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死の舞踏会と見える嘘⑧エピローグ

ヘルガ・バウマン→被害者。オットーの妻。

オットー・バウマン→ヘルガの旦那。

フレッツ・バウマン→ヘルガの息子。

マーガレット・ナイトレイ→フレッツの恋人。

アドリアン→ヘルガのお抱えの理髪師。


アレックス・ブライト→アレク、端正な顔立ちに完璧なエスコートを見せる色男。

フィンバート・グレンドール→フィン、好青年、警察、アレクの知り合い。

セルジュ・ノクス→フィンの相棒、鑑定官、アレクの知り合い。柴犬みたいな男。


 逆上したアドリアンがブリジットに襲いかかる。


「危ない!!」


 アレックスがブリジットを胸に引き寄せて庇う。

 ブリジットの視界は襲いかかるアドリアンの姿を最後に捉えた。顔を歪め、目だけが異様にギラギラと光っている。


「私は間違っていない。私は愛されている」

 アドリアンが叫ぶ。叫びは、何かを訴えるかのように。何かを、必死に守るかのように。


 ブリジットの視界に言葉が浮かぶ。


 『私は間違っていない』


 『私は愛されている』




 アドリアンの嘘。



 フィンがアドリアンを拘束した。


「ブリジット、大丈夫だよ」


 フィンが声をかけて安心させようとしてくれた。ブリジットの手の震えが止まらない。アレクがブリジットを抱きしめた。


 ブリジットは思わず言葉がこぼれた。


「あなたは…」


 言葉が途切れる。


「あなたは愛されていないとわかっている。誰よりもあなた自身が」


 アドリアンの動きが止まった。彼はぽかんとした顔をした。

「どうしてどうしてそんなことをいうの?!」


  アドリアンが金切り声を出す。


「私は手に入れている!彼の愛を!」


 アドリアンの叫び声が響く。


「だってオットーは私を選んだ!私を!」


 アドリアンの表情が崩れる。


「なのに、どうして……」


一瞬の間の後、彼は慟哭をもらした。



「あああぁぁ」


 その声はやけに長く響いた。空気が、張りつめる。ブリジットは手で思わず耳を塞いだ。



 やってしまった。


 彼の慟哭に胸の奥がわずかに痛む。その声を聞いてはいけない気がした。


 アレクが更にきつくブリジットを抱きしめた。


「そんなわけない……」


  アドリアンが同じ言葉を繰り返す。

「そんなわけない、そんなわけない、そんなわけない……!」


 アドリアンは泣きながら笑う。


「だとしたら私はいったいーー」


  アドリアンの言葉がつづかない。アドリアンが強く抵抗を示したが、フィンの拘束は解けない。


 フィンがアドリアンの腕を押さえたまま低い声で告げた。


「アドリアン。ヘルガ殺人の罪で拘束する」


 フィンの言葉によってアドリアンの抵抗が治った。何かを諦めたのか急に大人しくなった。そのまま抵抗もなく、フィンに従って連行された。


 フィンと犯人が去った後、アレクが声をかけた。


「……大丈夫か」


 ブリジットはわずかに頷き、アレクの温もりに安心する。

 だが、まだブリジットの手は震えていた。抱きしめられたまま、ブリジットはそっとアレクの胸に頬を寄せた。耳を澄ますと、アレクの規則正しい鼓動の音が伝わってきた。



 ブリジットは少しずつ落ち着きを取り戻していた。そのとき、ふと現実がもどってきた。



 待って待って。私アレクに抱きしめられてる!

 こ、このあとの展開どうしましょ!?


 ブリジットが頭の中で右往左往してる最中、アレクがブリジットのあたまを撫で始めた。


 えっ!なになになに?!わ、わたし、ど、どうしたら。


「ブリジット、大丈夫だ」


 アレクが穏やかな声をかける。


「だ、だいじょうぶです」


 ブリジットの顔は赤くなり恥ずかしそうにアレクを上目遣いで見上げる。


「反則だろ…」


アレクが呟き、アレクの瞳にブリジットが入り込む。


 アレクの視線とブリジットの視線が交差する。

少しずつアレクの顔がブリジットの顔に近づいてくる。端正なアレクの顔が近づく。

 

 アレクから石鹸の匂いがほのかに香る。アレクはブリジットを見て目を細める。


「アレク?キスしますの?」


「先程はフィンに邪魔されたからな。嫌なら止めろ。ブリジット」


「え、あ、…」


 思わず頬を赤らめながら確認したけれど、アレクは真剣な眼差しをむけながら顔を寄せて来た。


 二人の距離が近づく。息もふれる距離だ。


 ブリジットはたまらず目を閉じた。

 



 ーー触れる、はずだった。


 が、エマによって力づくで引き剥がされた。そしてエマはブリジットを抱きしめ直した。


「ブリジットー無事でよかったー」


 エマの抱擁は力強かった。


 やっと解放された時には、アレクはいなくなっていた。



 ま、まぼろし?



 アレクの温もりも心臓の音も幻だったかのように遠い。



 アレクは私のことどう思っているのだろう…



 近くにいたセルジュがちょっと引きながらつぶやいていた。


「女の友情ってこえー」

その呟きは、ブリジットの耳にしっかり聞こえた。



 声に出てますわよ、セルジュ。


「アレクは?」


 ブリジットは セルジュを睨む。セルジュはため息を吐いてブリジットに声をかけた。


「アレクはフィンの犯人の連行に協力しに去りました。アドリアンの罪を軽くするように働くんだろう。お前、気にしてるだろ?」


 ブリジットは罰が悪そうな顔をした。


「まぁ、暴いてしまいましたから。庶民が貴族を殺すなんてかなり罪が重くなるでしょうし」


セルジュが肩をすくめる。


「同情する余地はない。アドリアンは一線を超えた。お前が暴かなくても誰かが暴く。気にするな」


セルジュから思いがけない励ましの言葉をもらう。ブリジットは セルジュの姿をまじまじと見る。



案外優しい。


ブリジットの眼差しに居心地悪そうにした。 セルジュが咳払いをする。


「コホン、それより俺はブリジットを安全に送るよう言われた。そこの暴走令嬢は帰れ。お前、帰らしたはずだぞ。警備に頼んで忍び込んだルートを割り出してやる」


セルジュはエマを指差して暴走令嬢と呼び、警備にエマを引き渡した。


「な、な、な!!」


 エマはあまりの発言に体をふるわせる。

 

 ブリジットは警備に連れて行かれるエマを見ながら心の中で謝った。



 ごめん。エマ。さすがに庇いきれない。


 でも恋だの愛だの今回はいっぱいあったが、本物はあったのだろうか。


 差し出されたセルジュの手に、ブリジットは現実へ引き戻された。


「ブリジット、おくる。アレクもフィンもおまえを送り届けないと不安がるからな」


 ブリジットは心の中で愚痴る。



 なんか荷物みたい?前言撤回、やっぱり セルジュは優しくない。


 むっとしてセルジュを見たブリジットは、意外なものを見た。 セルジュが心配そうにこちらを見ていたからだ。




ふふふ。 セルジュも心配してくれているのか。



ブリジットは少し嬉しいような恥ずかしいようなどっちつかずのあたたかい気持ちがじんわりとわいた。ブリジットはセルジュの手をとり軽口を添えた。


「ダーリン、ありがとう」


「おまっ、こんなとこでそれ言うか!!」


セルジュは呆れたようにブリジットに突っ込んだ。


ブリジットの日常は、今日も騒がしい。





 嘘は見えるのに、ブリジットは人の気持ちは見えない。


 見えないものは怖い。



 なのに、惹かれてしまう。




 ブリジットは遠くを見た。


「……嘘の方が、優しいこともあるのね」



本作は本編シリーズ「嘘が見える令嬢ブリジットの事件簿」とは独立して読めるエピソードです。

気に入っていただけた方は、他の事件もぜひご覧ください。

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