77話 舞台の終わり
初めに投稿した内容から大きく変えた部分がありますが、話の大筋に変更はありません。
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舞台は終盤に差し掛かる。
ここが1番緊張する所であり、私からヘンリーとソフィアへ伝えるメッセージでもあった。
まず最初に大人1人が腕で抱えられるかどうかほどの木の幹が飛んでくる。
周囲はどよめいたが、私はそれを真っ二つにして見せる。
おおっ、と歓声が上がったが、私はそれどころではない。
前半、緊張で少し力が入りすぎていたのか、腕がどんどん重くなって来た。
でも、さっき切った丸太が私が演出で用意した物の中で1番大きい物だった。
大丈夫。いける。
クライマックスに差し掛かる直前、私よりも豪華な衣装を着た男性の登場に皆がシーンとしてしまう。
髪色、髪型、服装がヘンリーに似ていたからだろう。
登場した彼は私と同じように剣を持ち、剣先を私に向けている。
私も彼に剣を向けながら互いにジリジリと近づくと、同じタイミングで踏み込む。
そのまま、剣での勝負が始まった。
決まった型を決まった順で、何十回、何百回繰り返した動きのはずなのに、いつもより少し遅い。
このままでは最後の演出に間に合わない、そう思った時だった。
彼が突然、いつもとは違う動きをし出したのだ。
この動きは最後の演出の剣舞じゃ、と思ったら瞬間、用意していたキンセンカの花が降って来た。
この花は春に咲く花だが、隣国の一部では今でも咲いているらしく、特別に取り寄せてもらったのだ。
私がヘンリーに伝えたい花言葉。それは「失望」だ。
最初は「軽蔑」という意味のこもった花を探そうと思っていた。だが、私は『ヘンリーの裏切りに失望しただけだ、嫉妬などしていない。もし、婚約破棄の時に私を貶めるつもりなら正々堂々戦ってやる』という事を伝えたかった為、この花を選んだのだ。
他にもキンセンカには、「別れの悲しみ」「悲嘆」「寂しさ」などの意味がある。
別の意味に思われないよう、最後は剣をしまい、彼に向かって笑顔で一礼し、その後、互いに反対の舞台袖へと歩いて行く。
拍手はない。歓声も上がらない。
ただ、私の乱れた呼吸が会場に聞こえる。
ヘンリーの顔を見ようとするが、観客席は暗くてよく見えない。だが、舞台袖で見ていたソフィアの顔は青ざめている。
そのまま舞台幕が降ろされ、観客席からステージが全て見えなくなった事を確認すると、私は足から崩れ落ちた。
「おい、大丈夫か」
舞台で一緒に剣舞を舞ってくれた彼が私を支えてくれる。
さっきまで舞台の反対側に居たはずなのに、どうやったらここまで一瞬で来れるのだろうか。
とても不思議だけど、それよりも私を助けてくれたことにまずお礼を言わなければ。
何とか息を整え、彼の方へ向き直る。
「ありがとう、助かったわ。ノア」
♢♢♢
3日前。
突然私の家に来たかと思うと、文化祭の演目で最後の剣の相手を兄から頼まれたのだと、ノアが我が家にやって来たのだ。
「え、ちょっと待って。どういうことよ、お兄様」
「ノア殿下に頼んだんだよ。『学園をずる休みなさっている殿下なら、時間が有り余ってるでしょうから、文化祭でミアの剣の相手をしてほしい』ってね」
悪びれる事なく言ってのけた兄に、私はポカンとしてしまう。
「ノア殿下はずる休みではなく、記憶を失っておられて…」
「本人から直接全部聞いてるよ、ミアが命を狙われている事とか、ノア殿下に情報を提供してもらっている事とか」
兄の言葉にもう一度ポカンとしてしまう。
「ちょっと、何でお兄様にばらしちゃってるんですか」
「えっと、その…すまん」
「…ふっ、ミア、敬語になっていないよ」
目を吊り上げながら、ノアを問い詰めると、ノアは気まずそうな顔をし、兄は面白いものを見た、という顔をしている。
その後、どういう事があったか聞いた私は、父も知っている事を聞いて、大声で悲鳴を上げた。
こうして、私の演目にノアが参加してくれることになったのである。