」
幸弘が笑顔で言う。
「いらないよ」
・・・・なんとなく・・・・なんとなく、ボクが持って・・・・ボクが東京に持って行くのは違うような気がした。幸弘が持っているほうがいいような気がした。
頷いて、幸弘がポケットにしまった。
・・・・思い上がりかもしれない。
それでも、守の話を聞いてやれば・・・守に電話してやれば、守は死なずに済んだんじゃないかという忸怩たる思いがある。
「カズ頼むわぁ・・・・カズ頼むわぁ・・・・」
守が口癖のように言っていた。
・・・・何を頼むというのか・・・・おそらく、この後の人生も一緒にいてくれ・・・・ずっと頼りにしてる・・・そういう意味だったんだろう・・・・その気持ちはよくわかっていた。
・・・・なのに、ボクは・・・・ボクは・・・・守に電話しなかった・・・・
・・・・してやれなかった・・・・ボクはボクで戦っていた・・・・
遠い異国で・・・・遠い「東京」という異国で、ボクも戦っていたんだ守・・・・
すまんな守・・・許せ。
ゆっくり休め。
幸弘と並んで手を合わせた。
花が綺麗だった。
小さな墓前用の花束だ。スーパーで買ったんだろう。・・・それでも、幸弘が吟味した。そう感じた。
蝉の鳴き声が降り注ぐ・・・・




