表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/34

「弟の寝ている間に」家門の継承。


学校から帰れば、今日もセドリックが停まっていた。


・・・・また来てんのか・・・・


ここんところ毎日のようにセドリックが停まっていた。

別に、親が離婚するのはなんともない。


・・・ましてや、父の、あの酒を飲んで狂ってしまってる姿・・・・長年、母さんの顔の青痣を見せられてきた・・・・父が暴れた後には、その証拠のように母さんの顔に青痣が残った。

・・・・ボクは、さっさと離婚すりゃあいいのにと思ってたくらいや。


・・・・青痣のついた顔じゃ、外を歩けない。


そんな時は、ボクが母さんに代わって買い物に行った。


「食べたいものを買ってこい」


初めて買い物に行かされたのは小学校3年生の時やった。

・・・・じつは・・・・・父が酒を飲んで母に暴力をふるっていたのは、昨日今日始まった話やない。ボクの記憶の中では、まったくの日常の出来事やった。


「何を買うたらええんやろ・・・?」


食べたいものを買ってこい・・・そう言われても小学校3年生のボクにはわからない。・・・そもそもどこへ行けばいいのかもわからへん・・・

困ったボクは、近所の食料品店でパンを買った。・・・アンパン、クリームパン・・・そして、前から食べてみたかったケーキのような菓子パンを買った。・・・干ブドウが入ってて・・・飴状になった砂糖がいっぱいかかってたパンやった。田舎の小学校3年生には、それが、すごく都会的なケーキに見えた。


家に帰って、買い物袋を見た母さんは烈火のごとく怒った。


「夕食」を買ってこいと言ったのに、なんでパンを買ってくるんや・・・・さらには、お菓子を買ってくるとは何事や。


米は家にある。好きなものを買ってこい、は、好きなおかずを買ってこいの意味やった。・・・肉・・・魚・・・そういう意味やったんか・・・・


・・・こうしてボクは、一番食べたかった「菓子パン」を食料品店に返品に行かされた。

真っ暗な夜道を、トボトボと・・・・トボトボと泣きながら歩いた光景は、今でもはっきり憶えている。



家に入れば、父と母さんが向かい合っていた・・・弟が抱かれている。


・・・そして、父の隣には叔母がいた。


この前・・・・この前父が来ていた時も叔母が一緒やった・・・・


父は4人兄弟妹やった。家を継いだ父が長男、下に弟が2人・・・そして末っ子が妹。


叔母は、6年前に隣の愛媛県の老舗料亭に嫁いでいた。・・・加藤清正と加藤嘉明の会談の場になったとかの、由緒正しい老舗料亭や。

実家に顔を出すたびに・・・つまりウチに・・・・松山の洒落たお菓子なんかを持ってきてくれた。・・・・松山は四国の中の都会や。


・・・・が、ボクは叔母を、あんまり好きやなかった。


どうにも「女っぽい」んやった。

そりゃ、女だから当然や・・・なんというか、男に対しての「媚」を感じた。


叔母は男3兄弟の末っ子妹や。

そんなことからか、なんでもかんでも「兄」たちを頼っていた。・・・また、兄である「叔父」たちも、なんでもかんでも言うことを聞いていた・・・・・だけやなく、まわりの男、全てに媚を売り、意のままに操ってるような感じが見えた。・・・・裏で舌を出してるような。


・・・どうにも、女の人のそういう部分が見えてしまう・・・・

ボクを学校で虐めている主犯は「女の子グループ」や。・・・・村と町の「女の子グループ」の対立が根底にあった。

・・・そんな経験からか、どうにも女の子の・・・・女の人が天性で持っている、掌で男を動かす「媚」のようなものに目がいった。

学校でも、ものの見事に女の子たちに男の子たちは踊らされていた。

龍也がアイドルとして踊らされ、後ろ盾としてゴンが踊らされていた。

クラス全員が・・・学校全体が、ボクを見えない者の「透明人間」として仕立てていった・・・そう仕向けていったのは龍也やない。ゴンやない。女の子が天性に持つ「媚」という技やった。



叔母は、ボクに対しても、どうにも、流行りの玩具や、流行りのお菓子で媚を売ろうとしているように感じた。

・・・・もちろん、可愛い女性やった。甥っ子であるボクから見ても「叔母さん」というより、歳の離れた「可愛い従姉」といった方がいいくらいや。


・・・・ただ、どこかで「嫌な感じ」を抱いていた。好きにはなれへんかった。



「公園行っといで」


母さんがいつものように200円を手渡した。


いつものように、お砂場セットを持って、弟の手を引いた・・・・



・・・・なんで叔母さんが来んねやろ・・・・離婚するんやったら叔母さんは関係ないやろ・・・なんでや・・・



・・・・陽が暮れていく・・・・ブランコに座って砂場の弟を見ていた。



細かい雨が降ってきた・・・・



夜になっていた。

部屋の中。・・・湿気・・・息がつまる空気やった。


弟は二段ベッドの下の段・・・弟の寝床で眠っていた。


父がいた。

白い開襟シャツに、深緑のズボン。

足の長い父は、とても運転手には見えない・・・・そもそも、肉体労働者には見えない。

いつも、洒落た格好をしていた。

背が高く、パッと見に華やかな印象があった。

ボクの洋服がかっこよかったのも、父が選んでくれたからや。

徳島じゃなくて、四国で一番の都会の松山にまで買い物に行った。

・・・・その洒落た格好・・・そこに・・・そこに不釣り合いな、「手甲」を今日もしている。

かっこいいセンスのなか、「手甲」だけが浮いて見えた。



・・・父の隣に叔母がいた。


母は俯いていた。


そして、ボクは泣いていた・・・・




叔母の嫁ぎ先は、松山の老舗料亭や。

結婚して6年・・・未だに子供ができへんかった。・・・妊娠すらしたことがない。

・・・・しかし、子供がないということは、嫁ぎ先の老舗料亭・・・代々続く老舗にとっては大問題やった。



・・・家が途絶えてしまう・・・・・



弟が松山の老舗料亭へと、養子に出されることが決まった。・・・決まっていた。・・・今、知らされた。



「カァくんも大変やろ?毎日毎日、学校からまっすぐ帰って弟の面倒みて・・・」


叔母が言った。


・・・・そうか・・・・そうかもな・・・確かに大変や・・・毎日毎日、学校終わったら真っすぐ家帰って・・・お砂場セット持って公園行って・・・・


弟が松山行ったらプラモデルを造る時間も、宿題をする時間も、友達と遊ぶ時間もできるようになるんよなぁ・・・


そうかもな・・・そのほうがええんかもな・・・


弟も、いつまでも、ひとりで家でお留守番させとくわけにもいかんわな・・・


・・・・頭では、最良かもしれんとは思う・・・・・


叔母の家は、松山の老舗料亭や・・・弟は、そこの御曹司になるんや。ボンになるんや・・・未来の老舗料亭の当主や。


こんな、廃墟みたいな家で、毎日、毎日、ひとりでお留守番して・・・ボクを待って・・・このあと、どうすんねん・・・

父はあてにはできひん。

・・・・このあとどうする・・・・?

母さんひとりで、ボクらふたりの子供、めんどーみていくんか・・・・それは、難しいよなぁ・・・

弟の将来は・・・弟の未来は、松山行った方がええんちゃうか・・・

絶対そうや・・・そのほうが、弟にとって、絶対ええねん・・・わかってる・・・そのほうがええねん・・・そのほうがええ・・・



でも・・・んでも・・・んでもな!!


・・・・そんなん嫌やわ・・・嫌や!!


絶対嫌やわ!!!



「離れて暮らしても兄弟じゃ。それに変わりはないんじゃ」


父が言う。

そんな言葉、慰めにもならへんわ!


父は、威厳を保つようにか、床の間らしきところを背中に、えらそーにほざいていた。

「家」が大事だと。「家」を絶やしたらアカンと。

何より、家長のワシが決めたことなんやと。


・・・言葉が上滑りしている・・・洒落た格好が、言葉を軽くしていた。

可愛い妹のために、ひと肌脱いでやろうと力説していた。


・・・・もう誰も相手にしない・・・・誰一人父を相手にしなくなっていた。


祖父は、顔を見れば父を叱責していた。

母さんも、顔を見れば父を責めていた。


・・・・そして、責められるに足る行動しか父はしてこなかった。

だから、父は帰ってこなかったんやろう。

ここには父の居場所はない。

・・・・いや、父の居場所など、もうどこにもない。


・・・そうか、それで松山やったんか。

松山の叔母を頼ったんやな。

そして、叔母には父に頼みがあった。



「弟をくれ」



跡取りがいなければ離縁されるんやろう。・・・・そんな話は聞いたことがある。

父、母さん・・・叔母が泣きながら話しているのを見たことがある・・・・


父が上っ面だけの威厳をもって話している。

酒乱。 クズ。 負け犬。 ・・・・こいつは世界で一番のクソ野郎や。

・・・・その隣の女に、叔母に、なんとも汚らしい「媚」を感じた。こいつもクソ女や。




ボクは泣いていた。

涙が、これでもかと、こんなにも泣けるもんなんかと涙が零れた・・・・・

人はこんなにも泣けるもんなんか・・・・人間には何リットルの涙があるねん。拭いても拭いても涙が流れた。



どれだけ、どれだけ泣いたら止まるんじゃ・・・・アホたれ。



・・・・弟は眠っていた。・・・弟は何も知らずに眠っていた。

二段ベッドの下の段。タオルケットを掛けられて、両手をギュッと握りしめて眠っていた。

枕元に汚い、汚れた小さなタオルがあった。・・・・薄い水色の。

弟はこれがないと眠れない。グズる。

なんてことはない薄い水色のタオル・・・無地で・・・それでも生まれてから、ずっと弟の傍にあった。

今では、水色なのか何なのか・・・元の色すらわからない。

毛羽立ち、破れ・・・それでも、そのタオルを触らなければ弟は眠れない・・・



よく眠っている・・・

・・・遊び疲れたかなぁ・・・・今日も、砂場で、いっぱい遊んだもんなぁ・・・・



泣き声が、これでもかと口をついた。

しゃくりあげる嗚咽をガマンすることすらできずに泣いた。


間違いなく、生きてて一番泣いた。

いつまでも、いつまでも泣いた。泣き続けた。


机の脇に、少年ジャンプが転がっていた。

・・・・もう、少年ジャンプなんか読みたない・・・・なんにも面白ない・・・ぜんぜん笑われへん・・・


もう、何があっても笑えへんかった・・・・泣くこともなかった。感動するなんてあるはずもない。


・・・そのボクが泣いていた。

泣く、笑う・・・全ての感情をなくしていたボクが泣いた。


どれだけ泣いても涙は止まらない。



窓に細かい雨筋が流れている・・・・


・・・・畳の上。涙の染みができていた・・・・



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ