令和の指揮者(コンダクター) ――世界はまだ、僕の音を待っている
全米1位を退けた「お台場の奇跡」から一週間。
日本、いや世界は、未だにあの数分間の熱狂から覚めずにいた。
佐藤蓮。
かつて「転倒聖者」と嘲笑された少年は、今や「世界の因果を調律する者」として、あらゆる国家、あらゆる組織から最重要人物としてマークされる存在となった。
だが、当の本人はといえば。
「……無理。もう一歩も外に出たくない……」
都内にある、以前と変わらぬアパートの一室。
蓮は布団に潜り込み、スマホで『Dチャン』の掲示板を眺めては溜息をついていた。
1:名無しの探索者
【祝】蓮ニキ、世界探索者ランク1位(暫定)おめでとう!
15:名無しの探索者
昨日、蓮ニキがコンビニで『たまたま』最後の一つだった限定スイーツを買ったらしい。
それだけでコンビニ周辺のマナ密度が上がって、近所の病人が全員治ったっていう都市伝説まで出てるぞ。
30:名無しの探索者
もう歩くパワースポットだろこれwww
「……ただの限定スイーツだったんだけどな。あと、病人が治ったのはたまたまだと思うし」
独り言を呟く蓮の横で、勝手に部屋に上がり込んだ仲間たちが、思い思いに過ごしている。
キッチンでは、紬が「アンタ、ちゃんと食べなさいよ!」と怒鳴りながら、高級食材(蓮が商店街の福引きで特賞を当てまくったもの)で豪華な朝食を作っている。
ソファでは、凪が蓮の膝を枕にしながら、「ねえ、次はどこのダンジョンに行く? 君が行くなら、地獄の果てまで付き合うよ」と、相変わらず思わせぶりな微笑を浮かべている。
そして湊は、各国のギルドから届く「招待状(という名のラブレター)」を無表情にシュレッダーにかけていた。
「蓮。お前が望もうが望むまいが、世界はお前を放っておかないぞ。……お前の『レコード』が、次の曲を求めてる」
湊が指差した先。
机の上に置かれた『始源の円盤』は、鈍い輝きを放ちながら、小さな音で**「新しい朝の始まりを告げる、爽やかなアコースティック・ギターの旋律」**を奏で始めていた。
「……わかってるよ。俺だって、このまま部屋に閉じこもってるつもりはない」
蓮は布団を跳ね除け、立ち上がった。
かつて、自分は運がいいだけの人間だと思っていた。
世界に愛され、操られているだけの、幸運な操り人形だと思っていた。
でも、今は違う。
凪が笑い、紬が怒り、湊が支え、そして画面の向こうで数万人の「名無しの探索者」たちが俺を観測している。
彼らの期待が、俺の勇気になり、俺の選ぶ「音」が世界を変えていく。
「――よし。今日のBGMは、これで行こう」
蓮がレコードに指を添えると、音楽は最高にポジティブで、誰もが走り出したくなるような、輝かしい未来を予感させるアップテンポなナンバーへと切り替わった。
アパートのドアを開ける。
眩しい太陽の光。
遠くに見えるダンジョンの亀裂が、まるで新しい舞台の幕のように見えた。
「行くぞ、みんな! 今日も今日とて……盛大にズッコケて、最高に勝とうじゃないか!」
蓮の宣言と共に、世界中にファンファーレが鳴り響く。
一人の少年と、数万人の観測者が紡ぐ「令和の神話」は、まだイントロが終わったばかりなのだから。
読んでくださって、ありがとうございました!




