第40話 絡み酒ラウラ
暖炉にて薪が静かに燃え落ちる音を聞きながら、修一はもう何度目かの溜息を吐いていた。
その手には折り目を丁寧に伸ばされ、広げられた小さな紙片。中央には二重丸が描かれている。内側の線は黒く太い一本の線。外側の線は細かな模様が複雑に絡み合い一本の線、ひいては円を成している。
ナイトウとの別れ際に餞別の品として受け取った結界術が施されているというお守りだった。
部屋に余計な明かりは灯していない。暖炉の炎だけが修一の暗い顔を、そして室内を不規則に照らしている。
「しゅ~いち~! うっわ~、辛気臭い顔しすぎじゃない~?」
沈んでいる彼とは対照的に、能天気な声を掛けてきたのはラウラだった。頬を桃色に上気させ、羽虫のような軌跡を描いて彼の方へと飛んできた。
傍らには栓の開いた瓶がふわふわと空中に浮かんでいる。
何故瓶がひとりでに浮いているのか、そちらも問い詰めなければならないとは思いつつ、修一はまず、そもそもの話から始めることにした。
「……その酒、一体どっから持ってきた」
「ん~、え~とねえ……地下の~貯蔵室? かな? わっかんない!」
「むやみやたらに辺りを漁るな! 見つけて勝手に呑むな!」
「え~! だけどあたしたち殺されかけたんだし、これくらい貰って当然の……ええと、代償ってやつでしょ?」
「余計な恨みを買うような真似するなって言ってんだ。あいつらがいつ起きてくるかもわかんないんだぞ」
「へ~き! へいき! ちゃんと縛り上げてるし~、それにあいつら明日の夜まで起きないから! 心配しすぎだって~!」
ラウラは瓶を見えない力で引き寄せると、喉を鳴らして吞んだ。
修一は眉根を寄せて、軽い調子のラウラに対する苛立ちと、彼女の発言を明らかに信じていない目を向ける。
「なんでそんなことわかるんだ」
「わかるからわかるの! だってあたしは~可憐な妖精ラウラちゃんですよ~? あはははは!」
「いやもういいわ。マジでもう面倒くさいわお前」
修一の悪態など聞こえていないのか、ラウラは高笑いしたままふらふらと暗闇の中へと消えていった。
彼はこの家屋に避難してから一番深い溜息をつく羽目になった。
本当に、このところどころかこの世界に来てから忙しなく色んなことが起こりすぎている、と彼は思う。
頭が痛い。
椅子に深く腰掛け直すと、今後の対応のために改めてこの日半日を振り返った。
***
不安な表情を浮かべて戻ってきたラウラの言葉を、修一は事前に覚悟を済ませていたおかげで冷静に聞くことが出来た。
「この先に如何にも集落! って感じのまとまった家屋とかがあったよ。目指してた場所に間違いないと思う。あたしが感じる限り、人の気配は無かったんだけど……」
「だけど?」
「放棄されたっていう割には妙に生活感がするから止めといた方がいいと思うんだよね~……」
自信なさげに報告するラウラの勘を、明確な根拠はなかったが修一は信じることにした。
「止めておこう、シンシア。可能であればすぐに道を逸れて、例の場所は回避して進もう」
「ええ、そうですね。では、先程の分かれ道まで戻って……」
シンシアが最後まで言い切ることは叶わなかった。
背後に広がる鬱蒼とした木々の影から、顔の大半を布で覆った男が音もなく現れ彼女へと肉薄した。その手には太陽の光を反射して煌めく刃物が握られている。
あっという間に彼女を捕え、その首元に刃物を宛がおうとして――突然男は吹っ飛ばされた。土煙を上げながら道の彼方へと転がっていく。
何が起こっているのか全く把握出来ないまま、とにかくシンシアの安否確認のために修一は彼女の方へと駆け寄った。
近づいたことで判明したことだが、シンシアの腰のポーチの内の一つから何故か光が漏れている。修一は不可思議に思いつつも、今はそれどころではない。
「シンシア! 怪我は!?」
「いえ、ありません。ですが……」
再び彼女が最後まで言い切ることは叶わなかった。
素早く周囲に視線を巡らせた結果、先程襲ってきた男と同じ様な恰好をした数人の男に囲まれていることに気が付いたからだ。
「…………!」
修一は思わず歯ぎしりする。
彼の脳内は自身に問いかける。撤退の判断が遅かった。いや、最初から待ち伏せされていたのか?
「命が惜しけりゃ、大人しく従え」
迷彩柄の腰布を巻いた一人の男が刃物をちらつかせつつ前へと一歩進みながら、低い声で宣言する。
「二人とも離れろ」
迷彩男の命令に従うべきか、修一は迷っていた。シンシアの腰にはナイフがある。しかし彼は、身を守れるような武器は所持していない。そして彼には格闘経験もない。やはりシンシアのナイフだけでは分が悪すぎる。
「聞こえなかったのか? 今すぐに距離を取れ。でなければ殺す」
修一とシンシアは目配せして、じりじりと時間をかけてお互い離れた。土と靴底が擦れ合う音が長く続く。
修一は必死になって打開策を探っている。考えなければ。考えなければ生き残れない。
ヒントは既にある。
先程の男は何故吹き飛んだのか。それが突破口だと、彼の本能は囁いていた。




